第44話 漏斗の形そっくりな小型兵器


「楽しい……? ずっと一緒、俺と」


『嘘だろ、コミュ障だし身分もないしスマホなければ無力だぞ』

『自分なんかがロゼと釣り合うわけがない』

『つまらない、何を考えているか分からないと言われ続けた自分を楽しいと言われても……』


 デンパ本人が自分のことを信じることができない。


 ロゼはデンパの両手をとり、小さくはにかんだ。


「デンパさんは分かりやすいです。――少なくとも私にとっては……だから一緒にいて楽しいんです」


 嘘と欺瞞に満ちた貴族社会、人の優しさと残酷さ。

 味方を遠ざけ、敵を招き入れてしまったロゼにとって、心の声がダダ漏れのデンパほど安心して一緒にいれる人間はいない。


『――ロゼちゃんにここまで言わせても迷うのかい――』


「……わかった。えと、まずはロゼにありがとうと言う。それでエルマにロゼを強く出来る方法を考えてもらって、エルマにロゼを守る道具を出してもらって――」


 デンパはやることを指を折って数えはじめた。

 考えていることが口から漏れているうえに、その内容はほとんどエルマ頼みで情けない。


『――マスター、それ全部声に出てるよ――』


「あぁ、マジか。ええっと……――ロゼ」


 エルマの呆れた声にもおざなりな反応しかできないほど、デンパは考え込んでいる。

 その思考する速度は誰にも拾えない。


 緊張と不安が頭の中でぐるぐると回り、なんど唾を飲み込んでも口が乾き、うまく開かない。

 それでもデンパは、手から伝わるロゼの温もりを勇気の糧にし、目を見て話そうと少しだけ顔を上げた。


「っ!」


 前髪の隙間から覗く涼やかな眼差しがロゼを射抜き、ロゼの心が大きく揺れた。


「……今まで無表情、無感情、何を考えているか分からないって、ずっと言われてきてさ」


 コミュ障のデンパは、じっとロゼを見つめ続けるほどの度胸はなく、ちらと目を合わせてはすぐに逸らす。


 うつむいたせいで、前髪が目元を隠してしまうが、それすら気にせずにデンパは伝えたい言葉を紡いでいく。


「つまんない奴とか、変だとか。……だけど、ロゼはそんな俺と一緒にいたいと言ってくれた。なんか口に出してたみたいだけど……あらためてありがとう」


 自分のことを語り、ロゼに感謝を伝えきった安堵の笑みをデンパは浮かべた。


「っ! あ、いえ私のほうこそありがとう、です」


 心の声ではない、まっすぐなデンパの言葉。

 ロゼの胸の奥が熱くなり、その熱に呼応するように心音が痛いほど高鳴る。


(あれ? ドキドキするの、なんで、だろ)


 思わず自分の胸に手をやろうとするも、ロゼの両手はデンパとつないだまま。


(手はこのままで……いい)


 デンパの手から伝わる温もりを逃したくない。

 自分の心に芽生えた感情がなんなのか少しだけ自覚し、その感情を否定しようとする弱い自分をおさえるためにも、ロゼはデンパの手を離さないと決めた。


 大鎌を振り回すことでついたマメの感触や、かたい手の感触、どこまでも自分とは違う異性という認識。


『……ロゼの顔が赤い。すごい勇気だったんだろうな』

『すげぇ』

『ロゼの手が温かい、やわわわぁ』

『俺も頑張らないと!』


 デンパの心の声がロゼに届き、さらにデンパという存在を意識させられる。

 ロゼが意識するほどに、ロゼの心臓は大きく脈を打つ。


(この音、デンパさんに聞こえてないよね……うぅ、恥ずかしい)


 ロゼはあれこれと考えているデンパに気づかれないように、視線を上げる。


『あれ、そういえば「これからもずっと一緒にいたい」って……それって――』


 一段落いちだんらくしたところで、デンパはロゼの言葉を思い返し、その意味についてじっくりと反芻しはじめた。


『マジ? いや違う、そんなわけは……でももしかして』

『まずは自分がロゼのことをどう思っているのか。可愛い……いや見た目じゃなくて』

『もしかしてロゼは俺のことを――』

『異議ありッ!』

『こういう経験なさすぎて分からない』


 デンパの自問自答は、心のデンパ達を生み出し、心の円卓を囲んで会議が始まる。

 会議は白熱するが、進まないのは生まれ出た元がデンパなので仕方ない。

 思考の海から浮上するのは、結論を出すことを諦めたときだろう。


「あっ……えと、恩返しという話で……。でもこのままずっと、って……言っちゃってる」


 羞恥心がロゼの声を小さくさせる。当然のようにデンパには聞こえていない。

 恩返しをしたいという気持ちも本当、一緒にいたいと伝えた。

 その言葉に込められた意味合いが、後にロゼがによって違う意味になっただけだ。


(でも、これ以上は何も望んじゃだめだ……)


 これからも一緒にいたいとデンパに伝え、彼のために行動する。

 まずは恩をしっかりと返し、役に立てるようになって、そのときデンパが自分を必要としてくれるのならば、かつて心の奥底に沈めた感情や想いを外に出せるのかもしれない。


 自分も幸せを望んでもいいのだと思えるかもしれない。


 ロゼは深呼吸をして、湧き立つ気持ちを鎮めることに集中した。



『――まあ、二人とも気持ちの整理ができて良かったんじゃないかなぁ――』


 二人の荒ぶる感情の波が小さくなってきたところで、エルマがデンパ達の頑張りを讃えた。


「そう、だな。ところでエルマは何の作業をしてるんだ?」


 画面内では、作業着に身を包んだエルマが砂糖袋を重たそうに肩で担いで、倉庫の奥に運んでいる。

 現在、担いでいる砂糖袋を上に積めば四段の高さとなる。


『――えぇ~それ聞くのぉ? はぁ、ボクは甘いの苦手なんだよねぇ……――』


 さきほどの二人の結果的に甘い空気の被害者であるエルマは、説明することさえ不満そうだ。


「? まあ、よくわからんが頑張ってくれ」


「が、がんばってください!」


 なんで砂糖を吐いたのか、理由がわからない二人はとりあえずエルマに激励のエールを送った。


『――――……そだねー。さってと! 話を戻すんだけど、ロゼちゃんを強くする方法を考えようのコーナー!――』


 エルマが一回転すると、倉庫の画面からパーティ会場に早変わり。

 ドンドンパフパフッと気の抜けたラッパの音が鳴り、ホワイトボードにコーナー名が表示された。


「わーパチパチ」


 とりあえずこの流れに乗っておこうと、デンパは乾いた拍手を数回鳴らし、


「あっ、よろしくお願いします」


 ロゼは律儀に頭を下げ、その反動で胸がたゆんと揺れた。


『ほほぅ……あ、ヤベッ!』

『見てない見てない見てない、ちょっと見た』


「ごっほん! それじゃエルマ、ロゼがどうやったら強くなれるか教えてくれ」


 今どきの若者はすぐにスマホを頼る。

 スマホが全て正しいことを教えてくれるとは限らないのに。


『――うん、それじゃあサントーノの森へ――』


「却下。それはエルマが行きたいところだろ。例えば……俺みたいにギフトをロゼに渡せないのか?」


『――それはさすがに無理だよぉ。あれができるのは神様だけだよ――』


 何らかの不具合、事故、神の悪戯で魂が転生や転移することを、〝魂の異動〟という。

 魂の異動が起きると、世界の管理者同士で協議され、異動した魂が傷つかないように保護をかけることになっている。デンパであれば電磁界や異世界共通言語などがそれに当たる。


「むう、なら……そうだ! 聖遺物……チートアイテムなら作れそうか? 細腕のロゼでも持てて、俺もそうだけど戦闘知識あまりいらない装備」


 デンパのイメージは、漏斗ファンネルの形そっくりな小型兵器だ。

 有名アニメ機動する戦士シリーズ二作目に登場する第三勢力のボス専用機に搭載されている。

 デンパの発想の俗物さだけは、エルマにしっかりと伝わった。

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