第42話 どうする?
「あんたたちッ! 帰ってきたんならさっさと食堂に来なッ! みんな待ってんだよ!!」
ノックもなしにドアが開かれ、こめかみをピクピクさせた女将があらわれた!
「「ひいー!?」」
デンパとロゼ、おもわず抱き合って悲鳴を上げた。
エルマの作戦よりも女将の一喝のほうが、物理的な距離感は詰められるらしい。
『――@マスター:どうする? こうげき、にげる、ぼうぎょ、どうぐ――』
『@エルマ:戦闘系コマンドはやめろぅ! せめて対話の選択肢入れてくれ』
と、混乱したデンパがエルマのボケにツッコミを入れて、優先順位を間違える。
「あたしの前で、な、に、を、してるんだいっ! まったくっ! イチャイチャしてんじゃないよ」
鼻をふんっと鳴らして、両手を腰につける女将。
「んへあ!? いや、違う、ごめんッ!」
「え、あ、いえ、はい、ごめんなさいッ!!」
女将の指摘により自分たちが大接近していることに気づき、二人は慌てて離れた。
ふわりと香る柑橘系の匂いと、艷やかな淡藤色が移動するのを女将は一瞬だけ目に止めた。
二人の関係よりも、ロゼの髪質が気になっているのだ。
「とにかくッ! 無事に戻ってきてなによりだよ。先に行って皿を並べてるから早く来な。……まったくリーファを不安にさせたらタダじゃおかないよッ!! あーやれやれ」
女将自身も不安にかられていたが、リーファのせいにしていまうズルい大人である。
心配そうな顔を見せないために般若となってあらわれたのだ。
「……はぁ、やっぱり冒険者たちを泊めるのは気が休まらないね」
二人の部屋から食堂に向かうなかで、女将の呟きを拾う者はいない。
女将が食堂に入ると、リーファが椅子に座って足をブラブラさせている。
ときどきお腹をさすっているところをみると、お腹が空いているのだろう。
女将はその様子を見て、我ながら勝手だとは思いつつも、デンパへの苛立ちがふつふつと。
「やっと帰ってきたよ。たく、どこほっつき歩いてんだかねぇ! リーファもお腹空いただろう?」
ひときわ大きな声を出したあと、リーファを気遣う優しい母の声。
「あ、お兄さんもちゃんと帰ってきたんだね! そっか! 安心したらなんだかお腹空いてきたー!」
椅子からピョンっと軽く飛び降り、エプロンを腰にまいてキッチンへと向かう。
デンパたちが〝ヨーヴィスの眠り〟を拠点とし、朝と夜に食事をするようになり、人懐っこいリーファは一緒に食事がしたいと女将にお願いした。
女将としては、過去のことがあるため愛娘の願いとはいえ、頷きづらい難題である。
デンパたちの人となりを知れば知るほど、リーファの願いは強くなり、女将自身も二人と距離をとることの意味がぶれていき、
『エイギルくんたちも冒険者で一緒にゴハン食べてるのに、どうして
――リーファ本人が、二人の名を呼ぶことを無意識で避けている。
冒険者はいつ帰ってくるか分からない。
気を許した冒険者たちが無言で戻ってきたときのショックが癒えず、デンパたちの名前を呼べないでいる。
仲良くなればなるほど、別れが辛くなる。
愛娘リーファの暗い顔はもう見たくないのだ。
その理由を子どもに説明しても理解が得られることはなく、旦那と話し合った結果、女将のほうが折れることにした。
愛娘たっての希望であれば仕方ないと、むしろデンパたちの都合は考えられずに毎日の食事は一緒に行うことが決まった。
人は誰もが自分を一番に考え、次いで周囲の家族、友人、知人を優先し、地元や国の都合やそのときの利益によって優先すべきことを変えていく。
ちなみにデンパたちとエイギルたちは門ですれ違うことはあっても、狩り場も違えば活動時間も違うため、お互いに顔も姿も知らない仲である。
「今日はシチューだよ。あんたらのおかげで肉が増えたんで助かるよ」
非戦闘形態での棘ウサギは、肉がやわらかい。
体内にある棘袋だけを丁寧に取り除けば美味しいウサギ肉となる。
寸胴鍋に、ウッシミルクと野菜をいれてゆっくりと煮込めば濃厚シチューの完成だ。
「さあさあ今日はソーセージもあるからいっぱい食べてね」
デンパたちの前に旦那が料理を並べていく。
端からロゼ、デンパ、一つ空いてリーファが座り、その向かい側に旦那と女将が座る。
家族とお客の距離感が近いような遠いような。
「……ユグドラルの恵みに感謝を」
それぞれが創世の神への感謝の言葉を呟き、食事を始める。
『……っす。――ウマっ!』
デンパは皆にあわせて祈ったあと、心の中で『いただきます』を控えめに唱え、シチューを一口。
柔らかく煮込まれたウサギの肉が、口の中でほぐれるような食感。
一緒に煮込まれた野菜の食感、味わいが温もりとともにデンパの舌を通り過ぎていく。
『ウマっあっつ』
『まじウマっ』
『ウマすぎっ』
ウマの肉を食べているような内心だが、デンパは無心でシチューを口に運ぶ。
「ふふ、そんなに美味しそうに食べてくれると僕も作り甲斐があるね。ソーセージもどうだい」
旦那さんがソーセージの乗った皿をデンパに勧める。
「うっす……! いや毎日こんなにメシが美味しいの助かる。ロゼも食べてるか?」
自分だけがっつきすぎたと反省しつつ、ロゼを見るとお上品にサラダを口に運ぶところだった。
『やっぱ……育ちが違うな』
『身分……』
『でもこのままじゃダメだよなぁ』
隣に座るロゼにだけ届いたデンパの小さな心根。
ハプニングはあったものの、デンパの様子がどこかよそよそしい。
(育ち、身分……もしかしてお祖母様から学んだマナーだと、こういう場所では目立つことを心配して……? たしかに女将さんたちは綺麗に食べているけど、リーファちゃんは元気な感じだ……よし!)
ならば自分がやるべきことは――
「…………パクッ! ん~! 美味しいぃ~!」
ロゼは勢いよく口に野菜を頬張り、頬に手を当てて全力で美味しいを表現する。
もちろん味は美味しいのだが、本来はここまでオーバーにやるのは貴族社会ではお下品な行為である。
シチューの器にスプーンを強く当て、よく噛んでは目をつぶって味わいを楽しみ、飲み込むと同時にソーセージを口に。
「おっと! いい食べっぷりじゃないか。ほら、あんたもこの子に負けないように食べなっ」
「うっす。ロゼはシチューが好きなんだな」
「えっ? あ、はい、そうです。本当に美味しいです! ……お、おかわり、ください!」
少しだけ品はないが、リーファにならって元気よく食べるほうがデンパや女将たちの受けがいいことをロゼは学んだ。
『……一昨日もシチューだったけど、今日との違いはソーセージの有無か?』
『ソーセージを……』
女将が察知したら叩き出されそうなデンパの妄想が周波数に乗って外に出ようとしたとき、
『――@マスター:もう一度訊くけど、このままでいいのぉ?――』
「……ぐ」
エルマが先送りしていた問題をデンパにつきつける。
『@エルマ:なぜこのタイミングで。……やっぱロゼにも相談しないと決められないというか、俺が決めてはいけない気がするんだよな』
ロゼは自分の意見を出すことを恐れている。
デンパが右と言えば右に進むし、左と言えば左に進むだろう。
デンパもこの数日間でロゼの性格は分かっている。
(……ん? デンパ様はエルマ様とお話中かな?)
デンパはほとんど食べ終えているため、女将たちはデンパの変化に気づかないが、ロゼには分かる。
「ふう、美味しかったです。女将さんたちありがとうございました」
「あ、ごちそうさまでした」
ロゼの挨拶に続いて、デンパは合掌する。
合掌の意味は伝わらないが、デンパ流として女将たちも受け入れている。
(エルマ様とのお話は終わったのかな……?)
いつ電波が漏れて女将さんたちにデンパの秘密がバレるか分からない。
ロゼなり気を使っての行動だったが、余計な真似をしたのではないかと不安がよぎる。
デンパに続いて廊下を歩く。
すぐ近くに見えるデンパの背中が遠くに感じ、ロゼは少しだけ早足になった。
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