第41話 コミュ障男子とネガティブ女子


『――@マスター:マスターならちょちょいのチョイボンゲで集落の壊滅ができるんだけどなぁ――』


 集落の発見はある程度の冒険者になれば単独でも可能だが、集落の壊滅となると金級冒険者でも単独は厳しい。

 そもそも単独で討伐に行くような命知らずのおバカはいない。


 おバカと英雄は紙一重である。


『@エルマ:ちょちょいのちょいに変なの足すなよ。というか壊滅させられる力って……』


 チョイボンゲは山高帽にサングラス、鉄の爪を持つ陽気なおっさんのことである。

 エルマはトリッキーなキャラを好む。


『――@マスター:放射線で周囲一体をおせ……――』


『@エルマ:ほらそれぇえ!! 森そのものが死ぬやつや! だいたい近くに人がいたら危ない……』

 

『――@マスター:じゃあさ、マスターはいつまでロゼちゃんを行方不明のままにするのさ。おばあちゃんだって心配してると思うし、後妻親子の計画は彼女がいてもいなくても進んでるんだよ――』


 後妻親子が何を狙っているかをエルマは知っている。

 デンパが聞いてくるまで詳細を教えるつもりはないらしい。


『@エルマ:計画……公爵家乗っ取りとか? ロゼが大々的に生きてるってしたほうが邪魔できる、のか? それはロゼが危険だぞ』


『――@マスター:……ラノベ脳の勘が鋭い。ボクとしては、バーンっとマスターが活躍して、ドーンってロゼちゃんを狙う敵をやっつけて、パンパカパーンっとロゼちゃんをめとって――』


 二頭身にデフォルメされたデンパが、剣を振り回すと魔物が吹き飛ぶシーンが表示され、次にロゼを背中で守りながら両手から光線を出して黒づくめ男ら吹き飛ばすシーンになる。

 最後は、ウエディングドレスを来たロゼとデンパが教会でみんなに祝福されるシーン。


『@エルマ:待てまてマテ! 色々とおかしい』


 デンパもラノベの主人公のように、活躍してみたいという気持ちもある。

 ロゼを狙う奴らを倒せば、安心して町中を歩けるし、ロゼとの距離もさらに縮まる。

 そもそも誰かの目を気にしながら生活するのはストレスがたまる。


 メリットはある。


『――@マスター:ぶっちゃけ、生活できるだけの資金も拠点もあるでしょ。ロゼちゃんだって普通に外を歩き回りたいと思ってるかもだよぉ? いっつもマスターと二人だけど、ロゼちゃんホントはどう思ってるんだろうねぇ――』


『@エルマ:ぐ……痛いところを。資金はある、ギフトの使い方も分かってきた……』


 エルマの指摘はデンパに刺さる。


『俺の力でロゼを守ることができるのか……?』

『ロゼを危険に晒すことにならないか?』


 不安が浮かび、


『でもロゼが大丈夫になったら……俺はいらないよな』

『俺が一緒にいたいだけなのか……』

『底辺冒険者の俺と公爵令嬢のロゼでは釣り合わない』

『ならいっそこのまま……』


 エゴと昏い欲がわく。

 

「……ロゼと一緒に行動する。ボリクたちが来たときにコミュ障の俺はうまく話せない」


 武力に訴えてくるなら問答無用なのだが、相手も交渉はしてくるだろう。

 デンパはまともに話せる気がしない。


『――@マスター:ギフトの力でやっつけちゃえ!――』


「そうするとギルドで悪目立ちした俺は登録抹消。ロゼは公爵家に戻り下働きをさせられるか、下手したら命を……バッドエンドだ」


『――@マスター:うーん、ネガティブだねぇ。マスターたちが冒険者で活躍して目立つようになれば、ロゼちゃんを狙う敵も簡単には手を出せないでしょ。ロゼのおばあちゃんだって、ロゼちゃんが無事なら後ろ盾になってくれるんじゃないのぉ?――』


「……とりあえず、宿までの道案内をお願いします」


 デンパは問題を先送りにした。


『思ったことをそのまま伝えることができればどんなに楽か……ハァ』


 背中を丸め、スマホを見ながら大きくため息を吐いた。



 ギルドを出てから職人街のなかで迷子。

 落ち込んで立ち直るまで5分。

 それから身体強化を使って、屋根づたいにまっすぐに宿屋に向かって5分。

 ロゼを宿屋に送り届けてからすでに2時間が経過していた。


 隠密効果を保ったまま、デンパはドアを3回ノックをする。


『いる、よな?』

『まだ少し筋肉が痛い……』

『早く強くならないとだな』

『あれ、この部屋であってるよな?』


「はっはい!」


 室内からロゼの声が聞こえ、デンパは胸をなでおろした。


『良かった、違う部屋をノックしてたとか恥ずか死ねるわ』

『ノックせずにドアを開けると、ロゼが着替えの途中だったりするんだろうか』

『声を聞いただけで癒やされる』

『早く顔を見たい』


 2時間ほど離れていただけで、心の声が大渋滞になっている。

 ドアを開けようと近づいたロゼにも、その声はもちろん届いていて、


(どうしよう、本当に着替えの途中だけど……。待ってもらうのも失礼、いや私のこんな姿を見せるのはもっと失礼、だよね。えっと、でも返事も早くしないと。だけど服を着ないと……待って! 髪がまだ濡れてるっ!)


 ロゼは水浴びをしたばかり。

 宿屋の入口近くでしばらくデンパの帰りを待っていたところ、女将から先に体を洗っておいでと洗い場へと連行された。

 リーファも一緒に洗い場に入って、洗髪剤で髪の毛を洗いっこ。

 女将も洗髪剤を使いたいのだが、やはり目立ちすぎるのは良くないと自重しているが、愛娘の髪が綺麗になるのは別腹らしい。


「ロゼ、えっと入っていい?」


「えと! ――あの……はい」


 はいと言ってから、ロゼは慌ててタオルで髪の毛をわしわしと拭き始める。

 ロゼの返事を待ってゆっくりと開くドア。


「ただいま……――あるれェ!? ちょっとごめん!」


 勢いよくドアが閉まる。


『ナンデ!?』

『ちゃちゃっとチャンコーハンで返事したよね!?』

『俺が悪い!?』

『ナンデナンデ!?』


 デンパが思い返すと、たしかにロゼの返事はあった。

 数秒前の記憶に間違いはないと思いたい。


 デンパの理想は、ベッドに腰かけたロゼが『お帰りなさい』と少し顔を赤くしながら言ってくれるイメージだった。ところがどっこい、ロゼが両手を上げて忙しなく髪を拭いているのである。


 髪の毛やタオルで隠された顔よりも、隠すべき凶器が髪を拭く動作によって狂喜乱舞するのは自然の摂理。

 ついでに丈の短いワンピースから覗く細い肢体まで、ばっちりデンパの海馬にファイリングされた。


「あっ! ごめん、なさい。さっき体を洗ったばかりで……でも、デンパ様もお疲れだろうし早く部屋で休んでもらおうと……、その、大変お見苦しいものを。えとローブを着ましたのでもう大丈夫、です」


 ロゼは隠密効果を上げて、デンパに声をかけた。

 顔も体も赤く茹でダコのようになったロゼだが、ローブのおかげで救われている。


「……えっと、ただいま」


 デンパはさっきよりも更にゆっくりとドアを開け、ロゼの姿をちらっと確認してから声をかけた。


「お、お帰りなさいデンパ様……あ! で、デンパ


『ぐおっふぉ。可愛いッ!!』

『かろうじてそこにいるのが分かる!』

『いい匂い』

『さんって呼びなおす感じ、好き』

『でもさっきの記憶のせいで、逆にもうさっきのままにしか見えない……』


 ときめきとエロスに挟まれたデンパの思考は、普段はそんなに変化しない鼻の下を伸ばす程度に影響を及ぼしている。


『――@ロゼ:ロゼちゃん、ただいまぁ! さん呼び、マスターに響いてるよぉ――』


「うぅ……」


 エルマの仕込みだった。

 ロゼの呼び方を〝様〟から〝さん〟に変更させることで、デンパとロゼの距離をまた一歩近づかせることに成功した。

 スマホAIとして、二人の恋愛事情は心底どうでもいいのだが、二人の距離が遠いよりも近づいたほうがデンパの行動が面白そうだと判断しての助言である。

 自分が楽しめそうなところに全力BETベットするのがエルマの流儀だ。


「……埃っぽいし、話をする前に綺麗にするか。ろ、ロゼの髪も乾かすから少し隠密効果を下げてもらっていいか?」


「は、はい……お、お願いします」


 ロゼの輪郭が見えてきたところで、デンパは両人差し指を頭上まで動かし、目をつぶり集中。


『デ、ンパッ!』


 ツピーーーー! ツピーーーー! 静かな空間にレーザーが飛ぶ音だけが響いた。


 砂や埃、汚れを落とす光線に、ロゼの髪の毛を乾かす光線。

 エルマの補助は必要ではあるが、少しずつデンパの電波操作も上達してきている。


「……えと、なんかさっきはごめん」


「い、いえ私のほうこそ。ごめんなさい……」


 毎日同じ部屋、ともに行動をし続けている弊害。

 物理的な距離が近すぎて、お互いに思っていることや普通の会話の切り出し方が分からない。


 コミュ障男子とネガティブ女子の空回りな時間がこのまま過ぎようとしたとき――

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