第29話 デンパ、WIN!


「……だけど、ここで止まったらいつも通りだよな。ロゼ、もっかいナイフ貸して」


「あ、どうぞ……」


 ここでヘタれるわけにはいかない。

 デンパは何度も揺らぐ決意を胸に、ロゼのナイフを受け取る。


『……軽いなぁ』


 グリーンラットのナイフ。伸縮自在、切れ味抜群の不可視の刃。


『……伸びろ』


 ――プギュ……!


 一番近くで鼻先をすんすんとしていた、非戦闘形態――キューティラビットモードの頭に静かにナイフが入った。


『…………収納』


 ナイフと絶命した棘ウサギがその場から消える。


『伸びろ』


 ――プウっ!

 ――ぷぷう……?


『収納……』


 縄張りを一歩ずつ、静かに進む。

 目の前にいる棘ウサギを一匹ずつ斬りつける作業。

 肉を裂く感触と罪悪感は慣れないが、少しずつ感情がにぶく、薄らいでいく。


「あのっ! デンパ様……!」


 コートの袖を引いてロゼがデンパを止める。


「……どうしたんだ?」


「わっ私にも貸して、ください」


「え、それは……」


 手を汚すのなら自分だけでいいと。

 しかしこの世界を生きるなら……これからもロゼと一緒にいたいのなら、ナイフを渡すべきだと。

 デンパの迷いが、握る力を弱めていく。


「失礼します……」


「……ぁ」


 デンパの逡巡は、心の声を聴かずとも分かる。

 ロゼはデンパの手からナイフを半ば強引に受け取り、近くの棘ウサギに向けて、


(伸びて、ください……! うぅ)


 肉の感触。


 失われる命。


 その場に残る棘ウサギの死。


「デンパ様、収納をお願いします」


「……おう」


 ――プキッ!?


 ロゼは棘ウサギの血がついたままナイフを振るう。

 いくら臭いに敏感とはいえ、気づいたときには不可視の刃が迫っている。


 逃げることも、戦うこともなく、棘ウサギたちは静かに光に包まれていった――


【収納くんのあいてむりすと】

 【そーと・あたらしくてにいれたもの】

 【そざい】

 ・あわのみ 8つ

 ・みんかんのみ 4つ

 ・えんどうぴーすのみ 12つ

 ・えあっぷるのみ 12つ(5つふえた)

 ・とげうさぎのおにく 13つ

 ・おがわのみず いっぱい

 ・そのへんのいしころ いっぱい

 ・そのへんのはっぱ いっぱい

 ・そのへんのきのかわ いっぱい

 ・ぶんるいふのう いっぱい



 沈んだ気持ちのまま草原から生還した二人。

 北門をくぐる頃には、辺りは黄昏。

 まもなく祈りの鐘が鳴る時間だ。


 現在のデンパの隠密レベルは、周囲が避けてとおる程度には、存在を認識されている。


「さっき馬車に轢かれそうになったから、これぐらいが丁度いいのか? 自分がどう見えているか分からないから調整ムッズ!」


「あの……デンパ様、私はどうですか?」


 くいとデンパの袖を引いて、自分がどう見えているか確認する。


「……うん、近くにいるからギリ分かるレベルだ」


『声が可愛い。たぶん今の質問のとき、上目遣いしてるって勝手に想像した。可愛い。可愛い、可愛い……』


 ロゼの耳にデンパの可愛いが波のように押し寄せてくる。


「あっ……ありがとうございます」


 ロゼは隠密効果に感謝した。


 今の自分の顔は赤くなりすぎて人にお見せできない。

 たまらず両手で顔を隠した。


「うわ、酒の臭いがここまで……もう誰か飲んでるっぽい」


 冒険者ギルドに併設された酒場は今日も大繁盛といったところ。

 昨日よりも冒険者の数は増え、受付カウンターでは絶壁のメリッサを筆頭に美人受付嬢チームが、セガイコの町に訪れた冒険者たちに笑顔を振りまいている。


 彼女たちの内心にあるのは……。


『贅沢は言わない』

 ――貴族の二男か三男、領地持ち。

 ――王都か領都に拠点がある銀級以上の冒険者。

 ――胸で人の価値を判断しない男。

 ――優しくて働き者で一途な人。

 ――頭も顔もスタイルも良くて、貴族か銀級以上の冒険者をやっていて、王都や領都で好きなものを好きなだけ買ってくれる優しくてお金持ちの旦那様♡


 ……人は皆、欲深き生き物だ。

 デンパのように外に漏れない心の声とは恐ろしいものがある。


『うわあ……』


「どうされましたデンパ様……?」


「いや、なんかこう……情欲の念? みたいなものを感じてさ。うぅ……!」


 思わず身震いするデンパ。

 受付嬢達の念を波として受信しているのかもしれない。


「早くヨーヴィスの眠り亭に帰って休みませんか?」


 2日目の今日も色々とあった。

 二人は疲れている。


「そうだな、あ、でも一応ギルドで、今日採れた実とか棘ウサギの討伐依頼とか出てないか確認してくる」


「あ、では私も……」


「うーん? ロゼはちょっと待っててくれるか。隠密効果は最大で、人にぶつからないようなところにいてくれ」


 受付嬢の念とは違う何か、別の嫌な予感がデンパを襲う。


『理由は分からないけど、ロゼをギルドに入れないほうが良い気がするんだよなぁ……』


「でも……いえ、それならここでお待ちします」


 隠密効果もあるなか、自分の顔は分からない。

 むしろ心の声がダダ漏れのデンパを一人でギルドに入れていいのかと。


『――@マスター@ロゼ:うん、時にはマスターを信じることも大事だよ――』


 少し食い下がろうとしたが、デンパの予感とエルマの言葉に従うことにした。


『チャラララララン♪ チャララララン♪ なんつて』


 心の中でコンビニの入店音を鳴らしつつギルド入場。


「あっ! アイツっ! ……あ、ごめんなさい。スコシナオリ草が3袋で、銅貨3枚です」


 絶壁のメリッサがデンパを視界にいれて、思わず声が出てしまう。

 『ナシ過ぎてサツ』の感情は昨日から変わっていない。

 のんきな歩き方で掲示板に向かうデンパを射殺すような目で見るメリッサの顔。


「ヒイッ」


 受け付け中の冒険者が、少しのけ反りながら変な声を出した。


『視線が痛い……少し隠密レベルを上げておくか』


 デンパの存在が薄くなるが、人がいれば声をかけてくる輩はどこにでもいる。


「よお! あんちゃん。いつからそこにいたんだ? 影が薄いから全然気づかなかったぜ」


 がはははっと、馴れ馴れしくデンパの肩に肘を乗せ体重をかける酒臭い冒険者。


「そっ……すかね、いや重たいんで」


 人見知りのデンパは、過度なスキンシップで心を閉ざす傾向にある。

 速やかに肩を引いて、すんとした顔で横にずれた。


「んおっと! んだ、てめえ? 俺は領都の冒険者だぞ! こんなクソ田舎の新人が舐めてんじゃねえ」


『ここにきて異世界テンプレか? セガイコの先輩方やギルドの皆さんは優しくて素敵だったけど、領都の冒険者は……丁寧な言い方でおウンコだな』


 丁寧な言い方でもお下品はお下品である。


「あ? おい、舐めてんのか? あ? あ?」


『酒くさい、口くさい、体臭くさい、見た目は芋くさい。ハゲてるし、鼻毛でてるし、目が濁っているし、幸が薄そう』


「……あ? おい誰がハ……嘘だろ。てかそれは言いすぎでは……ぐぐぅ」


 酔っ払いのおウンコ認定された男の勢いが、デンパにおされて少し弱まる。

 心に直接響くデンパの電波が男のメンタルをゴリゴリと擦り減らす。


『だいたい領都の冒険者がどれだけのものか知らんが、威張るんなら王都で活躍してますーとかさ、もっと上がいるだろ』

『クソ田舎が嫌ならクソ領都に帰って、マンマのおっぱいでもしゃぶってろボケ。あ、マンマとかいないか、どっかのクソからわいて生まれたんだろ』


「いや、待て――」


 止まらないデンパの精神攻撃。

 ライトノベル主人公のように、味方には甘くて優しいが、敵対した相手には一切の容赦をしない。

 内心で好き勝手に言うのは自由だと、デンパは不可視の刃を振り回す。


『自分のことガラスに写して見たことあるのかよ。領都で一番のブサイクだろ、性格がブサイク、見た目もブサイク、人生のブサイク! あ、鏡とか即割れるからガラスな? あまりのブサイクにガラス、ひび割れるけどな?』

『謝れ、謝れ、謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ謝れ……』


「……んだよぉ、そんなに言うなよぉ」


 男は現在、感情を制御する神経回路がアルコールによってビシビシと刺激されている酩酊状態である。

 こみ上げる何かが喉を閉め、額や鼻からこぼれるねっとりした水。


 棘ウサギの頭に刺さるナイフと同じく、なんの抵抗もなくデンパの電波が高速回転で、おウンコ男の神経回路を切り裂いていく。


「う……うぉ、おおおおっく! んだよぉ、悪かったよ。ちょっと訊きたいことがあって声かけただけなのによぉ……うぉぉおおおんん!」


 なぜ自分がここまで言われないといけないのかという憤り、悔しさがぜとなり、感情が雫となって溢れ出した。


 ――デンパ、WIN!

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