第39話 推しを悪く言うものには制裁を

 推しを悪く言うものには制裁を。

 問答無用の――


『――デン、パッ!』


 磁力を過分に含む怪光線は、足元に落ちている砂鉄や小さな金属片をらせん状に巻き上げながら、ボリクの頭をから狙う。

 デンパの電磁界の範囲内であれば、怪光線はどこからでも出せるようになっている。

 ただし、狙いは適当である。


「ギャッ!」


 ド頭に当たればトマトになっちゃう危ない光線は、幸いにもボリクの後頭部を撫で、ギルドの外へと出て行った。その行く先は誰も知らない。


「……安心しろ、みねうちだ。たぶん」

『怖くて振り向けないけど、大丈夫だよな……』


 怒りに任せて人を殺めるところだったと、デンパは冷たい汗が背中に流れるのを感じた。

 みねうちであってほしいと声に出して願う。


 自分に何かが起きた。

 セガイコの冷たい空気が頭皮にあたる。


「え……」


 ボリクはうなじから出っ張り部分、頭頂部をとおり前頭部まで手を動かした。


「……ない」


 ざりざりと音をさせながら、前へ後ろへと往復させる。

 ボリクの頭部に中央フリーウェイが出来た。

 右も左もフッサフサ、真ん中だけが坊主のいわゆる――


「逆モヒカン……さらば!」

『――お山は晴天。お家に帰りゃあ、みんな無事でなくっておめでたいよぉ――』

 

 呆然とするボリクの隙をついて、隠密マックス!

 エルマが古典落語『大山おおやままいり』のオチを語っているのを聞き流しながら、デンパはギルドから飛び出した。


「……ブッ!」

「お毛がって……」

「おい、ダメだって」

「いや、ほら、なあ」

「「「「「どわっはっはっはっはッ!!」」」」」


 遅れてギルドが揺れるほどの笑い声。

 デンパは酒のさかなをしっかり提供できたようだ。


 喧騒のなか、樽テーブルの上ではジョッキをぶつけ合う音が外にまで漏れている。


『@ロゼ:念話オン! えっとロゼはどこだ。変な奴に絡まれたから、このまま隠密状態で帰ろう。念話オフ』


「あっここです……」


 ロゼはデンパの声のする方にむけて、声を落としつつ返事をした。

 小さく手を上げているが、もちろん隠密状態なので見えない。


(えっと、デンパ様がギルドから出てきたばかり。この辺でしょうか)


『この辺かな……あッ!』


「あっ……」


 互いにさまよう手は、お約束のごとく、それぞれの恥部へと引き寄せ――


『ロゼのお手々やわらか』


(これは間違いなくデンパ様の……手!)


 ――られることはなく、お互いの手が交わった。

 不安を拭い去ろうと自然と絡まる二人の指と指。


『――@マスター@ロゼ:俗に言う恋人つなぎだねぇ――』


(こ、いびと……? いいのかな、周囲に誤解を……。あ、今は見えないんだ)


 自分なんかが恋人なんておこがましいと後ろ向きな感情がふつふつとわいて、消えた。


(そっか、今なら手をつないでもいいんだ……。あれ……いま、わたしほっとしてる……?)


 デンパと手をつなぐことが許された。

 そのことに安堵する気持ちがロゼの心のどこから来たのかが分からない。

 ロゼが小さな笑みを浮かべているが、ロゼ自身も分からないし、隠密状態では誰も気づかない。


『えっ! ちがう。いやそんな、ダメかな? いや訊けないぞ』

『これで手を離すと感じ悪いし』

『手汗すごいし、どうしよ?』


 いつものごとく、ボリク以上の童貞ムーブを決めるデンパには、ロゼの手のほうが汗だくになっていることに気づかなかった。



 ――デンパたちが無自覚イチャイチャをおっ始め、ラブ宿屋……じゃなくて女将の元に行ったあとの話。


「……コッチか!? くそ、絶対探し出してやるからなぁー!!」


 我に返って外に出てきたがもう遅い。

 デンパたちはすでにイチャイチャしたあとだ!


 非モテの嗅覚がボリクには備わっているのか、謎の不快感と悔しさ、失われた髪の毛の怒りがないまぜのまま、ボリクは大声で叫んだ。


 そんな叫び声をあげる逆モヒカンの後頭部を見ながら、ギルドの中では――


「ねえさっきの?」

「……うん!」


 デンパとボリク、背の大きなクール系と背の低いオラオラ系。

 ボリクの逆モヒカンはいただけないが、野獣感が増している点を加味するとプラスに振れている。


「判定はありよ」

「成立、だね!」


 ……殴り合いのケンカが冒険者たちの酒の肴であるならば、痴情のもつれや恋愛要素は暇を持て余した受付嬢たちのエサである。

 なかでも、今日の受付にいた三人のうち、絶壁のメリッサを除いた二人は〝腐〟属性である。


 香ばしい匂いが漂ったときから仕事の手を休めて、デンパとボリクの一部始終を目と耳に焼き付けていた。


「あなた達、手が止まっているわよ!」


「「はいッ!」」


 二人はちゃんと腐っているが、仕事はちゃんとするほうだ。


 ――平和な田舎町にあるセガイコ支部は、男女ともに刺激に飢えているのだった。



 翌日、翌々日とボリクをうまく避けながらデンパたちは冒険者活動を続けている。

 そこに人がいるのは分かるが、顔が認識できない程度の隠密設定でギルドへ入り、イソップにグリーンラットと薬草を納品する。

 二人のやり取りも慣れたものである。


 もちろんボリクがデンパの電波に反応して近寄ってくるのだが、


『やっぱり完全に気配断たないと気づかれるのかな……デンパッデンパッ!』


 ツピーー、ツピーーっと、ボリクの足とその周囲の床に磁場を発生させて、


「また足がっ!?」


 ボリクの足を床に固定させる。


『電界は分かりにくいけど、磁界は磁石とか磁力の話だからイメージつきやすい』


 NとN、SとS同士は反発し、SとNは引きあい、SとMはWINーWINの関係だ。


「はあ、面倒だな」


 今日もボリクを動けなくして、デンパは嫌そうにイソップに愚痴った。


「最近は僕も君たちのことをよく訊かれるよ。……もしも君が手間じゃなかったらだけど、明日からは隣の解体場で受け渡しするようにしようか? 本当はコッチのカウンターに乗らない大物を納品するときしか使わないんだけど、君たちが持ってくるグリーンラットは量が多いしさ。僕らも運ぶのが手間なんだよ」


「それはむしろ俺たちも助かりま、するぞ。ありがとうござる」


「うん、それにしても敬語はなかなか取れないね」


「敬語のほうが楽なんです、だよ。最近、何語を話してるか分からなくなってきてる……」


 名もなき納品係の青年は、デンパのなかでロゼや宿屋一家の次に話せる人物となった。

 その他ギルドマスター、ボリクの順に話しかけられる事が多い。


「おい、ボリクぅ! そんなとこ突っ立ってねえで声をかけろや、また逃げられっぞ!」


 スキンヘッドの男が樽テーブルのほうからボリクに向かって強めの指示を出す。

 初日に逆モヒカンにされたときは大笑いしていたリーダーのハンブロスも、2日、3日目となるとさすがにイライラし始めている。


「ねぇ、そろそろあたし領都に帰りたいわ。いい男、全然いないしぃつまんない」


 ハンブロスの隣で、髪の毛をくるくると指で巻きながらグラスに入った酒をあおるテルーサ。

 田舎町の冒険者たちには充分な目の保養になっているが、テルーサ的にはナシらしい。


「そんなこと言ったって……くそ! おい、そこの納品してるやつ! コッチ来いや、おい無視すんな」


『面倒に巻き込まれるためにわざわざ行く奴はいないだろ……。ブラックなパーティ感も嫌いだわ』


 デンパは本日の稼ぎを収納くんにしまうと、わめくボリクには目もくれず外へと向かう。


「今はまだ成長期、伸びしろしかない、結果が出ないのは努力が足りないだけ……」


 受付カウンターの前を通るとき、メリッサの悲しい呪詛がデンパの耳に届く。


『気まずい。マジで目は口ほどにものを言うって……後悔しかない』


 本来は朝一のギルドで、依頼板から美味しい依頼を剥がしてカウンターで受付をするのが一番効率がいいのだが、デンパの場合は、常設依頼オンリーである。

 その原因の一つが、絶壁のメリッサである。


 冒険者登録のときに、ロゼと見比べるような無礼な態度をとったせいで、彼女が受付に座っているときはカウンターに近づけない。

 実際はデンパの電波とロゼの本物のダブルパンチが原因だが、コミュ障のデンパに敵意むき出しの異性はハードルが高すぎる。

 せめてロゼがついていれば頑張る気にもなれるが、ボリクたち人探し勢のせいもあり、外で待ってもらっている。


『効率は悪いけど、今は生活費と馴染むことが先決』


『――@マスター:ボクとしてはサントーノの森で魔物をやっつけるー! とかやってほしいんだけどなぁ――』


 どこでも快適に歩けるシューズが泣いてるよと、エルマはデンパに愚痴る。


『現実だとそんなに簡単じゃないってことだろ。うわぁ……やっぱりいる』


「あ、デンくんすよね? ちぃっすぅ!」


 デンパのがブチアガるぅ! そんな呼び方。

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