第55話 僕の生皮を剥ぎに

『――ボクのオススメは〝ゾンビエルフの宇宙ウィザードウ〟だねぇ――』

「ほんまあっ!? それやったら〝マジカルな湖で光るフィッシュ〟もええよ」

『――それってぇヴィヴィドゥのぉ?――』

「そうや、君は分かってんなぁ!」

『――でもぉボクにも出来るかなぁ?――』

「そんなんやったんもん勝ちやからね」

『――それは……――』


 スマホの画面が明滅し、


「そうやっ! ぷっくく! 分かっとんなぁ」

『――そうだぁ! あはは――』


 スマホAIとナマズの精霊が声を揃えて笑う。

 知ってる者同士の会話は傍から見るとどうしてこんなにつまらないのだろうか。

 

 痺れて……いや痺れていなくてもまともに話せないデンパに代わり、エルマがナマズに経緯を話し始めたまでは良かった。


『――それはもう〝周回遅れの先駆者パイオニア〟なんだよね、本当にごめんねぇ――』


「っ!? 今のって、もしかしぃ――」


 謝罪の言葉に混ぜたエルマの謎の発言。

 ナマズがそれに食いついてから、話が脱線、滑落、深淵からの宇宙ソラへ。

 そして、今に至る。

 ちなみにセーレはエルマの話を聞き始めて数秒で飽きて寝落ちした。セーレは自由な人魚である。


『あっあの子、寝返りしておっぱ……いやいかん』

『くっ俺にはロゼがいるんだ……!』

『霧とヒゲが邪魔なんだよなあ……違うそうじゃない』

『邪念を打ち払え! ロゼぱいを思い出すん……いやこれはこれでだめだろ』


 置行堀おいてけぼりに放置されていたデンパ。

 やらかしたことへの反省のポーズとして、しばらくはお得意の正座の姿勢でこうべを垂れていたが、エルマとナマズの盛り上がりの時間が長すぎて集中力が切れてしまう。


 ちらと顔を上げれば、綺麗系お姉さんがすやすやと寝ている姿が見えた。

 受付嬢メリッサに圧倒的な大差をつけた〝二つ丸をつけてかなりのオトナ〟だ。ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます!


「どこを見てんねん」


「……あ、いや、すみ……せん」


 デンパが霧を吹き飛ばそうとして脳内で微笑みの爆弾を作り始める。

 が、速やかにナマズにツッコまれた。


「何に謝ってんねん。いや、もうそれよりエルマ君から聞いとるけど、君の口からきちんと聞きたいんや」


 何を? とは聞けない雰囲気がデンパを追いつめる。

 ナマズとエルマの電波な会話は受信できずだ。


「えと……いきなり攻撃してすみませんでした」


ちゃう」


 違ったらしい。


「魚たちを傷つけてすみません……?」


ちゃう。だいたい魚たちはもう逃げとる」


 湖面に浮かんでいた魚たちは痺れが取れた者から水中に戻っている。宿屋の旦那の残念がる顔がデンパの頭に浮かぶ。


「えと……あーと」


 完全に正解が分からずデンパの口から出るのはフィラーなワードばかり。


「君は、ここに、なにしに来たんや?」


 ナマズがため息交じりで、言葉を区切ってデンパに問う。


「何しにって……」


 デンパは正座をしている今の状況から、ナマズが飛び出す前、レーザービームを打ち込む前、湖のほとりに立つ前……と頭の中で、行動を思い返していく。


『ロゼのために』

『……魔獣の皮を』

『ロゼ!』


「そうや、君は女の子のためにここに来たんやろ。ずいぶん甘酸っぱい動機やないか、話次第ではひと肌脱いでもええで」


 ヒゲでハートマークを作っているあたり、ナマズの好物が分かる。


「~~~~♪」


 いつの間にかセーレも頭上で目を輝かせながらデンパを見つめている。

 サン夫妻は恋愛トークが好きだった。


「ちょっと……お待ちを」


 デンパはサン夫妻への回答を保留した。


『@エルマ:……エルマ、精霊の皮でも代わりになるのか? 文字通りひと肌くれればミッションクリアか?』


 どうにもノリが合わないデンパは念話をオンにしてエルマに救援信号を送る。


『――もぉ、マスターのコミュ障はいつか治るのかな。えーと、高位魔獣の皮の代わりに……――』


 エルマが口を引き結んで溜める。 


『ごくり……』


『――……――』


 じっと四角い画面のなかから、じっとデンパを見据えるエルマ。

 ぴくりと眉が動く。

 エルマのなんとも言えない顔がズームされていく。


『――いやどっちだよ!』

『ファイナルなアンサーしてないからっ! 早く答えて!?』

『溜めが長いっ』


「な、なんや? 急に緊迫しとるけども、どうしたんや?」

「……っ?」


 デンパの心のツッコミは念話をオフにしても周りには伝わってしまう。

 サン夫妻もごくりと唾を呑み込み、エルマの答えを待つ。


 果たしてエルマの答えは――


『――なるよぉ! むしろナマズ・ダ・サンの皮があれば、魔獣の血のほうはアーマーベアを薄めたものでも魔素のがくるよぉ――』


「なるんかいぃ!」


『@エルマ:目の前のナマズさんにも聞こえているのだけど! おつりの意味は分からないけど……ナマズさんの皮でいいならお願いを――エルマ、仲良さそうだし頼むっ!』


『――ええっ!? それはやだよぉ、自分で頼みなよ――』


「こら、大事なことは自分の口から言わんとあかんよ」


 ナマズからのお叱りの言葉。


「うぐ……。えと、貴方の、ナマズさんの皮をく、ください……!」


「僕の皮? おっとろしいなぁ、なんや君らは僕の生皮を剥ぎに来たんか? 最近のヒトはおとろしいなぁ」


 ナマズはヒゲを震わし、セーレは両手で胸を抱いて怖がるポーズを取る。


「……いや、なんかすみません。突然現れて攻撃して、皮をくれとか本当すみません、やっぱりエルマ、だめだ、だめすぎる。ここはいったん出直して――」

「まあ、ええけどね」

「え?」

「流石に生皮はあかんけど、僕のお古なら嫁ちゃんが持っとるから君にあげてもええってうてる」


 この気弱なヒトを充分に驚かし、ビリビリもして、事情はスマホAIから聞いて、本人の頑張りも見届けた。

 ナマズ・ダ・サンはヒトが好きなのだ。


「あなたが神か!」

「精霊や、なんや急におべんちゃら言い出してるけども。はあ、嫁ちゃん、お願いします」


「ッ!」


 ナマズの合図で、セーレがヘソの下部に手を入れてもぞもぞとし始めた。


『どうして下腹部に? え、腰下のあの辺りって境目どうなって』


「コラ、どこを見とんねん」


「あ、いや、すみません」


 しゅぱっとデンパは崩れかけていた正座を戻し、平伏する。


「あかんなぁ、そういうのは良ぅない。興味があるのは分かる。せやけどな、僕の嫁ちゃんの秘密を探るのはあかん。君も知られとぅない秘密があるやろ? ええか――」


『また怒られてしもうた……』

『ってこの関西風の、うつりそうやな』


 すでにデンパの話し方に侵食し始めている。

 関西訛りの強さをデンパは実感しているが、目の前のナマズに気づかれれば、


「まぁた、上の空や。君は僕の話をちゃんと聞いとるのか」


「……聞いてます」

『聞いてません』


 心の声は正直だ。


「どっちやねん! そういうとこやぞ!」


「……すみません」


「君は声ちっちゃいな!」


 ナマズの猛攻を土下座で耐え忍ぶデンパ。

 セーレはすでに目当てのものを下腹部にある鱗のポケットから取り出そうとして、デンパが顔を上げるのを待っている。驚かせたくて仕方ないのだ。


 叱るナマズに、わっくわくのセーレ、土下座するデンパ。


 彼らの光景を見た者がいれば、さぞや頭が混乱することだろう。


 例えば――


「で、デンパさん……どうして?」


「……ガチでなにやってんすか?」


 湖が見える場所までやっとたどり着いたロゼとチャラ男とか。

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