第37話 なんだか良い匂いするー!
女将から出てくるのが遅い、夜中にどたばたと騒ぐんじゃない! と美味しい朝食を楽しんだあとに、デンパ達は激烈に叱られてしまった。
新人冒険者ならもう朝メシは食べて、ギルドに向かっている時間だ。
冒険者の心構えから始まり、部屋や備品の使い方、リーファがいかに可愛いか、愛くるしいか、あの優しい子をどうやって幸せにしたらいいか……などなど。
中庭からデンパ達の部屋まで水浸しになった廊下、タライも勝手に借りっぱなし。
ロゼも廊下が水浸しになっていたことはすっかり忘れていたこともあり、しきりに頭を下げ、デンパもそろそろ『これもう説教じゃないのでは?』と思い始めた頃。
「お客さんたち、なんだか良い匂いするー!」
ロゼのヘッドバンキングで起きた風が、食事を片付けていたリーファの鼻に柑橘の香りを届けた。
この場で女将の話を遮って許されるのはリーファだけだ。
「え……あ、これは」
『実は彼ぴっぴがくれたシャンプーとリンスのおかげなんだよねー、ファサぁとか……ロゼはそんなキャラじゃないけど』
デンパは精いっぱいのギャル像とギャル用語を頭の中でひねり出した。
なお〝かれぴっぴ〟とは友達以上、恋人未満の関係から仲の良い男友達まで幅広く使われるJK用語である。
「んん? たしかにあんた達、良い匂いがするし、髪の毛もずいぶんと……」
「……お、女将。こちらをお納めください」
ガラス瓶に入った洗髪剤を二種類。
『ロゼは俺の看病をしてくれて……』
『水浸しとか部屋にも血痕があるけど許して』
『説教が体に響く……もう勘弁してくれ』
『青いのがシャンプーで、黄色いのがリンス。順番に使えば綺麗キレイ』
『ロゼは悪くない』
「ちょっとちょっと! なんだい、急に!? え、これがあんた達の髪が綺麗になった液体かい?」
どうみてもガラス瓶がお高い。中に入った見たことのない液体もお高そう。
むしろ場末の宿屋の女将が知ってはいけない秘密のような気がする。
「は、はい! 実はこれは――」
「待ちなッ! それ以上は言わないでおくれ。……これは受け取れないね」
「いらないのか?」
『なんなら宿屋の洗髪剤にしてもらってもいい』
ロゼの言葉を途中で遮り、デンパの手にあるガラス瓶を受け取ろうとしない女将。
異世界で大金を稼ぐアイテムだし、宿屋に置いたら繁盛するんじゃないかと、デンパは善意で考えている。
「こんな高そうなものをほいほい人に出すんじゃないよ。まったく、世間知らずだね!」
また別の説教が始まった。
たった一晩の洗髪でここまでサラサラヘヤーになれる洗髪剤。さらには精巧な造りのガラス瓶。
そんな王族か貴族なら使っているかも知れないものを、田舎町の細々と経営していれ宿屋に提供するんじゃないと。
『――
デンパのいた国では、何事も度を過ぎてはいけないといった意味で使われてるため、デンパの頭によぎったようだ。
実際は、孔子という偉い人が、調子に乗っている弟子に『A君はめっちゃ優秀ってか、やりすぎぃみたいな? 俺が推してる奴なんすよぉ。ええ? B? いやお師匠、あいつはないっすわ。アホというか何もしてない感じっすよ』『お師匠は俺が推してるAがいいっすよね?』と問われ『いや頭いいとか調子乗って、人に偉ぶるよりも何も出来ない方が感じはいいよね。ぶっちゃけ普通が一番? 的な?』と、面倒くさげに返した話が由来だとかなんとか。
行き過ぎると、どんな良いことも一周回って、悪いこと、不足や不満足な状態と変わらない。過度になるぐらいなら、控えめでいい。
中庸の大切さを
「ハァ。夜中に騒いで大怪我して、お嬢ちゃんがあんたの看病しようとしてドジったってことだね。大変だったんなら、あたしを呼びな。いいかい? ウチの宿屋に泊まるんなら、あたし達を頼んな。特にあんた達は二人揃って世間知らずの要領も悪いんだからね……」
「あ、ありがとうございます!」
『口は悪いけど優しい。口は悪いけど……』
「ば、バカ言うんじゃないよっ。寝泊まりしてる客が部屋で死んでたなんて噂が出たら迷惑だって話だよ! ほ、ほらさっさと支度してギルドへ行きなっ!」
グズは嫌いだよ! と、顔を真っ赤にした女将にデンパ達は叩き出された。
激しい照れ隠しである。
ギルドまではリーファも一緒。
ギルドまで来たら、リーファは客引きのために北門に向かう。
一方のデンパはロゼを外で待たせて、一人でギルドへ。
昨日よりも更に遅い時間となったギルドは閑散としている。
掲示板には常設依頼と赤い紙だけが残っていて、デンパはさっと目を通したあと、納品係のイソップに良い宿屋を紹介してくれたことのお礼を伝え、さっさとギルドをあとにした。
『依頼のトレンドは人探しらしい』
『あの受付のお姉さん、今日もガンつけられて怖かった……』
『やっぱり……だよなぁ』
ちらっとロゼがいると思われる場所に目をやり、また前を向いて狩り場を目指す。
もちろん、隣にいるロゼは視線を感じてはいるものの反応するわけにもいかず、少し気まずい思いをしている。
絶壁のメリッサとロゼの峡谷を比べるための確認ではない。
(デンパ様のお心によれば、私に優しくしてくれた人たちにまでお義母様達が嫌がらせを……。だけど、私に出来ることなんて……)
このままアーマーベアに森で食べられたことにするしかない。
自分がいなくなれば、お祖母様に迷惑がかかることはないだろうと。
『ロゼが冒険者ギルドに登録したあとに、人探しの依頼が出ている』
『ロゼを騙した奴らが依頼をしたいのか?』
『それともギルマスがセネンジアに通報した……?』
怪しい風貌の男と天然巨乳美少女のコンビに、聖遺物と迷い人というパワーワード。
支部のギルドマスター一人が抱えていい情報でもない。
『それにしては反応が早い』
『あの酒場でギルマスと一緒に夜通し騒いでいた奴らのなかに内通者が?』
正解は――
『あ、ロゼの先輩と冒険者風の男が失敗したときに備えて?』
『ついでにロゼのおばあちゃんの味方を減らす工作要員とか』
『ロゼの足取り、裏を取るための確認かも』
『意外と後妻親子が公爵家に入り込めたの幸いに……?』
デンパの思考だけでは分からない。
(もしデンパ様のお考えのとおりなら、私がいなくてもお祖母様の身に危険が……)
ただ、隣で歩くロゼの不安は増すばかりであった。
◆
それからしばらく。
ロゼの心配をよそに、1週間ほどは地道な常設依頼をこなす日々が続いた。
デンパはアーマーベアの大鎌を振り回し、薬草を採取する。
ロゼは隠密効果と不可視のナイフを持つ暗殺者として、巣の近くにパンくずを撒き、出てきたグリーンラットを乱獲する。
エルマは収納くんや解体くんを使って、薬草やグリーンラットの肉を仕分けていく。
デンパも初めはグリーンラット狩りに挑戦をしていたのだが、いかんせん心の声がグリーンラットに届くせいでエサを撒いても集まらない。
ロゼから指摘もできず、エルマが気を利かせて採取へと誘導し、ロゼと役割を交代することにした。
ロデンターラの放牧地でのマナーも覚え、周囲の冒険者たちにもデンパと謎の1名という形で受け入れられ始めている。
採取に飽きてきたら、シルバーフロスト草原で棘ウサギ狩りをする。
縄張りの端ではぐれた棘ウサギをこっそりと狩り、小川のアワの実を採取して帰る生活。
デンパとロゼは、石級冒険者としては急速な成長をしている。
セガイコ支部の冒険者達からは、誰もが嫌がる常設依頼を真面目に取り組む新人冒険者として――
「……アイツがグリムリーパーの一人か」
「ああ、無表情でずっと独りごと言ってて不気味だよな」
「おい、やめろ。あいつの近くには暗殺者がいるんだぞ」
冒険者AとBの会話にCがデンパの背中を見ながら止めに入る。
「は? なんだそれ?」
「一人じゃないんだよ、アイツはいつも気配を消している仲間とやり取りをしてるって話だ」
「あ、初日にいた女の子か。でっかい」
「いやそんなに大きくはなかったぞ」
AとBで意見が割れる。どちらも正しいのだが、
「どっちだよッ!」
名もなきCのツッコミがギルドに響く。
デンパがギルドに入り、納品係のイソップに信じられない量のグリーンラットと薬草の袋を渡して帰る。
夕方という不思議な時間帯しかデンパ達が目撃されないこともあり、真面目な新人というより不気味な存在として話のタネになるのだ。
また、絶壁のメリッサがピリつく時間帯としても有名になっている。
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