第43話 ラノベ脳も万能ではない

 デンパの内心は――


『相談の切り出し方が分からない。……ロゼは隠れて生活することは辛くないのか? とかこの子は辛くないとしか言わないし、言えないよな』

『ロゼも存在感を出していこうぜ! いや理由はなんだよ!』

『生きてることが相手に伝われば、ロゼの身は危険。俺が守るにしたって限界が……』

『このまま一緒に過ごせないのか、そっちの方向で……ってどっちだよ!』

『なんと相談すればいい。そもそも俺はどうしたいんだ……』


 ロゼの不安は的外れ。

 ロゼを案じる思いと、自分の欲求と押さえつける理性の戦いが、デンパの電波に乗ってロゼの元へ届く。


(……どうしてこの人は私のことをここまで考えてくれるの? 優しい方だから? 寂しがり屋だから? うぅ……そんなこと考えちゃだめなのに)


 自分のことを彼がどう思っているか、考えることは罪である。


 ――はぁ? アタシがお前を好きなわけないじゃない。ギャハハ、もうやめてよ気持ち悪い!


 豹変した義姉の最初の言葉。

 父も義母も周囲に使用人もいないところで、壁に押さえつけられ耳元で囁かれた毒。


 自分に向けられた明確な悪意を前に、ロゼは義姉が去ったあともその場でしゃがみこんで震えることしかできなかった。


 ――本当にだらしない体ねぇ。あの女と一緒で男をたらしこむ才能だけはありそうよ。


 義姉に言われたことを相談しようと義母の部屋を訪ねたときに、冷たい眼差しで吐きかけられた毒。


 期待や希望を粉々に打ち砕かれたロゼの心には、じくじくとした痛みが残っている。


(姿を隠して町を歩くのは不便。お祖母様が心配なのも本当。だけどデンパ様とこのまま離れるのは……――いやだ)


 『可愛い』『気が利く』『おっぱい』『一緒にいて楽しい』と多少の欲も含めて、自分を人として見てくれるデンパと一緒にいるのは心地よい。


(エルマ様の言うとおり、デンパ様の自由を私が縛っている。甘えている。姿をさらせばデンパ様の負担になる……違う! 負担にならないようにすることを考えないと!)


 自分の命、祖母の病気まで治し、今もなおデンパの庇護下にある自分ができること。


(……デンパ様の横に並ぶぐらいの強さを私が持つことができれば。例えば――)


 エルマの作る装備。

 あるいはエルマという聖遺物の存在そのもの。


 ――彼がこの世界で何をするのか、何をなし得るのかをボクは見たい。


(エルマ様の望みの邪魔をしない。デンパ様も私のことを心配しなくてよくなる……)


 いつか自分よりも優れた人物やデンパの好みの女性が現れて、自分が要らなくなるときまで、借りるのはどうだろうか。


(図々しくて都合のいいことばかり……。だけどデンパ様が悩んでいるし、今の状況もエルマ様にとっては良くないんだと思う)


 一種の交渉めいたものが浮かび、自分に都合が良すぎることに嫌悪する。

 子どもの頃は何を言わずとも、誰かが進んで与えてくれた。

 後妻親子が来て、装飾品やドレス、使用人、父親、公爵令嬢としての身分、最後は母の形見も奪われたままだ。


 自分の願いを叶えるためのずるさ、したたかさがロゼにはない。


(……部屋に入ったらデンパ様にお願いしてみよう)


 それでもデンパと一緒にいたいと思う自分の気持ちを優先し、一歩だけ踏み込む覚悟をロゼは決めた! 


(よし――!)


 デンパの背中に近づこうと、大きな一歩を今――「デ、デンパさん! エルマ様っ! お願いが――」


「……あ、あのさ。ロゼに大事なグホゥっ!?」


 力強く踏み出したと同時にデンパが振り向いた。


「えぷぅ! あ、ああああ……ごっごめんなさいッ!!」


 大事なグホゥと息が止まるほど、ロゼの頭がデンパのみぞおちに綺麗に刺さる。


 デンパは腹を押さえながら、エビのように尻を突き出しながら部屋へと入り、そのまま何かにつまづいて床に転がった。

 加害者であるロゼはひたすら謝るしかない。


『――二人して間が悪すぎないぃ?――』


 やれやれを両手を上げるエルマの背景に顔文字の『┐(´д`)┌ヤレヤレ』が右から左、左から右と行ったり来たり。



 仕切り直し。

 互いのベッドを近づけて椅子代わりにと、腰をおろして向かい合い、話の切り出し方を探っている。

 デンパの電波が常時ダダ漏れで、高速、低速を繰り返しながら思考しているため、無表情の一般人よりも話しかける難易度が高い。


『――それでロゼちゃんはかしこまってどうしたのぉ?――』


「あ……はい、えと――」


 エルマが水を向ける。


 ロゼはうつむき唇を噛み締めていたが、意を決したように顔を上げ、


「わ、私っ……強くなりたい、です」


 身体的な強さ、心の強さ、自分に負けない強さ。

 ロゼの求める強さが何かは分からないが、デンパに向けた二つの濃色こきいろに決意がともっている。


「……あ、諦めたらそこで試合終了ですよ?」


 ロゼに気圧されたデンパは白髪メガネの監督の言葉を借りた。


『――マスター、ロゼちゃんは真面目な話をしてるんだけど――』


 エルマに叱られた。


『ぐう……エルマに言われた』

『これは俺が悪い……』

『ロゼの独り立ちフラグぅぅぅ』

『さみしい』

 

 心細さがデンパの電波に影響し、声量が次第に小さくなる。


「……ロゼが生きてるってバレたら、その、危ないかも」


 ぼしょぼしょと情けない声が出る。


『俺が守る……いやいやいやいや』

『守りたいけど自信がない』

『本当は理由をつけて一緒にいたいだけだろ……俺はクズだ』


 デンパはうつむき、ロゼを直視できない。


『ロゼもおばあちゃんところに戻りたいのか。だけど今のまま戻っても自分を守れないから強くなりたい、とか?』

『こういうときラノベ主人公はどうだったか』

『どうしよう、どうしたら、どうすれば』


 ラノベ脳も万能ではない、うまくいかないときの展開は面白くないから記憶に残りにくいのだ。


『――マスターはさ、ロゼちゃんのことはどう思っているのさ――』


(っっ!?)


 見かねたエルマがデンパに問い、静かにデンパの思考が落ち着くのを待っていたロゼは息を呑んだ。


『どうって……可愛いとか優しいとか……』

『おっぱ……いまはいいや』

『生い立ちから今の境遇までなかなかのバッドストーリー』

『不遇な子』


 デンパを占めるロゼのイメージは、同情が多く次いで見た目や性格だ。

 憐憫の情がデンパの瞳に宿り、心の声とともにロゼに伝わった。


「わっ私はかわいそうではない、です。た、たしかにお父様に廃嫡されましたし、お義母様やお義姉様たちにいじわるをされました。だけど、そればかりの人生ではないです」


 デンパは直接何も言っていないが、ロゼは気づかず続ける。


 公爵令嬢としての暮らし、貴族のマナーや常識を学び、使用人の仕事をさせられたロゼ。

 いじわるをする使用人の目を盗んで優しい声をかけてくれる職人や先輩メイドもいた。


 うとんでいた祖母の教育の大切、自分がいかに大事にされていたのかを知ることが出来た。


 ギルドで食べた黒パンと野菜スープの味は、たった独りで食べていた公爵家の豪華な食事よりも美味しく感じることができた。


 辛いことが多ければ、より小さな幸せを見つけることができるとロゼは学んでいる。


「今の、私はヘッポコですけど冒険者暮らしも楽しいです。デンパ様……デンパさんと一緒にいると楽しいです。でも、今はずっとデンパさんに守られているだけで、私は何もできていない」


 無力で、無能で、無知の自分がいるだけでお荷物。

 その根底に刻まれた心根をロゼは自覚し、そのうえで自分を出すと決めた。

 だから――


「い、今よりもっと役に立てるように強くなりたい。これからもずっと一緒に、デンパさんといたい……です」


 自分と祖母の命の恩人への借りを返す、そのためにも強くなる。

 その手段が恩人の力を頼ることであっても、ロゼはもう遠慮をしない。


 結果的に逆プロポーズのような言葉になってしまったが、何かを成そうするときは勢いも必要である。

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