第50話 すげえムカつく

 デンパは少し立ち止まり、考えをまとめようと視線を山に向ける。


『あ……渡り鳥』


 飛行編隊を組んで飛ぶ渡り鳥たちは、先頭を飛ぶリーダーに従って方向を調整する。

 羽根の広げ方、身体を傾ける、鳴き声を出すなどの合図を送りあい、先頭を代わりながら鳥たちは目的地に向かって飛び続けるのだ。


『……』


 渡り鳥の群れを見るともなしに眺め続けるデンパ。


『――すごいよねぇ、生きる知恵。彼らのコミュニケーション能力は高いんだよねぇ――』


『@エルマ:そうだな……俺らと違って――』


 エルマの言葉が心に刺さり、デンパは肩を落とす。


『――それで、マスターはどうして焦ってるのかなぁ?――』


『@エルマ:……最近はロゼも自分の意見を言ってくれるようになっただろ。初めて会ったときよりもよく話すし、距離も近くなったと思う』


 亀の歩みよりものろく進まない二人の関係ではあるが、デンパとしては信頼関係が築けていると思っていた。


『@エルマ:ロゼの察しが良いのってさ、やっぱり過去の色々なことが原因だと思うんだ……』


『――……そ、そうだねぇ。公爵令嬢だったらもっと我がままに育ってもいいのにねぇ――』


 察しが良すぎるのは主にデンパのせいだが、ロゼの育ってきた環境が人への怯えや不信を植え付け、人との距離感や性格、行動に影響を及ぼしているのは間違いない。


『@エルマ:ロゼはさ、素直というか従順すぎるというか……もっと自分を出してほしい。だけど……俺にはそんなコミュ力はないし、ロゼを守れるだけの力もない。だからほんの少しでも変わるきっかけとして、ロゼが強くなる、自立……いや違うな』


 デンパは首を振り、エルマに対する念話をオフにする。

 しかし漏れ出る電波は止まらない。


『どの立場でモノを言ってるんだ』

『……傲慢』

『陰キャが無理してカッコつけてる』

『本当は――』


 考えを整理し、あらためてエルマに向けて念話をオンにする。


『@エルマ:あんな風な笑い方されると寂しいなって。最近はだいぶ打ち解けてきたと思ってきただけにショックでさ。情けないけど、ロゼの顔をまともに見れなかった。説明もちゃんと出来ないで……逃げた、うわ最悪だな俺』


 コミュ力があれば、ロゼに気を使わせることはなかった。

 ロゼを守る力があれば、どんな場所でも一緒に連れて行くことができた。

 それが出来ない自分が情けなくて悔しい。

 ロゼを置いてきたことへの後悔の念が湧き上がる。


『――うわぁ、最悪だねぇ――』


 エルマはデンパをばっさりと言葉の刃で斬り捨てた。


『@エルマ:ぐ……そう。だから急ごうって、俺に出来ることを探そうって……まあそれもギフトやエルマ頼みなんだけど』


『――ふーんなるほどねぇ、それで焦ってたんだ。うーん、だったらなおさら休まないとダメだよ。だって、湖の主がいたらマスターは戦うんでしょ? 移動の疲れ、体も冷えきってるし、空腹で挑んだら勝てるものも勝てないよぉ?――』


『@エルマ:……言われたら腹減ってるかも。そうだな、少し休むか。――エルマありがとな。よっしゃ! それじゃさっさとここを抜けますか!』


 考えが整理出来たのかさっぱりしたデンパは、エルマに感謝し、力強い一歩を踏み出し、


『――どういたしまして……ってそこは落とし穴ッ!――』


『のわーっ! せ、セーフ』


 危うく穴に落ちそうになった。


『あっぶねー』

『とりあえず……エルマに話して少し楽になったかも。感謝』

『うーん、どうしてこんなに一生懸命なんだろ……? 俺いい人すぎない?』

『一人は嫌だ』

『これが好きって感情なのかな……?』


 デンパは自覚していないがエルマは知っている。

 ロゼがデンパに対して媚びるような態度を取る一方で、デンパもまたロゼに依存し、尽くすことで嫌われないように行動していることを。


『――……それでマスター、もう一つあるんでしょ?――』


 いつの間にか積雪地帯を抜け、デンパの視界に緑色の草原が広がり始めた。

 エルマは地図上に休憩できそうなポイントを表示しつつ、デンパに問いかける。


「もう一つ、か……そうだな」


 暖かい空気がデンパの冷えた体を包みはじめ、強張った筋肉をほぐしていく。

 デンパは自分のなかに生まれた〝もう一つの感情〟を吐露すべきか思案する。


『――許せない』


 最初に浮かんだ言葉。


『でも俺が思うことじゃないんだよなぁ』

『許せない、許せない』

所詮しょせんは他人事、俺が踏み込んでいいか分からない……だけど、だけど――』

『ロゼが許しても俺は許せない、後妻親子やロゼをいじめた奴らを』


 デンパの思考がそのまま口に出る。


「……許せないんだよ、なんか」


 ロゼから自然な笑みを奪った連中が。


「すげえムカつく」


 ロゼの命を狙う連中や、その片棒を担ぐ奴らにデンパはムカついている。


「でも一番許せなくて、ムカつくのは――」


 その連中に怯え、安全が第一だとロゼに隠れて生きることをいている自分が許せない。


『――……へえ、だったらマスターはどうしたいの? 例えばだけどぉ、マスターが読んできたラノベで似たような物語はなかった?――』


 画面のなかには、泣き崩れるヒロインのシルエットが表れ、そのヒロインに手を差し伸べるヒーローのシルエットが表示される。


「異世界恋愛ジャンル、か」


『――虐げられている女の子をマスターは救いたくないのかい? ボクと契約してスーパーダーリンになってよ――』


 どこかの孵化装置インキュベーターのようなセリフ。


「その契約の先は人によって賛否別れるエンドが待っているから、なんかやだ」


 と返しつつも、デンパはスーパーダーリンの条件を思い浮かべる。


『高学歴……普通というかこの世界では無学歴おつ』

『高身長……178センチは高いほうか?』

『高収入、とは言えない稼ぎ』

『見た目は陰キャだし、人気者ではないので終了――』


 と本人は陰キャムーブをかましているが、前髪で隠れて非常に分かりにくいがデンパの顔は整っているほうだ。


 その他、性格はお人好ひとよし、仕事については電波漏れの状態ではまともな職には就けないが、デンパ自身は駆け出し冒険者として頑張っているつもりだ。


『――マスターにスパダリの条件全ての達成は難しいとは思う。陰キャのコミュ障の時点でお察しだしぃ――』


「やかましっ!」


 人に言われると腹が立つものである。


『――だけどぉ、さっきも言ったけど女の子に……いやロゼちゃんにとって重要な条件ならマスターは満たすことができるんだよぉ――』


「俺に出来ること……? それは」


『――ズバリ! 一人の女の子を一途に溺愛することでしょう!――』


 瓶底眼鏡をかけたエルマが一本指を立てた画像が表示される。


「……真面目な話をしてるときに唐突な末男すえおさんはやめろ。で、ロゼを溺愛する……それは、その好きじゃないとダメっていうか、いや好きってほら、その……そんな簡単な、ね?」


 急に指と指を突っつき合わせてごにょるデンパ。可愛くない。


『――ズバリ! ロゼさんを嫌いな人はいないでしょう! あとマスターは童貞くさいでしょう!――』


 引き続き爽やかな声が周囲に響く。

 ロゼの呼び方が〝さん〟付けになっている辺り、エルマはやはり芸が細かい。


「その声真似で心理をつくなよぉ、泣くぞッ!?」


 完全にシリアスの息の根は止まった。

 とにかくエルマは男女間の〝ライク〟は〝ラブ〟の延長にあり、ほぼ傍から見たら〝ラブ〟に近い行動を起こしているデンパなら達成できる条件であると伝えたいのだ。


『――別に男女の好きじゃなくてもさ、応援するって立ち位置でもいいじゃない――』


「む……応援、か。あ、俺にスパダリ系は無理だけど、ザマァ系のお助けキャラなら出来る。ってそれはあくまで物語であってだな?」


 デンパは現実をゲームのように捉えては痛い目に遭ってきたので二の足を踏んだ。


『――細かいことはいいんだよぉ。大事なのはマスターがこれから何をしたいのかってことぉ! ロゼちゃんにあんな顔をさせてる奴らがのうのうと生きてる世界でいいのかい? 「とりあえずナマッ!」ぐらいの感じで「とりあえずザマァッ!」って一杯やっていこうよぉ――』


 うだうだとゴネるデンパにエルマの喝ッ!


「……俺、未成年だからその感じで言われても共感できない……けど!」


 パンっと音が鳴るほど両の手でデンパは頬を叩き、


「細かいことは後で考えろって意見には賛成だ! おっし、そんじゃあ湖の主をさくっとやっつけて素材を集めていこう!! あ、とりあえずメシッ!」


 とりあえず生ッ! な感じで昼休憩を取ることにした。


『――おー!――』


 エルマに乗せられている感が否めないが、デンパのもやもやが晴れている。

 人が生きるためには目標や夢があったほうが明日への活力となる。


 ロゼを強くする、ロゼの生存報告をする、ロゼのにざまぁをかます。


 デンパが異世界に来て、初めて明確な目標を持った。

 今までと変わらないことも、明確にすることで行動指針が変わり、モチベーションすら上がるのも人なのだろう。


 ――デンパの推し活が始まる。

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