第33話 ジャパニーズ忍者


 グラシアン連峰からの寒風をより厳しく感じるのは、高台だからか。

 デンパはフードを深くかぶり、袖のボタンが隠密効果が最大になっているかを確認する。


「……よし。さて、ここがロゼのおばあちゃんのお屋敷かデケェ!」


 5メートルほどの高さの石壁と、頑丈な造りの鉄製の門。

 門の前には、2名の守衛がいる。


『これ……乗り越えるの厳しくないか?』


 デンパが見上げた壁の上には、矢じりの形をした金属製の尖った装飾物が並んでいる。


『――@マスター:足の裏と壁をSとN極にして、そのまま歩く感じで上に進めばいいんだよぉ――』


 壁を地面に見立てて歩く場合、足はくっついていても重力で膝より上は地面にゴッチンと頭を打ちそうである。


『――@マスター:一時的に筋量アップと体幹も強化してるから大丈夫だよぉ――』


 両手両足を磁石にしたら、もう少し体の負荷は減りそうであるがデンパの指示はないため、全てがエルマの判断となる。


『ジャパニーズ忍者だよな……』


 アニメ的なウズマキ忍者の動きを思い出し、デンパのテンションが上がる。

 多少、頭に血が上る感覚はあるものの、5メートルの壁も地面と同じ感覚で歩いて、装飾物だけは刺さらないようにゆっくりとまたいで敷地内に無事に侵入できた。


「おい、さっきから寝言か? しゃんとしろよ」


 背すじを伸ばし、また暗がりに不審者がいないかとじっと見つめる業務に真面目な守衛。


「んあ? ……あ、すまねえ。立ったまま寝ちまってたぜ」


 デンパの背後、門の外に立つ守衛の一人が電波を受信して隣の男の寝言と勘違いした。

 隣で槍を支えにうつらうつらしている寝ぼけ守衛の男も、自分が寝言を呟いていた可能性を否定できない。


『気を抜いたらダメだろ。泥棒に入られてしまうぞ』


 お前が言うな、ではあるが、ロゼがいつの日か戻るかもしれない屋敷の警備がざるでは困る。


 気配はなくとも、相変わらず心の声はそのときどきで聞き取りやすいスピードや大きさとなる。

 デンパの心の声は、寝ぼけ守衛に耳に聞こえるぐらいの最適音量となっていた。


「いやいや……こんな辺鄙な田舎町とはいえ大貴族様のお屋敷だぞ? 調度品を盗んだってすぐに足がつく。誰も来やしねぇって。それにリージ様も先日から領都に行ってここにはいない。ちっとは気を抜かせてくれよ」


 半分寝ぼけ男は目をこすりながら、デンパに応える。


『リージ様……? 領都?』


「あれ、お前知らないのか? お嬢様のことで領都に陳情に行くってんで執事長は先週からいないだろ」


 四分の一寝ぼけ男はリージ様とやらの役職を教える。


『お嬢様……ロゼか』


「あぁ……お嬢様を呼び捨てにするってことはアッチ側についたのか。いや、まあお前にも事情があるんだろうし、責めないけどよ」


 八分の一目覚め男が小さくため息をつく。


「お前ら家族持ちは、生活もあるし辛いよな。……そうか、執事長の目が届かない今ならアイツらも表立って動ける機会か。はあ、嫌な気分だ、すっかり眠気も飛んじまったよ」


 九割覚醒男がぼやく。

 話しているうちに目覚めていくのはよくあることだ。


『アッチ側? ……なるほど、ロゼの味方っぽい人がいない間に、色々と工作をしてるのか。もしかしてここの人達はロゼが今どうしているか知らないのか?』


「ん? おい、俺の前で呼び捨てはよせよ。いくら命令されてるからって、さすがに胸糞が悪い。お嬢様は昨日からオネリーの代わりにお使いに行かされてるだろ」


 そのオネリーもどこかをほっつき歩いているのか姿を見かけないらしい。


 完全覚醒男は地面をならすように蹴りつけ、


「……はぁあ、しっかしお前までアッチ側なのか。まあ俺は独り身だし、お前らの分までお嬢様の味方でいるさ。……その場合は、解雇される可能性が格段に高いけどな。ははっ……」


 元寝ぼけ守衛は自嘲気味にそう呟いた。


「おい、お前……さっきからぶつぶつと。そろそろ起きないと槍でぶっ叩くぞ? リージ様に言いつけるからな!」


「は? なんだよ、言いつけるなら俺もリージ様にお前がアッチ側だって言ってやるぞ!」


「あ? ……言うにことかいて、てめぇの寝ぼけを誤魔化すのに俺を陥れようってのか? こっちゃ家族の命がかかってんのに、突っぱねてんだぞ。ふざけんじゃねえ!」


 真面目な人ほどキレると怖い。

 激高した真面目守衛が、元寝ぼけ守衛に槍を向ける。


「あ、なにキレてんだこら?」


 カンっと乾いた音がなり、元寝ぼけ守衛の槍が、真面目な守衛の槍の矛先を地面に押しつける。


『お前ら、いい加減まじめに警備しろよッ! なに喧嘩してんだぁ!!』


「「うっせえな! お前が仕掛けて来たんだろうが、あれ……?」」


 一卵性双生児ばりの同調率だ。

 長年の付き合いは血よりも濃い関係を築くのか。


「……あ、あれ。もしかして俺、普通に話してた? 声がいつの間にか出てたかも……」


 テンション瀑上がりの忍者ムーブで、情報収集をしてやろうと

 しかし、デンパが仕掛ける前から、寝ぼけ守衛が勝手に語り出す。

 自分が声を出していた可能性を否定できるのは、この場ではエルマだけだ。


「えっと……とにかく喧嘩は、その、ね」


 自分のせいで始まった喧嘩だ。

 下手したら刃傷沙汰にも発展しそうだ。


 この二人の関係性と会話を聞く限り、執事長を始めとする数少ないロゼの味方のように感じた。

 ここで仲違いさせるのはよろしくない。


 デンパは必死で介入しようとする。姿も気配も消えたままではあるが。


「さっきからゴチャゴチャとうるせえなあ!」

「誰だよさっきからッ!」


 元寝ぼけ守衛、激高する真面目守衛の順に言葉を続ける。


「「……いや、誰だよッッ!?」」


 門の横についた燭台の灯りを頼りに、お互いに顔を見合わせ、第三者の可能性に気づいた守衛たち。


『――@マスター:もぉ! なにやってんのマスター、このまま口を押さえて屋敷に走って!――』


『あ、そうだな。……むぐぐぐぐくるしぃ、むぐぐぐぐ』


 エルマが強制的にデンパの両手を操り、口を押さえたまま本邸に向かって足を向けた。


 ――デンパが去ったあと。


「なあ……さっき声、したよな?」


「ああ、だけど気配はなかった……」


 二人とも育ちはさておき、セネンジア公爵の別邸の夜間警備を任されるぐらい程度の腕はある。


 元寝ぼけ守衛は、以前は冒険者をやっていたこともあり、人の気配には敏感である。

 その男が気づけなかったもの――


「……霊的な魔物はダンジョンにしか出ねえし、まず会話が成立しねえ」


「もしかして……俺も寝ぼけて、た? なんか、ごめんな?」


「いや、俺たち疲れてるんだよ、うん」


 二人ともストレスが溜まっているのだ。

 セシリーが戻ってくるまでは二人は暇だった。


 実質、領都からの左遷だったが数年経てば慣れたものだ。


 同じく左遷されていた執事長のリージとともに屋敷の手入れや警護をしていた。


 かつての主人であるセシリーが療養でセガイコに向かっているとの先触れが来てからは、張り切って出迎えの準備をした。


 セシリーと孫のロゼは無事に到着したもののどうにも様子がおかしい。


 長旅で体調を崩したセシリーは部屋に籠もり、領都から来た見知らぬ使用人たちが我が物顔で屋敷を取り仕切り始めた。孫娘であるはずのロゼも下働きをさせられている。


 執事長のリージはセシリーの命を受け、領都へと向かった。


 口うるさいお目付け役の不在は、後妻親子派の使用人たちを勢いづかせ、セシリー派の守衛の二人は連日夜勤アンド休みなしのブラックな環境に身を落とされてしまった。


 お金や地位、家族を脅される、解雇をちらつかせるなど、少しずつではあるが公爵家別邸のセシリー側の陣容は悪くなってきている。


 身の振り方を考える時期ではあった。

 ぶっちゃけ毎晩のように夜間警備をさせられて寝不足でもあった。


「夢……?」

「俺たち、疲れてるんだ」


 守衛の二人は互いに顔を合わせたあと、ため息とともに大きく肩を落とした。



 明るい空の下であれば、正門から屋敷までの小道の美しさや、手入れされた庭園の様子にデンパは見惚れていただろう。


 小道を美しくするのは、馬車で本邸まで移動するなか小窓から見える景色を楽しませるためである。


 残念ながら、正門の灯りが遠くに見える距離まで歩くと、小道さえも見失うほどの闇がある。


「……結構な距離があるんだな。それにしても変な感じだ」


 快適シューズとエルマによる電気信号を利用した筋肉の謎操作。


 自分であって自分でないような、自分に感覚がデンパには理解できない。


『@エルマ:これってエルマに将来乗っ取られる未来とか……ないか』


『――@マスター:面倒だし、そんなことしないよぉ……。というかそろそろ補助を外すから、マスターの意思で電磁界の調整をしておくれよぉ……――』


 エルマがデンパを操作するのはかなりストレスのようだ。

 あくまでも自分は補助。


 将来的には、電磁界を操る〝さいきょうのしゅじんこう〟になることも可能である。

 デンパの努力とスマホでの電界、磁界などのサイエンスチックな学習が必須となるが。


「……いや、うん。意識はしてるんだけど。デン、パッ? うぉおおおおおおおお!!!?」


 声に出すことで、より自分の感覚として動かせる。

 デンパは車でいうところのアクセルを全開で踏み込んだイメージをした。

 広大な敷地内で荷物の搬送のアルバイトをやった経験があるデンパは、当時、やらかしたアクセル全開を異世界でもやった形になる。

 きちんと自動車学校に通い、実技と知識を学ばないと自動車の運転は危険である。


 ――うぉおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉおおぉぉ!!


 夜中に響くドップラー効果。

 本邸の壁はきっちりとその音を遮断し、屋内で眠る使用人たちの安眠を妨害することはなかった。

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