第48話 ヒルガエルの大合唱
――ヂィヂィ、ヂィヂィ……。
――ヂィ、ヂィ、ヂィヂィヂィヂィ。
――ヂィヂィヂィヂィヂィヂィッ!!
『うぇ、キモい、うるさい……キモうるさい』
「……少し、集まりすぎ、ですよね」
ヒルガエルの大合唱にデンパは耳を塞いで目を背け、ロゼは乾いた笑いを見せる。
エルマの助言により、木板に磁力を付与するところまでは良かったが、デンパが周辺のヒルガエルに磁力を付与したため、集合体恐怖症の人であれば卒倒する絵面が出来上がってしまった。
「自分でやっといてキモい。……これ、何匹くらいいるんだ」
有無を言わさず板に貼り付けられたヒルガエルたちとしては散々な言われようである。
「えーと31、32、33……あれ、この子数えました?」
ロゼが律儀に数えるが、ヒルガエルが木板の表面を這うせいで難しい。
『――いやいやロゼちゃん、マスターも真面目に数字を知りたいわけじゃないから……――』
「あ、そうですよね。ははは……」
エルマの指摘に、ロゼは笑うしかない。
もう心の声なのか外に出ている声なのか、それが指示なのか呟きなのか、ロゼには判断ができない。
『ロゼの天然が出た』
『いや俺が言ったからだった』
『新たな可愛いを引き出した俺グッジョブ?』
『はっ!? ――ってフォローしないと!』
一方、デンパはロゼの可愛さにやられつつも我に返る。
「ごめん、何匹いるんだろって思ってしまっただけ。こんなにいっぱいはいらないから何匹か確保してあとは逃がそう…………うっブジュってしてるぅ」
デンパがヒルガエルを摘んだときの水を含んだスポンジのような触感に眉をひそめた。
もしもヒルガエルに眉があればひそめていただろう。
「石を詰めるのも可哀想ですけど……」
「ロゼのパワーアップのためだ、すまんッ!」
――ヂィィイイ……ヂヂ、ヂヂヂ…………。
デンパは暴れるヒルガエルの口に石を何個もねじ込んでいく。
ヒルガエルが転生者だったらとんでもない拷問を受けていることになるが、幸いなことにヒルガエルの魂はヒルガエルである。
腹がパンパンに膨れるまで石を詰めたら、口と両手両足を引っ張って腹の下まで伸ばして固く結ぶ。
幸いなことにヒルガエルに痛覚はない。これが転生者だったら……以下略。
『――ヒルガエルはですねぇ、普段は小さな虫を丸呑みしたり、動物の血を吸って生きてるんですよ。それでね、今日みたいにお腹に硬い石なんかを入れちゃいますと、消化ができなくなるんです。そうなるとヒルガエルはどうすると思います? ヒルガエルはね、なんと硬い石を早く消化しようと強力な酸を出すんです!――』
エルマがまた動物王国の人になっている。
まるで御本人が憑依しているかのように、目を輝かせながらヒルガエルの生態を語っている。
『――すごいですねえ! だけどその酸が強すぎて自分の体内まで溶かしちゃうんですね。それで石を消化しようとすればするほど、体を中から溶かしてしまって最後は石と外皮だけが残るんですよ。いやあ、この世界の生き物は本当に不思議がいっぱいですねぇ――』
ちなみに石ころも角や表面が酸で溶けてツルツルになり、外皮とジャストフィットするのだ。
のんびりした見た目のわりに、意外と早口なのが特徴的である。
「裏側の結び目もよく見ないと分かんないな……それで後は天日干しで水分を飛ばせば」
偽アイセリアンの出来上がりである。
『行商人の生きる知恵とはいえ……罪悪感はんぱねえ』
デンパは一つ目の加工処理を終え、その拷問に近い工程を振り返り、少しだけ心を痛めた。
その心の痛み、棘ウサギやグリーンラットにも感じてほしい。
「わ、私も出来ました……!」
ロゼも一匹目の加工を終え、デンパの置いた加工済ヒルガエルの隣にそっと並べた。
もうロゼの瞳には迷いがない。
次々とヒルガエルの口に石を詰め、裏返して口と四肢を結んで地面に並べていく。
(……自分のために命を奪っているんだ。だからこそ……迷っちゃだめ!)
それでも時々は罪悪感に襲われるのか、ロゼが頭と胸をぶるぶるんと左右に振っては作業に戻る。
『ブルンブルン』
『バルンバルンバ……』
『はっ!? いかん集中集中!』
デンパも頭を振って、これからを考えようとする。
二人は似たものコンビである。
「とりあえず乾燥中は手持ち無沙汰だけど、何かやっておくことあるか? 魔物の皮とか何に使うんだ?」
『――魔物の皮で作った契約書に、魔物の血で文字を書く作業があるんだけど、もう少し奥に行かないと該当する魔物はいないんだよねぇ――』
「アーマーベアの血とか残ってないのか?」
『――あー、うん、残ってるけどぉ2枚分必要になるから足りないかなぁ――』
エルマが収納くんのリストを眺めながら答えた。
「2枚? 正本副本みたいな? そうか、しかしここから奥っていうと……」
「サントーノの森、です」
「……なんか対象の魔物をコッチにおびき寄せるとか出来ないか? 贅沢は言わないけど、安全・楽ちん・お手軽に勝てそうなのがいい」
デンパは安全、楽ちん、お手軽という言葉が好きらしい。
『――贅沢ッ!! ……ええーっと、マップの設定を高位魔獣の表示だけ色を変えて、縮尺も大きくして……――』
マスターのリクエストに合った魔物を探すため、エルマは異世界マップを展開する。
スマホの画面に地図が表示され、デンパたちを中心に縮尺が大きくなる。
「青色が俺たちで、後ろの小さな赤い点が棘ウサギたちか? セガイコの町の方は……うわっ黒い点だらけ!」
サントーノの森林側、つまり北側をチェックすべきところではあるが、デンパの興味はセガイコの町周辺に移っていた。
『――えっとマスター、見てる場所が違うよ。ちなみに緑色がマスターやロゼちゃんにとって友好、安全。そして赤色が敵対、危険って意味で、黒はその他だねぇ――』
セガイコの町、ギルド周辺を表示すると、赤や緑の点が入り乱れている。
その他、高級宿屋に赤い点が二つ、セネンジア別邸も赤、緑が表示され、縮尺を大きくすると黒い点が赤と緑の表示を隠すように増えていく。
そもそもデンパたちを認識しなければ全員が黒い点になる。
「へえ……ってそういう情報ってもっと早くに知りたいんだが?」
『――ボクはスマホAIだけど、そこまで忖度はできないんだがぁ?――』
道具は持ち主が使いこなしてこそ輝くのだ。
「ぐぬぬ……! ならヘルプ機能とかチェックしたいし、スマホの操作権を返せ」
普通のスマホであれば、セットされているアプリは適当に起動させて触っていくうちに操作方法や機能を学習できる。
しかし、デンパのスマホはAIスマートナビアプリのお任せモードに設定されている。
「……まあ、俺一人では異世界を生きることもロゼを守ったり、強くする方法を考えたりは出来なかったと考えれば悪いことばかりでもないけど」
デンパの常識では考えつかないチート機能を多く持ったスマホを使いこなすには、エルマの存在が大きいのだ。
「あ、あのエルマ様。この大きな丸はなんでしょうか?」
ロゼがスマホを覗き込んで、地図の一部を指す。
画面の左端、デンパたちの場所から遥か西にあるサントーノ森林の奥地にある大きな丸。
少しずつではあるが、東へと動いているように見える。
人のスマホを横から覗き込んで画面に指紋をつけるなんてと、デンパは怒るべきだ。
『っ!?』
『良い匂い……!』
『可愛い』
『ロゼの指ちっちゃい』
なんでもありだった。
『――ああ、それ今設定したんだけどぉ、地上にいて、魔素を多く含んでいる魔物を表示してるんだぁ。点が大きいほど危険な魔物になるからね、これは結構な大物だと思うよぉ――』
「……その危険な魔物がこっちに近づいている? あ、止まった」
「縄張りがあるのでしょうか?」
大きな点の魔物が目的もなく彷徨っているようにも見える。
止まっては動き、また止まる。
『――うーん? マスターが調べたいなら、電波の飛ばせばもう少し分かると思うけど……――』
「……いや、とりあえず俺たちのいる場所から遠すぎるし、少し脱線しすぎてるな。この辺で魔素を多く含む魔物を表示してもらえるか? ……あ、マップを北方向にスワイプするのか」
ちなみに縮尺はピンチイン、ピンチアウトで縮小も拡大もできる。
デンパがマップを動かすと、現在地の北、つまり森林から山に近づくほど赤い点が増えていく。
「うーん、どちらにしても遠いし、西の魔物よりも小さいな……他には――あれ? いま、俺たちの近くに一瞬だけデカい点が表示された……? 気のせいか?」
デンパは慌てて周囲を見渡すが、魔物らしき姿は見当たらない。
「デンパさん、どの辺りですか?」
「っ! え、えっとね、ここ」
ロゼの距離感の無さにデンパはドギマギしつつも、赤い点の表示された場所を拡大させていく。
『――そこはシルバーレイクだねぇ。あ、湖の主だったり――』
ダンジョンや水面下であれば赤い点は表示されない。
エルマが異世界マップの表示時間を巻き戻すと、湖に一瞬だけ赤い点が表示されていた。
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