四つの色

          *



 冬の寒さが和らぎ、春が徐々に訪れる。

 二月中旬。

 時刻は午前七時。


 町外れにある自然に囲まれた花園。ポピー、パンジー、バラやマーガレット等、様々な植物達が土から顔を出す。太陽の日差しを浴びては『ご飯』である光合成。そんな彼らを一人の男性が「元気に育ってね!!」とジョウロで水をあげていた。

 パスカルカラーの黄色い髪の毛と瞳。ピンクのYシャツに水色のネクタイ。男性にしては女性が好む色が特徴の彼。元カウンセラーであり、今は花園で花屋を営んでいる。二十六歳、身長は175センチ。痩せ方で花を見ると嬉しそうにニコニコしている。


 成宮なるみや 光佑こうすけ


 彼はあることをきっかけに花屋に転職。3人の仲間と共に、花に囲まれた日々を過ごしていた。花園の中心にある白い建物。花屋『コンソラーレ』。

 店の前に置かれたプランターにはビビット色(原色)の赤やオレンジのラナンキュラス。何重にも重なったら花びらは、薔薇よりも多く、開花すると大きな花となる。

 目がチカチカするほど眩しい色だが、人の目を奪うかのような鋭い色。一瞬で注目を浴びるだろう。

「おはよう」と背伸びをしながら、光佑がプランターを弄っている男に話しかけた。ややオールバックのビビットの赤毛に、獣のような鋭い赤い瞳。白いVネックの長袖に赤いロングカーディガン。二十八歳、身長は180センチ。難いがよく、少し筋肉質。


 赤羽根 あかばね 達也 たつや


 見た目からしてヤンキー、ヤクザみたいな人だ。


「よう、光佑。プランターと裏庭の水やりはしておいた。うるしから連絡で『花の納品遅れる』ってさ」


「分かった。ありがとう。漆は花園の管理で忙しいから仕方ないよ。僕達は店の中にある花のメンテナンスしよ。今日は午後からお客様が来るみたいだから」


 二人は会話をしながら、店の中へ。店には溢れんばかりの花。上品・フルーティー・ほんのり甘い香りなど。重なっても嫌とは思えない優しい香りが店内を巡る。

 入口のすぐ左側にレジカウンター。右側にはカーテン越しにハンドメイド関係。ハーバリウム植物標本、アーティフィシャルフラワー、シャボンフラワー、プリザーブドフラワー等が置かれているショーウィンド。その隣に軽い孤を描くように花が置かれている。


 パステルカラー

【たくさん色が混ざった色】。


 スモーキーカラー

【灰色が混ざった色】。


 ビビットカラー

【白、黒、灰が混ざってない原色】。


 ダークカラー

【黒が混ざった色】。


 ――の順に置かれ、バラ、カーネーション、トルコキキョウ、ガーベラと花の種類も様々。一本輪売りから束売りまで。

 奥には裏庭の入口。外には苗もの、鉢物。カウンターの隣には生花で作られたアレンジメント、花束、ミニブーケ、ドライフラワー等々。花に囲まれ、様々な香り漂う店内だが、裏庭の入口の隣にニ階へ続く階段。


 そこは一般の人は入れない。

 入れるのは『』を抱いている人のみ。


 レジカウンターに投げ飛ばしていたチョークバックを腰に着け、花ばさみとクラフトハサミ、フローリストナイフがあることを手を入れて確認。光佑が花のメンテナンスをしていると、達也は花が入っていた花瓶の水替え。白い大理石の床は痛んだ花びらと葉っぱで埋め尽くされ、床さえ見えなくなる。


「痛んだ花、枯れそうな花よかったら花束やアレンジメントの練習。または、持ち帰って良いよ」


 光佑はハサミで一番下の茎を斜めに切りながら、スコンッと花瓶へ。カジュアルのメンテナンスが終われば、次は仏花。バラ、カーネーション、ガーベラ等の花を花屋では『カジュアル』と呼ぶ。『カジュアル』とは比較的安く、職場や家庭に日常的に飾る花のこと。そして、仏花 ぶっか。主に菊類が入っているとをそう呼ばれる。分かりやすく言うとお墓や仏壇に飾る花だ。

 花のメンテナンスが終わると、アレンジメントや花束の水やりとメンテナンス。そして、店内の掃除。七時半ごろに作業を始め、気付いた時には九時。


 花園開園、花屋営業開始の時間。

 花園は入園無料。公園のように出入り自由。好きに自然に触れて、好きなだけ居座れる。花好きの人達、心を落ち着かせたい、リラックスしたい人達にはぴったりの場所だ。花が訪れる寒い季節。今、見頃の花はパンジー、チューリップ、ストック等。季節に合わせた花。それは店も同じだ。皆、通年の花から季節の花を求めてやってくる。


「光佑、漆からメール『花、持っていくから』ってさ」


「りょーかい。あっ、ついでに……涼ちゃんに連絡よろしく。『お昼過ぎにお客さん来るから、時間が近くなったら戻っておいで』ってね」


 開園して数分後。

 花園を楽しみながら少しずつ人が店に来る。


「おはよう。ねぇ、外に植えてきた花ってあるかな? 名前分からなくて……」


 来店者の困った顔に光佑は小走りで駆け寄ると「どんな花ですか?」と優しい声で話しかけた。それを達也は視界に入れながら「いらっしゃいませ。ようこそ、コンソラーレへ」と元気に挨拶。

 それをきっかけに「あの……」と何かを探す来店者に「あっ、もしかしていつもの花をお探しですか? ありますよ」と達也も声をかけては花の前へ案内。


「品種の関係で値段が違いますが、お客様の好きなお色を選ぶことをこのお店ではオススメしてますのでじっくりご覧になってくださいね!!」


 そう優しく伝えてはレジへ小走りで向かう。


「お待たせしました。こちらのお花でよろしいですか?」


 来店者ら必ず一束または一本買ってゆく。


「とても可愛い。この花びらの形が好きで」


「この花が一番好きなの」


「何処のお店よりも質が良くて長持ちするの。また来ちゃったわ」


「不思議と花に癒されて……家にないと落ち着かなくて、今まで興味なかったけど此処で買うのが癖になったよ」


 老若男女関係ない来店者の何気ない一言が、一日の売上よりも何倍も嬉しく幸せだった。


「アルストロメリア人気だね。四番花だから、枯れても咲く。とても長持ちする花だもんね」



『アルストロメリア』

 ひとつの花の中に様々な色が組合わさっている。放射状に花がつき、ボリュームがある花。



 外に出ていた光佑が接客を終え、戻ってくるとレジの後ろにある棚に吊り下げられた色とりどりのリボン。パステルカラーの黄色とピンクのリボンを手に取るや9ループ作る。

『ループ』とはリボンの輪の数。リボンを作ることを『リボンワーク』と呼ぶ。花束やアレンジメント等のラッピングにかかせないものだ。


「お前、よくダブル(二種類のリボン)で作れるよな……」


「慣れだよ、慣れ。でも、一本で作るよりも二本で作るのは難しいよ。滑るし、崩れるし……あっ、解けた」


 光佑のさりげない失敗に達也は笑みを溢すと「ダサっ」と一言。


「エッ!! じゃあ、達也やってよ。はい、僕よりも上手にできたらご飯大盛りね」


「いや、無理だって……四人の中で一番技術と知識無いの俺だし!! 練習ならまぁ……」


「はい、大盛りなし!!」


「ハァ!? んだよ、わーった。やってやるよ」



          *



 午前11時。

 開店より少し客足が落ちる頃。光佑と達也はさりげなく会話しながら作業しているとカランカランとドアに着けていた客を知らせるベルが鳴る。


「花、届けに来た」


 低くボソッと呟いたような小さな声。黒いポロシャツにジーパン、ブーツ。やや紫の入った黒い髪の毛で右目を隠しているショートカットの男性。黒くほんのり紫色の瞳は光に当てると怪しく輝く。


「あっ漆、忙がしいのにごめんね」


「いや、軽く花園の水やりとメンテナンスしてきた。だが、花園の隅で切り花栽培してるが……その手入れが出来てない」


 大人っぽく、人を近づけにくいダークカラーの男性。

 黒原くろはら うるし


 二十八歳、身長は178。ミステリアスで無口な人。花園の手入れと店に並べる花の納品担当。月曜が花、金曜が苗もの鉢物納品日。その他は花のメンテナンスと水やりにたっぷりと時間をかける。この店と花園の経営者であり責任者。


「今日の納品はスイートピー、カーネーション、スプレーSPバラ、バラ、カラー、スナップキンギョソウ等。色は適当に選んだ、後は頼む」


 台車に積んでいたダンボールをドンッと床に置く。少し揺れた気がしたが気のせいだろうか。


「葉の処理、水揚げなど。各自花に会わせて処理するように。特に達也赤髪、湯揚げで花を茹でるなよ」


「……もうそれしねぇーよ。っか、オメェーはいつまで根に持ってんだよ、それ」


「貴様が死ぬまで覚えてるからな。何なら墓に持ってく」


「こえーよ、おい。それ恨みじゃん」


「そうだな。私が貴様にナイフを振るわないだけ有り難いと思え」


 漆と達也の険悪な空気に光佑は苦笑い。二人は同い年であり、年下を引っ張っことから二人の間では無意識に壁があるとか。または、色も関係しているのか犬猿の仲ではないがそれに近い。強いて言えば、光佑も達也よりは酷くないが漆の色は少し苦手である。


「もう、二人とも朝から喧嘩しないでよ」


 光佑の言葉に漆は難しそうな顔をしては、台車に積まれていたダンボールの山。それに手を添え“早くやれ”と優しくトントンッと叩く。

 見た目は長方形で少なく見えるが、中を開けるとぎっしり。さすがの多さに光佑が苦笑い。一束十本ぐらいと考えるとかなりの数だ。


「アハハッ……今日もすごいね。分かってたけど」


「基本は週一。繁忙期はこれにプラス。多いのは仕方がない。足りなければ買ってくる。その時は言ってくれ」


 漆は店内を抜け、裏庭へ。裏庭にはバラ園のようにぎっしりとバラが植えられており、今は咲く時期ではないが蕾がぷっくりと膨れ、もう少しすれば綺麗に咲く頃。

 中裏庭の央には、さりげなくテーブルと机。すぐ右側に木で出来た小さなログハウス。ドアを開けると中には蘇生庫キーパー。アレンジメントや花束。売り出してない、特注に頼まれた花の数々。蘇生庫の中は寒く、花達の成長や質、開花を遅らせることが出来る。しかし、ここで栽培した手入れした花達・仕入れた花は不思議と悲しい気持ちが襲ってくる。


「早く、可愛がってくれる人が見つかるといいな……」


 花の状態を確認するため、軽くキーパーに入るやまだ硬いユリの蕾をツンッと指で突っつく。漆は小さくクスッと笑うと、優しくフラワー缶へ入れ店に戻へ。

 すると「あっ、ウルだ!!」と寝起きの声。そして、大きな欠伸に目を擦る。アイマスクをゴーグルのようにかけている男性。髪の毛が少し目にかかり、肩までのセミロング瞳やパーカーにダボッとしたズボン。全てが灰色(スモーキーカラー)。


 白夜 びゃくや りょう


 二十六歳、身長は177センチ。遅刻魔であり、花を使ったハーバリウムなどのハンドメイドをイベントなどで販売、宣伝担当。基本、寝ていることが多く、店には滅多に来ない。


「今日は起きてるんだな……」


「連絡来たから、来たんだよ。あぁ~眠い」


 チラッと光佑に視線を送り、眠たそうに欠伸。


「涼ちゃん、ごめんね。好きな花持っていっていいからさ。ほんの少しだけ付き合ってくれる?」


 光佑は寝癖だらけの涼の髪の毛を落ち着かせようと触りながら、近くにあったブラウンのスイートピーを彼に渡す。


『スイートピー』。

 フリルのような可愛い花びらが特徴。香りもあり、柔らかい色からダークな色まで。女性に人気の花。


「あっ、スモーキーカラーじゃん。くんかくんか……おぉ!! いい香り」


 蝶のようにスイートピーを花に近づけ、香りを嗅ぐ。


「それ、入ってきたばかりだよ」


「本当!? 買う買う、いくらー?」


「えーっとね……。漆、いくら……」

 


           *



 正午。

 光佑と達也は仕入れた花の湯揚げ。漆と涼は接客対応しつつ時より四人は好きな色の花を眺めながら、香りを嗅いだり、花束を組んだりと自由行動。少しずつ客の足は遠退き、来店者はいなくなるもカランッとベルの音。四人の視線が花ではなく、一気に来店者へ。


「あ、あの……すみませんっごめんなさい!!」


 たまたま訪問者の目にハッキリした色合いの達也が入ったのだろう。湯揚げ時の漆の静かなるガン飛ばしに眉間にシワを寄せてきた達也と目が合い、慌てて頭を下げる。突然の来店者の行動に達也は「あーっわりぃーな。怖い顔してて……アハハッ」と本音は言えず笑い誤魔化す。

 それに漆は“私は悪くない”と言いたげに顔をそらしては達也の視線を感じたのだろう。仕入れの計画を練っていた紙。いや、管理していたファイルを静かに勢いよく顔面へ――パーンッと物凄い音が響く。


「イッテェェェ!! なんだよ、真っ黒!!」


 痛がる達也の声に光佑が「ギャー何してるの!! 訪問者いるのに!!」と声を裏返す。涼は目を棒にしながら大きな欠伸。漆は顔色・表情一つ変えず紙と向き合うと恐ろしいほどの静寂に店内は妙な空気。


「あ、あの……鼻が真っ赤……だ、大丈夫ですか?」


 訪問者が達也の鼻を指差すと「花屋だけに……」と場を和ませようと達也は口を開くが“慎め”と言わんばかりの漆の静かなる二発目の気配に「させねぇよ」と取っ組み合う。光佑と涼は二人の仲の悪さに何も言えず、見かねた光佑が二人を隠すように訪問者の前に立っては声をかける。


「初めまして、お嬢さん。いや、男の子かな?」


 優しく手を差し出ると、来店者はゆっくりその手を握った。


「はい、男です。やっぱり、女の子っぽいですよね……」


『お嬢さん』と言われ、落ち込む中学生ぐらいの少年。服は学ランではないが、少し大きめのピンクのYシャツに白いカーディーガン。サイズが合っておらず、袖が萌え袖。だらりとしている。そして、少し濃い青のジーパン。男のくせに色が甘い。きっと明るい色が好きな子なのだろう。


「やっぱり。ごめんね、失礼なこと言っちゃったかな。詳しいことは後で話そう。とりあえず……僕達四人から誰か一人選んでくれるかな」


「えっ!? 選ぶ? ここはホストですか?」


 光佑の『』という言葉に驚きの顔。花屋に来て『選ぶ』と言われたら、「花以外に何を?」と困惑のは当たり前。

 しかし、これが彼のやり方。元、カウンセラーである光佑が『相談者にどう接するか、どう歩み寄るか』考えた結果だった。


「いやいや、違うよ。だって、話しやすい人や話しにくい人いるでしょ? 好きな色もあるだろうし……見た目と直感でいいからさ、ね?」


 光佑はニコッと笑うと、背後から様子を伺うように達也、漆、涼がヒョコッと顔を出す。


 ビビットカラーの達也。


 ダークカラーの漆。


 スモーキーカラーの涼。


 パステルカラーの光佑。


 少年は一人一人と目を合わせ、クルリと四人の周りを回っては軽く服装の色や見た目の印象を確認。そして、ゆっくり光佑の服を掴む。


「よし、決まり。よろしくね!!」


 光佑の嬉しそうな声に他の三人は、何も発することなく仕事に戻る。


「じゃあ、二階に行こう。飲み物出してあげるから少し待っててね」


 光佑は少年の背中に手を回すと、軽く押しゆっくり階段を上がっていった。

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