第40話 ごぶごぶ

 チャラチャラへっちゃらな男が声をかけてきた。


 耳には3連ピアス。

 糸目の三白眼で、虹彩が青藍せいらん色。

 ヘラヘラと軽薄さを前面に出した表情は『オレってばチャラ男なんで!』と全力で語っていた。


 イソップとのやり取りや、いまだに背後でボリクがわめいているなか、自分の順番が来るまで律儀に様子を見ていたらしい。


 アッシュグレーの髪をセンターパート×ゆるパーマ×ロングにセットして、束感たばかんこだわっているのか、しきりに髪を気にしている。


「……どうして俺の名前を」


「え? いやいや、さっき話しかけたときに教えてくれたじゃないっすかぁ。やだなぁ、もう! あ、俺っちの名前はルーズっすよ!」


 バシバシと気安くデンパの肩を叩き、心の距離をつめてくる。


「言ってない……。てか、俺ってなんでわかるんだ」


 存在は薄く、顔の認識がしづらいはずの自分をデンパだと断定する糸目の男。

 チャラい分だけデンパも緊張せずに話すことが出来ている。


「……ぶっちゃけ、デンくん以外の連中は顔と名前を一致させてるんで、俺っちが分かんない奴いたらデンくん確定っしょ!」


 力技で特定してきた。

 へらへらしながらも抜け目がない。


『糸目のキャラは本性が分からん奴が多いんだよな』

『仲間になるけど裏切るやつと、そのまま仲間になるやつ。あと暗躍する敵……タチ悪っ!』

『一人称が〝俺っち〟っていうわざとらしさよ』

『糸目は信用してはいけない』


「いやちょっと! 本人を前にしてそういうのひどいっすよ!」


「……あ、態度に出てたか」


「いやまあ、朝も今も態度に出てるっすけどね!」


 ――朝のロデンターラの放牧地での出来事。


 デンパが一人のとき……周囲から一人にしか見えない状況ではなく、ロゼがお花畑でシロツメグサの花冠を作っているタイミング。

 冒険者一人ひとりにルーズは順番に声をかけていき、その流れでデンパのところにもやってきた。


「仕事中にさあせーん! この子、探してるんすけどぉ知らないっすか?」


「……いや、知らないが」

『絵姿がまんまロゼ……!』


「えっガチ? えーっと、俺っちはルーズって言うんすけど、その子の知り合いなんすよねぇ。今どこにいるっすか?」


「……うわぁ。知らないって言ったのに」

『怪しさしかない!』

『見た目も話し方も何もかも……!』


 無表情のままデンパは後ろへ仰け反った。

 ドン引きである。


「ひどすぎないっすか!?」


 初対面でここまで警戒されるいわれはないと、ルーズは両手を目に当てて泣き真似をしている。

 チャラいリアクションがしみついている。


「知らない!」

『知ってる!』


「いやどっちっすか!? つーかさっきロゼって――」


「うわぁあああああ!!」


 デンパは話の途中で逃げ出した。

 花冠をひり出しているであろうロゼにも伝わるようにと大声を出す。


『ロゼがいなくて良かった……ナイスなトイレタイム』

『…………いやダメだ、想像してはいけない。いけないけど……ぁぁぁ』


 人は意識を逸らそうと意識するほどにより強くそれを意識するのだ。

 なお、デンパにそういう趣味嗜好、性癖はない。


 デンパの想像が度を過ぎたため、しばらくの間、エルマが白と黒の二匹のカラスと戯れるシーンをお楽しみください。


 ――時は現在に戻る。


『えっと……ガチで嫌っす』


 デンパは無言のままブーっと両手を交差させて、バッテンをルーズに見せつけつつ外へ一歩。


「ちょっと! ……えっと、じゃあとりあえずメシ奢るんでぇ、これから一杯どうっすか?」


 しつこいナンパのように、デンパの後ろからめげずに声をかける。


「あら!」

「まあ!」


 とある受付嬢たちがウォーミングアップをし始める。


「……間に合ってます!」


 ロゼと一緒の宿屋に帰って、食事をしながら女将から冒険者心得を習うのが最近の日課となっている。

 どこをどう間違って怪しいチャラ男と晩メシなんて奢られたってごめんだと。


『知らない人にはついて行ってはいけない』

『……イケメンめ』

『人探し用の似顔絵が精巧なのが怖い……』


 セガイコ支部が出した人探し依頼の絵姿は、まさにロゼそのものだった。

 セネンジア支部が出した誰かの主観と悪意に満ちた絵姿とは違い、デンパが毎日顔を合わせているロゼと同じだった。


「……うーん、じゃあ今日は挨拶ってことで! あ、できれば俺っちの名前をその子に伝えてもらいたいっす。知り合いじゃなかったら諦めるんで、せめてそれだけでもよろしくっす!」


「……まあ、名前を伝えるぐらいは」


「ガチっすか!? デンくん、あざーっす!」


 ボリクほどのしつこさがなく、引き際をわかっているのかデンパの引く心の一線を越えてこない。


 ――ドアインザフェイス。

 最初に「初対面だけど君が好きだ。俺と結婚してくれ!」「それは無理ッ!」と断られたあとで、本命の「じゃあせめてお友達から始めようぜキリッ!」「トゥンクッ! い、いいよ。お友達なら……」と、承諾してもらいやすくなる交渉術である。

 例文の女性はチョロインのため、このあとの展開は早そうだ。


 お礼を言ったあとは、手をひらひらさせながら大通りに消えていった。


「うーん、変なやつだった……」


『念のため、ロゼを先に帰らせて正解だった』


 宿屋に送り届けてから、デンパはギルドに戻ってきている。二度手間だが紳士的な行動はポイントが高い。


「まだまだね」

「……物足りないわ!」


 残念ながら二人の受付嬢の及第点は取れなかったようだ。



「ロゼのおばあちゃんの家に行ってからだと、なにげに単独行動は初めてか……」

『さびしい』


 デンパはぽつりと呟いた。

 一人は寂しいらしい。


『――@マスター:だからって迷子になるのはどうかと思うけどぉ――』


 ――迷子。


 自分の現在地がわからなくなり、自宅や目的地に到達することが困難な状況に陥った人を指す。 (二回目)


『@エルマ:いやほら、つけられてたらヤバいかと……』


 知らない町並み、知らない人が行き交う通りで、誰がつけているかも分からない。

 門、ギルド、職人街を通っての宿屋の往復しかしてこなかったことにデンパは気づいた。


『――@マスター:異世界マップナビを使わないから……――』


 マップにはデンパに悪意を持つ者や、マークした者を表示する機能もある。


『@エルマ:だから使い方を教えろ……じゃなくて、スマホの操作権を返してくれ。エルマ任せのナビとかホント信用できない』


 セシリーお祖母様のもとへ行くために、エルマにあれだけお世話になっておきながらのこの心の声。


『――@マスター:ひどいよぉ! こないだちょっとマスターとロゼちゃんをサントーノの森に案内しただけじゃないかぁ――』


 ……エルマに非があった。


『@エルマ:それだよ! 安全第一が気に入らないからって、ワリトナオリ草の群生地があるとか嘘ついて危ない場所に誘導しようとすんなよ!』


 エルマはもっと熱い冒険がしたいのだ。

 表示されたマップの上に、雑なコラージュで緑色のわっかで『ココが熱いっ!』と重ねた表示をしていた。

 

『――@マスター:アブナクナイヨー。チョット「ごぶごぶ」言う人型魔物の集落があってさぁ――』


 スマホの画面には、緑色の皮膚につり上がった目は赤い子鬼の姿が表示される。


『ゴブリンか?』


 3匹のゴブリンがモザイク処理のなされた裸の女性を、これまたモザイク処理が必要なやんちゃをしている――


『ゴブリンだよ! この世界での名前は知らないけどゴブリンの所業だろ! モザイクばかり!』

『ロゼにはお見せできない、近づかせられない』

『薄目にしたらモザイク消えないか……いやいかんいかん』

『えー、でもこういうのがいるなら森はやっぱり怖いな』


 ゴブリンはこの世界でも嫌われた存在で、定期的に集落の調査、ゴブリン討伐の依頼が出されている。

 なお、集落を最初に発見した者には、ギルドから報奨金が出るため、サントーノ森林で依頼をこなす冒険者たちにとっては嬉しい臨時報酬となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る