第45話 ピコーンッ!
『――そうだねぇ、確かにロゼちゃんが持てるものって限られちゃうよねぇ。うーん、何がいいかなぁ――』
「ロゼはどう思う? 武器って言ってもナイフでの戦い方とか俺も分かんないし、守りとしては手薄な気がしてさ」
姿を晒すということは、常に命の危険に晒されるということ。
直接的に襲ってくるならばデンパ達も対抗しやすいが、暗殺、誘拐の対抗手段も、謀略に巻き込まれる危険への対抗手段も持ち合わせていない。
「で、できるだけ気をつけます!」
ロゼは頑張るそうだ。
「お、おう」
可愛いけどそうじゃないと、デンパはどうしたものかと思考を加速させる。
『――この世界の常識だと、自分で体を鍛えて強くなるか、自分より強い冒険者を護衛として雇う、頭のいい人を参謀につける、とかだからねぇ――』
「なるほど、冒険者……といえば今日のギルドでの事を思い出した。けど後でいいか」
ロゼの知り合いを名乗る者の存在をデンパは思い出したが、まずはロゼをどう守るべきかを優先する。
「……うーん、やっぱりエルマみたいに自分である程度考えて動けるお助けキャラがいいのかな。エルマの知り合いにいないのか? スマホごとコッチの世界に来れるやつ」
『――すごい無茶だねぇ、スマホのAIはそんなに万能じゃないよ。ボクが特別なんだからねぇ。うーん、でもまあ
エルマの背後に、〝さすマス〟という文字が右から左に流れて、ときどき〝俗物ッいい意味で!〟の文字も通り過ぎてる。
勝手に思いついて、勝手に考え込むスマホAIは確かに特別感がある。
「……んだよ」
エルマの感心しきりな反応が、普段から褒められることのないデンパにとってはどうにも落ち着かない。
俗物という言葉が良い言葉ではないことにも気づかない。
一方、エルマはデンパがもぞもぞと体を動かしていることには目もくれず、何かを思いついたかのようにスマホらしき端末に夢中になっている。
「スマホAIが、スマホを使っている……」
そのスマホの中のAIがまたスマホを使い、その中のAIが……デンパは身震いをして、
「……うぅッ! 頭おかしくなりそう。えっと、エルマが長考に入ったみたいだし、やっぱり思い出したことをロゼに伝えておく」
「はい」
ロゼが姿勢を正し、デンパを見る。
あまりに真剣な眼差しを受けて、
「かわいい……あ、じゃなくて! えと、ルーズって知ってる? ロゼに名前を言えば分かるから伝えてくれってしつこくて」
「ルーズ……どんな方でしたか?」
その名前には心当たりがあると、ロゼは少しだけ前のめりになった。
「どんなって、えーと怪しい人?」
デンパが首を捻りながら思い出そうとしても、チャラさが先行しすぎて説明がしづらい。
『その姿勢……よし』
『えっとどんな人って、話しやすいけど油断できない』
『チャラいイケメン』
『格好はだらしない感じ』
つらつらと心の中に思い浮かべるルーズ像が映像となり、ロゼの心にお届けされる。
うろ覚えで多少足が短くなったり、チャラ男さが増したせいで切れ長の糸目以外の原型を留めていない。
「この人が……ルーズ、さん……です? この目の感じ……えと、その、たぶん知り合いです」
自分の知るルーズ像とかけ離れすぎて、ロゼは自信がない。
「怪しい人しかヒント出てないけど、良く分かったな」
「あ、怪しい方なので……」
デンパの心の電波を拾ったとも言えず、ロゼは内心で怪しい人扱いしたルーズに謝った。
対してデンパはロゼの察しの良さよりも、ネガティブな想像に襲われてそれどころではない。
『幼なじみとか婚約者とか、まさか初恋の相手とか……』
『いやぁああああ! 考えたくないぃぃ!!』
『否! 否! 否ァッ!!』
『小さいロゼとか天使だったんだろうなぁ』
『あのチャラのイケメンとロゼを会わせたら……』
デンパの脳内に感動的な音楽が流れ出し、色とりどりの花が咲きほこる庭園を背景に、「ロゼッ!」「ルーズさんッ!」二人が涙を浮かべながら駆け寄り熱い抱擁を交わす。
その動線の途中に立っていたデンパは、ロゼの巨乳に弾き飛ばされ背中から落ちた。
『グッフッ』
勝手に妄想して、勝手に自爆したデンパには残念感しかない。
(急にどうしたんだろ……)
高速で苦悩し続けるデンパを心配しつつも、ロゼはルーズのことを思い出す。
ロゼが三歳の頃、使用人や護衛を振り切って庭園に入り込んだときのこと。
庭の木に登って下りられなくなった子猫をロゼは見つけた。
「ねこしゃん……いまいく」
ロゼが子猫を助けようと木に近づくが、公爵令嬢が木登りをできるわけもなく。
木に抱きついてみたり、周りをうろうろと回ったりしても解決の糸口は見つからない。
助けを呼ぼうにも、自分が使用人たちから隠れて庭園に来ているため周囲に大人はいない。
「よし! うけとめる、ねこしゃんおいで」
たどり着いた解決策は、スカートを広げ子猫がいつ落ちてきてもいいように構えることだった。
三歳児のドレススカートの布面積はそこそこに狭いが、三歳児にそこに気づけというのは酷である。
『ミーミー』
「ロゼがんばる……むぅ」
子猫は下にいる少女がふんばった顔をしても伝わらない。
ロゼと子猫が木の上と下でお見合いを続けること数分。
たたっと地面を踏む音が聞こえ、ロゼが振り向くと、
「……ふっ」
一人の青年が助走をつけて木に近づいて、幹のくぼみに足をひっかけて跳んで子猫を捕まえる。
背中に羽でもついているかのように、ふわりと着地したあと青年が木から離れると遅れて、小さな枝や葉っぱがロゼの頭に降ってきた。
「ひゃあ」
思わず目をつぶってしまったロゼが、恐るおそる目を開くと、
「もう大丈夫です、お嬢様」
執事姿の青年が立っていた。
「ねこしゃんは……?」
「……こちらに」
青年の両手の上に子猫が乗っていた。
小さく震えているところを見ると、子猫も驚いているようだった。
青年は優しく地面に子猫を置いたあと、頭に葉っぱを乗せているロゼを見た。
「あのね、ねこしゃんたすけてくれて、ありがとう」
ロゼがお礼の言葉とともに顔を上げると、
「……では人を呼びますので、私はこれで」
青年は深々とお辞儀をしたあと、ロゼの返事も待たずにどこかへと去って行った。
その後、無事に子猫とともに保護をされたロゼが使用人に、
「ロゼ、ねこしゃんにとどかないからまってたの。そしたらブワーってなって、タンタントーンってなって、うえからはっぱとひとがおちてきてね。ねこしゃんたすけてくれたけど、おなまえわかんないの」
「ふむ……? ルーズのことでしょうか。彼からも後で詳しく話は訊くとして……お嬢様、大奥様がお待ちですよ」
要領を得ない三歳児の会話から、その使用人は青年の名に当たりをつけた。
「ふえ……! ロゼ、おばあさまに……めってされる?」
「ふふふ、そうですね。子猫を助けたことは褒められるでしょうし、お一人で庭園に入り込んだことは叱られるでしょう。大丈夫です、爺やがついていますから。さあ参りましょう」
使用人――爺やは、その青年の名を言い当て、不安がるロゼをなだめつつ、セシリーの部屋へと導いた。
この日、セシリーお祖母様の大説教や、その後ろで微笑みを浮かべるだけで助けてくれなかった爺やのことよりも、ロゼの記憶に残っていたのは、つまらなそうな目をした青年のことだった。
一応、爺やは助け舟を色々と出していたのだが、三歳のロゼには伝わっていなかったらしい。
(あのあと爺やと一緒に挨拶に来たときは普通だったな。そういえばあのときもお祖母様に叱られて……)
三歳までの記憶をさかのぼれば、うっかり黒歴史を掘り当てることもある。
決まりの悪さからロゼの頬が紅潮していく。
『えっ顔が赤くなった! ……まさか』
『少女の甘酸っぱい思い出……』
『それは――は、つ、こ、い』
『だめだ、考えちゃだめだ、それ以上はメンタルしぬぅ! グハァ』
デンパがロゼの反応を見て勝手に心に傷を負う。
『――彼らをこの世界に
エルマの頭上に電球があらわれ、ピカッと光る。
三者三様、夜はまだまだ長そうだ。
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