第38話 受信感度はバリ5


「ロデンターラの死神だっけ」

「怖いよな、相手はグリーンラットだぜ? なんであの装備で石級なんだ? 暗殺者を側に置いているのも意味わかんねえ」

「あそこで怪我するとしたら、蛇に足を取られて転けるかグリーンラットにかじられるぐらいだろ」


「「「過剰戦力なんだよなぁ……」」」


 デンパは立派な変人冒険者として見られていた。


「最近すごく見られることが増えたな……」


 視線と感情の波、デンパの受信感度はバリ

 もうバリバリで電波ピクト――アンテナマークの棒が最大で立っている状態である。


『――@マスター:仕方ないよねぇ、田舎町でする格好じゃないし、武器も……あ、今は武器じゃないけど、大鎌も見た目がいかついからねぇ――』


 デンパのメインウェポンは、暫定的ではあるがグリーンラットのナイフである。

 ロゼとお揃い、物語の主人公とヒロインが武器かぶり。

 現実だとそんなものだ。


 過剰戦力の何が悪い、安全マージン最高である。


 青い空、白い雲、緑がなびく草原で、黒いコートの男が黒い大鎌を振り回す姿はもう変態にしか見えないし、時々現れる背の低い少女。

 遠巻きに眺める冒険者達が、どのように誤解しようと生きるためには気にする必要はないのだ。


 たとえ、デンパの二つ名が〝ロデンターラの死神〟となり、デンパとロゼのパーティ名がいつの間にかダンジョンを常にコンビで徘徊する魔物の名と同じ〝グリムリーパー〟となっていたとしても、気にする必要はないのだ。


『――@マスター:ダンジョンを徘徊する死神だっけぇ。序盤の敵に全力を出してるだけのマスター達にはずいぶんな名前だよねぇ――』


『俺は認めてねぇよ!』


 エルマのからかいに心のなかで、声を荒らげるデンパ。

 もちろん周囲にも届く。


「おい、やべえ」

「目をそらせ!」

「ぴ、ぴーひょろろー」


 噂話は本人の近くでしてはいけない。

 だって聞こえちゃうから。

 3人は露骨に目をそらし始めた。


 デンパは自分のことを見ていたことは知っているため、露骨な態度の3人を見ても、


『あんまりジロジロ見ないでね』


 としか思わない。


「おい、お前ッ!」


 と言われても自分だとは気づかない。


「待てやっ!」


「ッ! ……え、俺?」


 デンパは肩を叩かれて初めて気づいた。


『俺より背が低いけど勢いこわっ』

『冒険者か? ここ一週間では知らない顔?』

『こないだみたいに領都が来たーみたいな』


「てめぇだよ。俺は領都から来たボリクだ……チビだからって見下してんじゃねえぞ?」


「あ、さあせん」


「あん? 謝ったってことは俺のことチビって思ってたのか! 舐めんなよ?」


『@エルマ:どう答えても怒らせるルートしかないんだが。……エルマ』


『――@マスター:はいよぉ。〝セネンジア領都〟〝ボリク〟〝チビ〟………………はい! ボリク、セネンジア支部の鉄級冒険者、年齢19歳ドウテイ。身長157センチ、厚底ブーツ+3センチ、体重55キロ、得意な武器は片手剣でぇ――』


 エルマの検索結果をそのまま心のなかで復唱する。


『ソロ冒険者?』

『ドウテイって……童貞? なかま……いやいやいやッ!』

『厚底ブーツとかこの世界にもあるんだな、冒険者として歩きにくいとかないのか?』


 高速回転する思考の渦から外に飛び出た言葉は、ドウテイと厚底ブーツ。

 ボリクにとっては致命的な情報漏洩だ。


「どっどうしてそれを……! ――てめえ、やめろよ! っと、避けんな!」


 デンパの胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたが、ボリクの指先がコートをかすめるだけだった。


『ふっ遅いぜ!』


 上手にかわせたことが嬉しくて、デンパの鼻が少しだけ膨らんだ。

 電磁界による身体強化を少しずつ練習しているのだ。


『――@マスター:続きだけどぉ冒険者パーティ〝テンドット〟の一人で、あそこの隅で飲んでる女の人と、酒場の親父とカウンターで話しているスキンヘッドが仲間だよぉ――』


 オフショルダードレスで、あらわになった肩には薔薇ようなタトゥが彫られていて、女が脚を組み替えるたびにスリットから太ももが見える。

 近くの冒険者たちは太ももに吸い寄せられては、人探しの情報を落としていく。

 テンドットの紅一点、ボタンバナのテルーサ。薔薇じゃなかった。


 スキンヘッドの男は単にお酒好き。

 テンドットのリーダーで、その他は割愛のハンブロス。


 3人のなかでは一番若いボリクに面倒な仕事を押しつけて、それぞれ好き勝手に飲んでいる。


 これぞテンドット☆フォーメーションである。


『パーティ組んでるのか。で、このボリクさん? パシリっぽいね』


「……てめえッ! ふざけんなよッ!!」


 デンパの心のトゲがボリクの心にチクチク刺さる。


『うわ急にキレだした。俺、口下手だからこういうときなんて話せばいいのか……』


 自分は

 こういう態度が相手を怒らせるのは自覚しているだけに、デンパはちょっと悲しい気分。


「あ、てめえ煽ってんのか? やんのかあ!?」


 悲しみのデンパと怒りのボリク。

 噛み合わない二人が争うのは運命デスティニーなのか!? 運命と書いてデスティニーって読む感じなのか――


「親父、エールおかわり!」

「俺も一杯ッ!」


『うはぁ、喧嘩のにおいを嗅ぎつけた野次馬たちが、お酒を注文し始めてるんだけど』


 セガイコ支部は平和な田舎町である。

 冒険者達にとってケンカはエンターテインメントなのだ。


「んだよ、周りなんか気にしてんじゃねえよ! おら、来いよッ! びびってんのか!?」


『ええ……話聞けよ』


 完全にやる気になっているボリク。

 完全に帰りたい気分のデンパ。


「ロデンターラの死神とケンカとか……」

「アイツ死んだな。グリーンラットにさえ全力を出すやつだぞ……」

『――いいや分かんねぇぞぉ、意外と童貞ボリクの勢いも負けてねぇ――』

「たしかになっ! おら坊主ッ! 身長タッパの差なんて吹き飛ばしてやっちまえ!」

「そうだぜ、やっちまえ!」

『――オラオラ、ぼっとしてんじゃねえよぉ!!――』

「やれやれー!」


 周囲の野次馬もボルテージが上がっていく。

 ……先導しているAIの声が聞こえた気もするが、気のせい。


『……あんまり注目を浴びるのはなぁ。こういうときラノベだったら――』


 軽く流すか、訓練場で勝負、この場で大暴れ。

 酷いのは首チョンパする主人公もいたなと、選択肢はいくつか浮かぶがデンパも実行には移せない。


「んだよ、怖いのかよ。あーそうだな、許してほしいんならお前の連れを出せよ。近くにいるんだろ? お前の連れの女がこの手配書のブスかどうか確認してえんだよ」


 ボリクが懐から紙を取り出し、デンパの前でひらひらと振る。

 下ぶくれの顔にたれ目、へちゃげた鼻に太い唇がバランス悪く配置された福笑いの失敗作のような絵が描かれていた。


「これは……違う、知らん」


『ロゼはもっと可愛いから』


「ああ? いまなんて言った? 嘘ついても今からボコって吐かせるからな。正直に話せば半ボコで許してやろう」


 半ボコとは。


「知らない、俺、帰る」


 これ以上、相手にしても仕方がない。

 デンパはボリクに背を向けて、外へと歩き出した。


「なんだ、外でやんのか。窓際に移動しとくか」

「外は寒いぞ、ここでやれー!」

『――おらおら、背中を蹴っ飛ばせぇ! 今がチャンスだぞぉ!――』

「酒の肴が逃げていくぞー」

「うえーい、とりあえず親父、もう一杯くれぇ!」


 外についていく者よりも酒を飲みたい冒険者が多い。

 まだ少し外は寒いので仕方ないのだ。


『エルマ、お前……』


 デンパの耳に、聞き覚えのある音声が届いた。


『――@マスター:テヘペロッ!――』


 バレちったーとばかりに、エルマは舌をぺろりと出した。


『可愛くない……』


「ああ、気にすんなよ。どうせブス、なんだろ? むしろ手配書の方が可愛いって依頼人が……っといけねえ。とにかくひでぇブスなんだろ、てめえの連れは――」


「は……?」

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