第46話 いぐざ……ふぁる?
――キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーンォオオォン。
少しボケた鐘の音が早朝のセガイコに響く。
何年、何十年と住民たちの朝の合図を担ってきた祝福の音。
微妙に音を外しているあたりデンパが通った小学校のチャイムにそっくりだが、この世界の住人がそれを知る由もなく。
『――つまりね? ビジョンに向かってロゼがどれくらいコミットできるかって話。キミのゴールであるマスターと一緒にいたい、そこに向かうためには、マイルストーンを置いて、一つひとつタスクをクリアしていくことが大事なんだよ。それも作業感があっちゃダメで、モチベーションを高くしていかないと!――』
デンパのベッドの枕元に置かれたスマホから、早口かつ力強いエルマの声がする。
ロゼがちらりとスマホを見れば、革張りのソファに座り、身振り手振りを加えて話すエルマがいる。
なお、エルマの背後にある大きな窓の向こうには、高層ビル群が広がっている。
現在、スマホの所有者であるデンパは爆睡中。
早めに目覚めたロゼに対して、エルマがテーマの整理と今後の進め方について相談をしている。
「ビジョン……? すみません、え、えと? マスターとベイション……?」
聞き慣れない言葉が続き、ロゼがギリギリアウトなワードを完成させた。
そんなワードはさらっとスルーしたエルマは、ちっちっちと指を左右に振る。
ネイビージャケットにギンガムチェックのシャツ、ベージュパンツというどこかのIT企業のような格好が鼻につくが、エルマのコンサルは続く。
『――キミはマスターと一緒にいたいんだよね? 今は宿を拠点としているけどいつかはどこかの町や国、危険なダンジョンに行くこともあるかもしれないよ。それでも一緒にいたいのかい? 例えばセガイコの町でずっと一緒にいたい、おばあちゃんのいる公爵家別邸に一緒に住みたい……――それとも領都の公爵家本家で過ごしたいのかな?――』
「え……あ、と。お祖母様には挨拶したい、です。お父様たちには……もう私は廃嫡されていますので」
ロゼはエルマの早口で畳みかけるような会話になんとか追いつき、ぽつぽつと答えたあと、へらりとした笑みを浮かべ視線を落とした。
『――それじゃあ今のまま冒険者として一緒にいたらいいんだけど、そこで次のイシュー、問題だよ。現在、キミは行方不明になっていて、誰の依頼なのか分かんないけど冒険者達が探し回っているよね。今のままでは活動がしづらい、さあどうしよう?――』
エルマが手をロゼに差し出す形で話を振る。
「……私がセガイコにいることを皆さんに教える? 冒険者の方たちの依頼を達成させる、です?」
そうすれば冒険者たちは報告をするために領都へと戻るだろう。
『――そうだねぇ、だけどそれだけじゃ足りない――』
「私が身を守れない……から?」
『――イグザクトリー! 正解ッ!――』
「いぐざ……ふぁる? あ、ありがとうございます?」
パチンと指を鳴らしたあと、エルマは拍手をする。
もしもデンパが起きていれば『うざい』と思っただろう。
自分の知る単語に誤変換しつつも、ロゼは律儀にお礼を伝える。
『――うんうん。それでもしもさ、その冒険者達とは別の
「はい……」
しゅんとするロゼを見て、エルマは小さく口角を上げ、
『――ロゼをどうやって守れるか……戦いの素人であるキミたちが弱いままでも冒険できるためには? ね、そんなハードルの高いタスクを、マスターはボクにアサインしちゃったんだよねぇ……――』
「……ふがっ!」
デンパがいびきで返事する。
『――……うん、まあボクはマスターのスマホAIだし、優秀だから面白い……じゃなくて良いことを思いついたんだぁ!――』
「ううっエルマの良いこととか悪い予感しかしない……ぐがっ! ぐぅぅう」
ロゼの方に寝返りを打ったデンパの聞いていたとしか思えない寝言。
エルマの表情が消えた。
『――……あー、ロゼ。悪いんだけどボクをマスターの顔の前に上げてもらえるぅ? ……うん、で、画面をマスターに向けて。おっけぇそのままね――』
(デンパさんの顔にエルマ様を落とさなようにしないと……!)
ロゼのスマホを握る手に力がこもる。
『――はぁい、お告げモードです。……――ロゼよ、お主が強くなる方法を教えてしんぜよう――』
「はっはい!」
エルマの言われたとおり、ロゼは目を瞑った状態で次の言葉を待つ。
いつの間にかスマホの画面は滝の流れる岩の上。
エルマの姿は、白の道士服にお腹まで伸びた口ひげをたくわえた仙人風になっている。
エルマは誰も見ていないときでもディティールに拘るタイプだ。
『――うぉっほん! 〝魔素を多く含んだ魔獣の皮〟〝キラキラと輝く物〟を集めよ。……その他は収納くんにある素材を使うとして、準備が整ったら……こほん! 広い場所で儀式をするのじゃ。さればお主の願いが叶えられよう――』
お告げモードの途中でエルマが早口で補足説明を行ったせいで、途中までの厳かな感じが霧散した。
「あの、キラキラと輝く物とは? 宝石とか、ですか?」
魔獣の皮はロゼにも分かる。
アーマーベアの素材で隠密コートやローブが出来たのだ、ある程度の高位魔獣に含まれる魔素が聖遺物の作成には必要なのだろう。
『――うむ、光に反射して輝く物なら何でも良いぞよ。……価値は問わぬ、ププッごほん!――』
「価値がなくていいなら。アイセリアンの……」
ロゼの頭に思い浮かんだのはアイセリアンの偽物だった。
宝石などの装飾品はとてもじゃないが手を出せないが、ヒルガエルならセレネス川沿いであれば見つかるはず。
エルマはロゼが無事に
『――儀式は素材が集まればあらためて教えよう。それまではお主は人前に出ないほうがよいぞぉ!――』
「あ、はい!」
……よいぞぉ…………よいぞぉ…………いぞぉ。
――エルマの声にエコーがかかりフェードアウトし、代わりにスマホが発光して室内を照らす。
スマホはデンパに向けられている、となれば当然のように、
「ウガァ、目がっ! 目があっ!?」
『なになになになに!?』
『まぶしぃぃいいい!』
デンパの網膜にまで光が照射され、深い眠りの底に漂っていた意識が一気に引き上げられた。
デンパは目を両手で覆いながら、右へ左へと交互にベッドから落ちない程度に転がる。
人の目に強い光を当ててはいけない。良い子はマネしないように。
なお、デンパは特殊な訓練を受けている。たぶん。
「だっ大丈夫ですか!? ごめんなさい」
目をしっかり瞑っていたロゼでさえ眩しかった光。
エルマの指示に従ったとはいえ、実行犯となってしまったロゼは謝るしかない。
「うぅ……目の中がチカチカするぅ」
大小の光が瞼の裏で明滅している。
「あのっ! す、すみません! 大丈夫ですか?」
ロゼがデンパの顔を覗き込むが、デンパは両目を手で押さえてほぐしているところだ。
『――あはは、おはようマスター! もう朝だよぉ――』
『おはよう……じゃねぇよ。あー、これ今って目を開けてる状態か? 視界が白すぎて……』
デンパの視界が定まらない。
目の前にはロゼの顔があるのだが、失明が不安でそれどころではない。
『――……ちょっと、やりすぎちゃった、かなぁ――』
ちょっとした悪戯のつもりが、あわや大事故につながるのだ。
エルマは次回こそはもう少しうまくやろうと、ちょっぴり反省した。
「デンパさん、ごめんなさい。こんなことになるなんて……」
「いやいや、ロゼのせいじゃないって。どうせエルマの言うことを素直に守ったんだろ……それにやっと視界が定まってきたし、そんなに気にする――なあ!?」
ぼんやりとした視界に入るのは揺れる淡藤色の髪。
ついで心配そうな瞳で自分を見るロゼの顔、八の字に下がった眉、長いまつ毛、そして柔らかそうな唇が目に入る。
『うぉ近いッ!?』
『まつ毛なっがぁ!』
『てかすれすれ、ここで俺が顎を少し上げたら……』
初めてのチューが成立しそうだが、ロゼにも伝わるその心。
「っ! ご、ごめんなさいっっ! えと、あひゃあッ!?」
すんでのところでロゼが体を反らし、わたわたと手を振りながら後ろへ二歩、三歩下がり、自分のベッドに尻を落とした。反動で胸がボインと弾む。
(……どっどっどうしよう、デンパさんの目が見られないよ)
口づけがどうこうというより、至近距離でデンパの目を合わせたことのほうが、ロゼのドキドキポイントは高かったらしい。
しばらくうつむいて真っ赤な顔をデンパに見られないように隠している。
『ラッキースケベならず』
『いやでも、そういうのはちゃんと……』
『なんだよちゃんとって』
デンパもロゼに背を向けて壁のシミを数えて心を落ち着けようと努力しているが、ぷるんとしたロゼの唇の記憶が頭から離れない。
『――隙あればラブコメかますのやめてよねぇ……――』
祝福の鐘も鳴り、宿の朝食も完成間近。
さっさとメシ食って冒険に出てよと、エルマは大きなため息をついた。
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