心の扉1

 二階は白い壁に薄茶色の木目が薄っすらお洒落なフローリング。部屋の角の一部や茶色の本棚の上には観葉植物が置かれ、緑で空間を少し引き締める。照明は少しだけ暗めで後は自然光。強くもない、弱すぎない明かりで室内を照らす。


「あの……此処、カフェなんですか?」


 一階とは違う景色に少年は周りを見渡しては不思議そうに光佑を見る。光佑は笑って少年に返す。


「んー当たってるけど違うかな。サブでやってる感じかも。一応、ドリンクやお菓子のメニューあるよ。自家製のものとか時期にもよるけどね。で、此処はテーブルと椅子があるんだけどロビーで。奥に三つ個室があってね。人目が気になるなら個室がオススメだよ」


 と、光佑は優しく少年に問いかける。


「何処が良い? 中は変わらないんだけど」


「一番端が良い」と少年は階段から離れた場所を指差す。「わかった。何飲みたい? オレンジジュースとかにする? 黒い服の人が育ててるから自家製なんだけど」と部屋を優しく開け、少年を案内すると少年の周囲を警戒しながら中を確認する行動を光佑は見逃さなかった。

 飲み物に関して返事がすぐ来なかったため、落ち着かせるためしばらく静かにしてると“安全”だと認知したのだろう。部屋にある丸テーブルと二つの椅子。部屋の形が少し長方形に近いため縦に並んでおり、少年が奥の椅子へ腰掛けるや「何飲む?」と優しくもう一度声をかける。


「あっ、オレンジジュースで……」


 その声に“話は聞いてるね”と思いつつ

「待っててね」と一度個室を出ると「どうだ?」とタバコを咥え、ジッポライターを左手で弄る漆の姿。人の不意をつくような突然の登場に「わっ……漆」と弱気な声が漏れる。状況を報告してくれ、と言わんばかりの漆のキツイ目つきに光佑はさり気なく読み取ったことを伝えた。


「初めてあったばかりだから、かなり警戒してるみたい。怖いものでもあるのかな……部屋に入った時にを気にしてたから。それに、心開いてくれるには時間がかるかなって……ほら、親御さんは早めにとは言うけど……」


 「うーん」と難しい顔をする光佑に漆が「親なんて気にしなくていい。此方のやり方でやればそのうち心は開くだろう。周囲は気にするな。お前がやりたいようにやれ」とジッポライターに火を灯す。


「ねぇ、今日は『初めまして』ってことで変に聞かないほうが良いかな。聞くなら少し信頼得たほうが良いかもしれないし」


 光佑の言葉に何かを察した漆はタバコに火を灯す手前で手を止め。カチンッとジッポライターを勢いよく閉じる。


怖いか? 顔に出でるぞ」


「克服してきたつもりなんだけど、なんか……亡くなったこと似てて……。もしかして、それを気にして来たの?」


 漆の言葉に光佑は自信のない声で「ごめんね。心配かけて」と言うや漆が「今まで通りやればいい。変に抱え込むな。苦しくなったら声かけてくれ。私ではなくても手は貸してくれるだろう。いや、、か」と静かに笑う。


「えっ……いや、漆の方が多分――」


 と、口を挟むと食い込むように「選ばれた以上、しっかりやれ。話は以上だ。ジュースならついでにやっておく。お前は少年に花を見せてやれ。さっきパニック起こしてたからな。彼の視界には入ってないだろ」と漆が助言するよう言いつつ給湯室へ足を進める。


「お前は何のために――なったんだ?」


 振り向くこと無く放たれた言葉に光佑は「それは――」と小さく返すも光佑の中で少々葛藤があるのか。かき消されるように声が消え――漆は深い溜め息を漏らす。


「それもしっかり考えておけ……。お前がように、な」


「えっあれは……その――」


 その後は無言。漆はロビーの階段を背に向けた奥にある関係者専用の部屋・給湯室に消え。一人残された光佑は漆の言葉を胸に個室のドアノブを捻る。


「ねぇ、他の人がね。ジュース持ってきてくれるから、その間に少しだけ店内と店外を見学してみない? 」


 と光佑は優しく少年をに呼びかけ、一階へ。



           *



 仕入れの切り花は湯揚げを終え、店内を掃除する達也と涼を横目に光佑は少年を手招きで呼びながら質問に答えていた。


「お兄さん、これなに? ピンクのお花」


「それは、ガーベラだよ」


「これは? 枝みたいの」


「それは、えっと……ユキヤ――。えっ、これもあったの!? 全然気づかなかった!! 随分立派なの買ってきたね……あの人。細いと思ったら付き方が尋常じゃなく綺麗なんだけど!!」


 垂れるような枝が特徴で緑の葉とは別に白い花を実らせるユキヤナギ。それをあえて葉物グリーンとし色と色が切り替わるタイミングの所へ置き、組み合わせやすいように配慮されていた。


「あっ、ごめんね。これはユキヤナギ。花束の中に入れるんじゃなくて外側に入れて垂れ下がるようにすると凄くキレイなんだよ!! パステルカラーよりもダークな色と相性が良くて豪華にも見えるし、付き方によるけどボリュームよく見えるんだ。漆が好きで買ってくるんだけど、この季節が旬だったかな。後ね、これ。ユーカリっていうんだけどビビットやスモーキーカラーにも合せやすくてオススメ。葉っぱが丸くて可愛いけど特徴と言ったら香り。分かるかな、少し香るよね?」


 指差すだけで触れようとしない少年の気を引こうと丸みを帯びた葉っぱと香りが特徴のユーカリを一本手にとっては紹介しながら少年に興味を持たせる。すると、「なんか独特な香りする」とクンクンしては逃げるように離れるため「アレ……もしかして、臭い?」と聞くと少年は首を振りながらクスクス笑う。どうやら少し見た目が苦手らしく「怖い」とのこと。


「でも。怖い花もよく分かるよ。形とか色とかで印象変わるよね」


 何気なく話しつつ何回か光佑の隣で接客を見学していると不思議そうに首を傾げる。それを見た達也がガーベラを二本手に「おーい、少年。何してんだー」と話しかけた。

 達也の眩しい色に一瞬ビックリするも「ほら見ろ、フクロウだぞ」とガーベラで目を隠すと「なにそれ」と二人はクスクス笑う。


「よく子供にやるんだよ。そうすると皆笑顔になってさ。花って飾るだけじゃなくて“その人の心理”や“悩み”とか分かる面もあるから楽しいぞ。強面の俺でも虜だから」


 少年にガーベラを渡し“フクロウしてみ”と合図を送る達也。それに釣られるように少年は両目を隠すと達也が静かに笑う。その時は少年が楽しそうに笑ったのを見逃さなかった達也は「じゃあ、それで笑顔の練習な」と近くにあったフラワー缶を手に取る。水が入っているのを確認し「気になった花があったら此処に入れろよ」とレジへ戻っていく。

 客足が多くなり、一旦少年は切り花ではなくハンドメイドブースを眺めていると「ん」と涼が少年の隣へ。


「それ作ったの自分」


 そのさり気なく吐いた言葉と見た目から反した器用さに「えっ」と少年は驚く。

「男が可愛いもの好きだとか、手芸好きだとか人によっては地雷だから自分言うのは好きじゃないけど。アンタならいいや」と目線を合わせるようにしゃがんでは「ハーバリウム、ドライフラワー、プリザーブドフラワーのアレンジメントは自分が作ったもので一部は委託も受け付けてるけど基本は自分の作品。ワークショックと出店やってるからやりたかったら教える。というか、ウルが教えてやれって言ってたからやる」


「ウル?」


 聞き慣れない名前に首を傾げると「呼んだか?」と二人の背後から声。二人は顔を上に向けると漆の姿に「ウル」と涼が指差す。


「あぁ、涼が言ってることは気にするな。“ウル”は勝手に略されただけであって正式には“うるし”。自分の名前が好きではなくてな。適当に呼べと言い放ったらそう呼ぶようになっただけだ」


 漆の静かな解説に「ね、ウルって感じするでしょ。一匹狼な意味も込めて」とコソコソと涼が少年に言うや「自己紹介してなかったな。軽くだが私の方から説明しておく」と漆の言葉にスッと立ち上がる少年。


「ウル、硬い。柔らかくしてよ」


「私はそういう人間だからな。怖がらせたらすまない」


「ほら、硬い」


「涼、お前はレジ手伝ってやれ。それが終わったらハンドメイドしていいぞ」


 漆の言葉にやる気なかった涼の目がパァァッと光を帯びる。


「いいの!! やる」


「やってこい。頑張ったら少しだけ材料費上げてやらんこともない」


「死ぬ気で頑張る!!」


「死なれては困る……」


 全力でレジに駆け込む涼を漆は目で追うや「話が途切れた続けるぞ」と指をさすと思いきや言葉でいう。


「眩しいヤツが達也。パステルカラーが光佑。さっきのやる気のない灰色が涼。私は漆」


 言葉の説明にポカンとしながら少年は指を指しながら「赤い人が達也さん。黄色の人が光佑さん。灰色の人が涼さん。で……漆さん」とゆっくり復唱。


「よく言えた。よかったら少し手伝ってくれ。一人でやるのが何かと大変でな」


 歩き出す漆に「えっ……でも……」と少年は気まずそうにいうと光佑のことが気になるのか視線を読み取った漆は「平気だ。少し手伝わせるだけだと話である。怒りも怒鳴りもしない。キミは少し考えすぎだな」と薄く笑う。


「考えすぎ?」


 よく分からず首を傾げる少年に漆は続けて。


「君のことは軽くだが親から話を聞いている。帰るのが嫌だったら七日から十四日。此方で泊まるといい。そういうのもやってるんでな」


 不器用ながら何かを伝えたい漆。

 それに気づかない少年。


「とは言え、初対面でそう言われると困るだろう。なら一つ私がキミに課題を出そう。手伝いが終わったら“気になった花を遊んでたガーベラが入った缶に入れてアレンジメントを作ってくれ”。そうすればキミが求めるものが分かる」


「て……哲学ですか?」


「いや、単なるカウンセリングだ。普通の場所ではやらん方式だが私はこちらの方が好きでな。無理に話さなくてもキミの心が見える。花にはそういう力がある。嘘だと思ったら試してみるといい。私が勝ったら。負けたら好きにするといい」


「えっ……あ、あの……」


 中々動かない少年に漆は「本当は家に居たくないんだろ。違うか? 学校にも行かず、親とも話さず理由を伝えずにいるのは流石に辛い。一人で抱え込まなくていい。他人ではあるが話してくれるのなら助けてやらんこともない」とかなり上から目線に言うが漆が珍しく少年の腕を引き、「キミは私のようにはなってほしくない」と囁くように言う姿に少年は驚き目を丸くする。


「それ……どういう意味ですか?」


「知りたかったら行動してみろ。そしたら、教えてやってもいい。ただし、キミが私達に心を開いてくれるのならな」


「えっ……」


「キミは私を堅苦しいと思ってるだろうが、私からしたら君のほうが硬い。何故だろうな」


 漆の言葉に考え込む少年に「さて、手伝ってくれ。体を少し動かしたら気が変わるかもしれん」と軽く服を引っ張り、外へ連れ出す。

 外に出ると入り口前の左右にプランターに三つずつ植えられたパンジー。その前に並べられた植え替えされてないアネモネが四つとアリッサムが二つ。


「花園を回るついでにそれを植えてきて欲しい。植える場所に印をつけてある上から目線回収した後、軽くメンテナンスしてくれたら私の手も休まるんだが……」


「えぇ!? ボク一人でですか!!」


「最初の一つは一緒にやるがその後は……」


 漆の説明に「一人でやるの……怖いです……」と少年の怯えながら返す声に「やっと。なら一緒に居てやる」と不親切そうで親切な彼。


「では、これを持ってくれるか?」


 地面に置かれていた苗物を手に取り、バケツに入れては漆は少年に渡す。小走りで停めていたバンに向かい、黒のフローリストポーチを手に戻るとが気になったのか視線を感じ植木鋏を取り出す。


「触ってみるか? 少し高いものだが市販のものより扱いやすい代物だ。職人の手が加わった一年に一回あるラン展限定の一点物」


 漆は少年に渡すそうと前に出すも“高い”と聞いて怖くなったか引く姿勢に薄く笑う。


「何万するものではない」


「でも……高いって……」


「私からしたら“が”高いがな」


「へ?」


 時より漆の噛み合わない返事に少年は首を傾げるや「すまない、悪い癖でな」と突然自己反省し始める彼。状況が読めずテンパりそうになる少年に「ほら、持ってみろ」と優しく手を取り、そっと植木鋏を置く。

 その鋏は市販の花鋏より少し重いが切る瞬間の感覚は重さを忘れさせるほど軽く、カチンッと刃と刃がぶつかり奏でる音は鋏とは言えないほど涼し気な音。


「こ、これ……本当にハサミですか!!

カチンって音がカッコいい……」


 気に入ったのか握ったまま話さず、食い見るように見つめる少年に漆は比較してもらおうと市販の花鋏を取り出す。


「あぁ、ついでに市販の花鋏はこれだな。私のは紺色だが紫や赤、緑と色が豊富でな。初心者でも扱いやすい」


 鋏に興味を持ったのか自然と少年の手が伸び、不慣れた左手で握っては切る仕草。


「違う……市販のハサミなんか重い……」


「切れ端試すともっと分かりやすいが店内が少々混んでるからな。戻ってきてたら扱ってみるといい」


 鋏を返そうとする少年に対し、漆は逆に受け取らずフローリストポーチを少年の前に出す。


「え?」


「私は鋏よりもナイフが扱いやすくてな。今日は貸してやる。持ってていいぞ。中に他の鋏があるが……気にするな」


 やや押し付ける形で少年が渋々フローリストポーチを受け取ると漆は何かを感じたのか「ナイフが怖かったら言ってくれて少し離れて作業する」と静かに歩み出す。


「え……な、なんで分かったんですか!!」


 図星だったのか少し顔を赤くした少年の裏返った声に「キミはとても分かりやすい。だが、キミは私と何処か違って怖いだろう。私の色ともに性格が……」の静かな声はまだ図星か。「え、あ……その……」と口籠る少年。それを満足気にさり気なく鼻で笑う漆。「ほら行くぞ、少年」と少年を呼びかける声色は少年には伝わらないが、微かに聞こえた店内にいる三人には少しだけ柔らかく感じたのか。作業しながら二人を静かに見つめた。

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