第30話 マジですか? の〝マ〟


『え、なんか急に泣き出したんだけど。こわー……泣き上戸なのか?』


「……えと、訊きたいことって?」


 泣かせたことでちょっぴり湧いた罪悪感が、男の問いに答えてあげる気にさせた。

 この状況では、デンパの優しさは死体を蹴っているようにしか見えない。


 怖いのはお前だと、新人冒険者を見守っていたセガイコの冒険者たちが全員引いている。


 新人に絡み始めた男を見て、喧嘩の一つでも始まったら騒いでやろうと、酒を注文する。

 しかし思っていた展開とは違っていた。


 セガイコを下に見る発言に、新人がんばれ、さっさとソイツをぶん殴っちまえ! と酒を一口飲んだ。

 新人が自分たちを褒めながら、領都の冒険者をけなすところでもう一口。

 領都の冒険者の勢いが弱まって一口。

 新人の怒涛の口撃が始まり、だんだん不安になってきて一口、二口。


 床に泣き崩れたおウンコ冒険者を見下しながら『訊きたいことは?』という新人のセリフにゾッとして、ジョッキを一気に飲み干した。


 みんなお酒が大好きだ。


「おい、そこの! やりすぎだ、もうやめとけって……デ……じゃねえ、新人じゃねえか! ぜんぜん気づかなかった」


 二人のやり取りを酒の肴にしていた一人はグドマン・サムアンクル。

 セガイコ支部のギルドマスターである。


「あ、ギルドマスターさん、ちっす……」


 ぼしょぼしょと話すデンパは、これから叱られる子どものようにうつむいた。


「あ、いや別に叱ろうってわけじゃねえよ。俺もウチの支部をバカにされて面白くはなかったからな」


 あとで元気になったところでしばくそうだ。


「そ……す?」


「ただまあ俺らも聞いてて辛くなってきたんで止めに来たわけだ」


 言葉責めでは酒の肴にならないと。

 肴にするなら殴り合ってなんぼだと。


『たしかに殺意ましましで睨みすぎたかも……反省』


「睨みすぎ……? いやそこじゃねえけど、まあいいや、それより今日は――お嬢ちゃんどうした?」


 グドマンが声を潜めた。


「……そとっす」


「ああそうか、いやこいつの他にも、お前たち……というかお嬢ちゃんの姿絵を持ってあちこちを訊き回ってる奴らがいるんだ」


「……マ?」


 マジですか? の〝マ〟。


「ま? なんだそりゃ? 今朝、イソップに納品しただろ? そのあとお前たちと入れ違いでやってきた二人組も姿絵を持っていたらしい」


 それは宿屋で訊いた二人組だ。

 グドマンの話では複数名に捜索依頼が出ているらしい。


『グドマンさん、ありがとう!』


「うお!? ……ま、まあ気をつけろってことだ」


 デンパの心からの感謝は、グドマンの心に響く。


『なんで顔赤いのこの人……キモ』


「うっせえ! ほんとう変わった兄ちゃんだな。んで、今日はどうしたんだ?」


「……えと、依頼で棘ウサギの討伐ってあります? それ確認に来たん、す」


「棘ウサギ? いや今は繁殖期で奴らは気が立っているからな、依頼は受けねえ方針だ。まさか北の草原に行ってねえよな?」


「……行ってません」


『行った』


「どっちだよ! ……ったく、お前らはっ! まあ怪我もしてねえしいいけどな。……もうちっとこの辺の地図とか魔物の縄張りとかを頭に入れておけよ?」


「……地図。あっ! ……あ、いえすみません、それじゃ今日は帰ります。情報ありがとうございました」


 デンパはスマホの地図機能を思い出した。

 またもや抜け作な行動を取っていたことに、気が重くなる。


「おう、そんなに何度も感謝されるこっちゃねえ。それより、新人よ」


「……はい?」


「あー、その話し方だよ。冒険者は舐められたらおしまいだ。もう少し乱暴な話し方を意識しとけ、じゃあな」


「はい……じゃなくて、わかった」


 グドマンの助言に従い、乱暴な言葉を意識する。内心はドキドキである。


『……俺、年上どころか初対面の人にため口とか無理かも』


 早足でギルドを出るときに残した心の声は誰にも拾われなかった。


『@ロゼ:念話オン。お待たせ! 変なのに捕まってしまって。念話オフ』


「大丈夫だったんです?」


『@ロゼ:念話オン。とりあえずあまりここにいるのは良くない。宿に向かう道中で説明するから行こう! 念話オフ』


「あ、はい」


『ロゼを探してる奴らがいるとかは伏せて……うーん、なんと説明するべきか』


 デンパの配慮は漏れている。


「……わ、わたしを今さらどうして?」


 ロゼの見せた不安な表情や呟きは、ローブについた隠密効果で、デンパには伝わることはなかった。



 宿屋に戻り、エルマに地図を表示させ、周辺の情報を確認する。


「とりあえずつけてる奴はいないみたいだ」


「良かったです……」


 二人が玄関口で隠密効果を下げる。

 徐々に気配が強まり、


「なんだい急に!? あー驚いたねもう! あんたら、帰ってきたんなら声ぐらいかけなよっ! まったくっ!」


 女将が気配に気づいて驚く。

 祈りの鐘が鳴ってからずいぶん経つ。

 あの若い二人組はちゃんと戻ってくるのだろうか――


 そんなことを考えているときに、玄関に二人が立っていたのだ。驚いてキレても仕方ない。


「あれ? お客さんたちだ、お帰りなさい! 食事の準備はできてるよー」


「やあ、なにか収穫はあったかい?」


 リーファが前かけを紐を結んで、後ろに回した。


 隣にいた旦那は、狩りの成果が聞きたそうだ。


「……えと」


 デンパはスマホの収納くんアプリを開いて、今日の成果物を確認する。


『エンドウピースってえんどう豆? ミンカンがみかん、エアップルがエアポゥ……』


 リンゴだけ発音が良い。


「わぁ! やったー、今日はデザートだー!」


 リーファが両手を上げて大はしゃぎ。

 まだ渡すとは言っていないが、そういう空気にデンパは弱い。


「あ……じゃ、これどうぞ、だ」


 付け足したような冒険者言葉。


「なんだか催促したみたいになっちゃったね。その代わりと言っちゃなんだけど、お客さんたちが食事している間に、何かデザートを作ってみるよ」


 旦那が腕をまくって、果物をキッチンへと持って行った。


「やったー!! ありがとうお客さんたち。あ、リーファもお食事もってくるー!」


「やれやれ、まったくウチの子は可愛いだろ?」


 女将が相好そうごうを崩し、我が子を全肯定する。


「そう、です……だな。可愛いと思う」


「あんた! まさかリーファを変な目で見てないだろうね?」


「あいえっ!? いやそんなわけないって」


「あん? だったらウチの子が可愛くないとでも!?」


「俺にどうしろとッ!?」


 地獄の二択。

 どちらを選んでもバッドエンドになる。


「あ、女将さん。他にもお肉があります……よね、デンパ様」


「そ、そうそう! 棘ウサギの肉はけっこうある、んだ」


 ロゼのナイスな助け舟に、デンパは無事に乗り込めた。


「棘ウサギだって!? まさか旦那が名前出したからって! あ、あんた達、まさか北の草原に……?」


「あ、まあ……成り行きで?」


 ロデンターラの放牧地を追い出され、エイギルたちの話が頭にあったのか、なんとなく北側へと向かい、なんとなく死にかけている。


「どんな成り行きか知らないけどさ、この時期は危険なんだよ。新人が調子に乗って草原に行ったきり帰って来ないことだってざらにあるんだ。あんたら、怪我はしなかったかい? お嬢ちゃんはどうだい?」


 女将がロゼの顔や体をじっくりと見る。


「あ……はい、デンパ様が守ってくれました」


 二人して死にかけているが、物は言いようだ。


「ふーん、そうかい。まあ、怪我もしてなさそうだし、無事で良かったよ。それでどれくらいあるのさ」


「どれくらい……? なにが」


「だから棘ウサギの肉だよ。1匹ぐらい獲れたんだろ? 今は繁殖の時期でね、棘ウサギは栄養をつけるためにエアップルの実やブルーベルリーの実を食べるから、肉自体に甘みがついて美味しいんだよ」


 だからこそ、冒険者ギルドに高額の依頼として入ってくるのが、この時期の棘ウサギ討伐だ。

 ギルドマスターのグドマンとしても、手数料は美味しいが、集団で行動する棘ウサギに冒険者たちを挑ませるのは危険だと判断している。

 他所の町から来た冒険者が幅を利かせようとするなら、あえて依頼を受けてセガイコの厳しさを教えることもあるが、基本的には〝いのちだいじに〟がセガイコ支部の方針である。


 サントーノの森林やその奥地から、魔物大暴乱が起きたときに冒険者が怪我して不在じゃ洒落にならない。

 セガイコ支部は無理をさせないホワイトギルドである。

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