第34話 これがチョロインの系譜か
「この世界に来てから死と隣り合わせな感じがする……」
――ドア死。
こんな死に方は嫌だランキングに入りそうな死に様。
ギャグ漫画であれば本邸の扉に人型の穴が開いてすむが、実際なら汚い染みがつくところだ。
壁が目前に迫ったところでエルマの介入、からのアクロバット。
勢いのままに壁を駆けのぼり、そのまま後方宙返り、両手を広げて無事に着地した。
足に相当な負担がかかったと思われるが、デンパは痛みを感じていないらしい。
『ここからは慎重にしないとな……』
本邸の扉は閉ざされており、ピッキングができないと侵入することは――
カチャッ!
――出来た……。
デンパが手のひらを鍵穴にかざし、ドアノブを回すような捻りを入れる。
裏方のエルマが頑張る。
鍵が開く。
『やっば!! 怪盗になれるな……!!』
心の音量、大。
『――@マスター:……向いてないよぉ――』
即否定するエルマ。
『@エルマ:ぐぬぬ! いいよ別に。……俺が盗みたいのはロゼのハートだけ、さ』
デンパが脳内お花畑で大麻を栽培し始めたところで、エルマのナビアプリが起動した。
ツッコミ待ちのデンパは少しだけ白い歯を見せたまま固まっている。
表情筋の死んでいるデンパ精いっぱいの笑顔。
『――@マスター:ピピッ! 目的地までの案内を始めます。一般道を通るルートです。10メートル先の階段を上です――』
画面内に地図が表示される。
階段の上り、奥の階段を上へ、その先を下がり、その奥にある階段を下がる。
突き当りを左へ曲がって、右へ進んで、また左に曲がり、その先を右へ。
『@エルマ:無視するなよ。一般道じゃないだろ、んで、この屋敷のナビは立体的な移動させるけど、これ合ってるのか? 最後のBとAってなんだよ。もうツッコミが大渋滞だよ』
一つ目のツッコミは自業自得だ。
『――@マスター:無敵になれるコマンドだよぉ。えと……急ぐなら大広間の階段から2階に上がってぇ、右側の通路を進んだ突き当りがロゼちゃんのおばあちゃんの部屋だよぉ――』
エルマも流し気味のボケである。
デンパの代わりに体を操作するのは、スマホAIには荷が重い。
だいぶお疲れである。
『@エルマ:急いでるわ。無敵とかいいよ、手持ちの
自分は無視されても、エルマにはきっちりとツッコミを入れる真面目な男だ。
デンパの心の声がぼそぼそと聞こえる薄暗い通路は、近くをたまたま通りがかったメイドや執事たちをたいそう怖がらせたらしい。
◆
デンパは抜き足さし足、慎重にセシリーお祖母様の部屋を目指す。
20メートルほどの長い回廊には、庭園を一望できる窓側には調度品が置かれ、壁際には高そうな額縁に入れられた絵画が飾られている。
『――@マスター:ほらほら、怪盗ならこの辺のを収納くんでちょいちょい~――』
『@エルマ:やめろ! 時間差でいじってくるなよ。……しかし貴族ってマジで金持ってるんだな』
『――@マスター:そりゃあ公爵家といえば、王家の次に位が高いんだよぉ。領都もかなり発展しているみたいだよぉ――』
セネンジア領都の画像がスマホに表示される。
中心地にデンパがいる公爵家別邸の数倍の大きさのお城があり、周辺に運動場や騎士宿舎などが配置され、その周りを石壁で囲んでいて、外敵の侵入を許さない。
その壁の外には貴族区や教会、各商会の本店や支店や富裕層向けの宿屋が並ぶ。
『@エルマ:上から見ると二重丸に見えるな。お城の壁の外にお偉いさんたちが住んでて、その屋敷を囲う壁があって、その外周が平民区なのか……なかなかの世知辛さよ』
『――@マスター:異世界の町とか城はだいたいこんな感じが多いよぉ。高いところや警備が厳重なところに偉い人、その周辺に貴族、平民、壁の外に貧民かなぁ――』
地図でも分かる階級社会。
デンパは軽く引いた。
『――@マスター:目的地に到着しました。音声案内を終了します――』
『@エルマ:そういうのいいから! 気が散る。ハァ……よし、入るぞ』
扉に鍵はかかっていない。
重厚感のあるマホガニー似た木材に、金の装飾のされた取っ手。
この時間帯だ、寝ている可能性もある。
デンパは慎重に、扉を引いてできた隙間につま先をさしいれ――
『……ゆっくり、ゆっくりと。静かに、静かに――』
「そこにいるのは誰ですか。ゴホッ」
秒でバレた。
『なんでバレたし!?』
暗がりのなか、消えかけの蝋燭の火がゆらめく。
天蓋付きのベッドからなんとか半身を起こし、この屋敷の主人セシリーは声のする方を睨む。
「バカにしないでください。ここは公爵家です、すぐに人を……ぐぅ、ゴホゴホッ!」
咳のしすぎでしゃがれた声。
あまり長く話すと咳き込んでしまう。
『貴族すげえ! 気配察知スキルか!? ……てか咳ひどいけど大丈夫か?』
「……何者です? ……毒婦はついに私の命を狙うようになりましたか。ゴホっ」
セシリーは咳き込みつつも、ゆっくりとベッドの近くに置いている呼び出しベルに手をのばす。
『毒婦って……俺はロゼの義母と義姉の手先じゃない。ちなみにロゼは先輩メイドに騙され、冒険者にも騙されて森ガールもびっっくりの軽装で森の中に入り込んで、アーマーベアに喰われかけてたけども』
デンパはとっさに自分は暗殺者ではないと内心で否定する。
漏れた電波からセシリーが聞き取れた単語は『メイド』『ロゼ』『騙され』『熊に喰われかけ』だけ。
「ゴホッゴホ……いまゴホッ! ロゼ、を知っているの、ですか……無事、なんですか……ハァハァ」
『えっ!? なんで俺がロゼの関係者ってバレてるんだ? 貴族こえぇ、もしくはロゼのおばあちゃんだから、孫と同じく察しが良すぎるぅ』
念のため口を押さえている。
コートの袖にある隠密ボタンも最大限になっているかを何度も指で確認する。
「……こ、答えなさい」
『ロゼは元気。教えられないけど……とりあえず治療だけ』
『@エルマ:エルマ、癒やしの光線と一緒にロゼの映像送れるか』
『――@マスター:もちろんできるよぉ――』
直近で一番デンパの印象が強かった映像と、エルマの繊細な調整がなされた癒やしの光線が、
ツピーーーーー!! とセシリーに向かって照射される。
「キャア……ッ!?」
とっさに出た言葉は、セシリーの普段の声とは違っていた。
喉の痛みが引き、肺や胃が軽くなる感覚。
皮膚や関節のきしむような痛みも和らいでいく。
「……んんっ! 体が、楽に……? 待ちなさい、いま私の頭に浮かんだロゼの姿は……」
ふと心に浮かぶのはロゼの姿。
風呂上がり、髪を拭き拭き、薄着に大きな二つの山。
先端ぽっちもばっちりよ。
『ヒャッハー! ついでに埃くさいこの部屋も掃除してやるぜい!』
『キャアだって可愛い』
屋敷の主人の部屋にしては、手入れが行き届いていない。
セシリー陣営がそれだけ切り崩されていることを物語っているようだ。
なんて、デンパが考えることもなく、なんとなくの善意で部屋中を綺麗にしているだけだ。
頭から喉、毛布ごと、ベッドも壁もついでとばかりに丸洗い。
ダニ、カビ、ハウスダストも消毒だぜぇとばかりに、デンパの怪光線が走る。
『@エルマ:で、エルマ。何の映像を送ったんだ? なんか様子がおかしいんだが。それにロゼのおばあちゃん、声に張りが出てないか? さっきの悲鳴とかロゼかと思ったわ』
『ロゼに似てる、いやロゼが似てる?』
「くっ……不覚をとりました。それよりもロゼの先ほどの姿はいったい」
無防備かつ無警戒なロゼの破廉恥な姿。
奇跡とも言うべき癒やしの光を使う男。
久々に言われた『可愛い』という言葉。
身体中をかけめぐる新陳代謝。
(……顔が、体が火照る。もしかしてあの男に……?)
これがチョロインの系譜か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます