第28話 同じ失敗は二度としないッ!


 正座になったデンパが頭を下げる。


「っ! そんな、頭をあげてくださいっ!」


 すかさずロゼがデンパの肩に手をあて、体を押し上げようとする。

 しかし、デンパの体は起きず、頭は雪に埋もれたままだ。


「その、やっぱり自覚が足りてないなって。ロゼを守るにしろ、これから生活するにしろ……いくら俺自身のギフトやらエルマが有能でも、俺がダメならどうしようもないなって……」


「そんなこと、ないです。私のほうがダメ、です。デンパ様に甘えてばかりで……」


 ロゼも濡れることもいとわず膝をつき、デンパに頭を下げた。

 毎日、二人は土下座をしている。


 武家社会であれば、そのまま斬首されても異存はないという意味である。


 互いに首をさらす無防備な状態で、謝罪合戦を繰り広げる二人。


 人は何度も同じことを繰り返し、何度も後悔する。

 これからもまたデンパもロゼも同じことをするかもしれない。


「同じ失敗は二度としないッ!」


「わっ、わたしもっ! ですっ!」


『――うんうん、お互いが誓い合って、支え合って。ただねぇ、マスター……――』


『……なんだよ』


『――ロゼちゃんも……――』


「は、はい!」


 デンパはどこか茶化された気分になり、少しふてくされた返事。

 ロゼは厳しい言葉どんと来いといった構えを見せる。


 ――……プゥ!

 ――プゥプゥ……!


『――そういう反省会とかってぇ、時と場所は選んだほうがいいかなぁーって。二人とも顔を上げて周囲を見てよ――』


「……へ?」


「……!?」


 慌てて体を起こすタイミングは同時。

 二人の息はぴったりだ。

 ロゼの胸はゆっくりと遅れて起きるワガママなお寝坊さん。


 ――プゥ……プゥ!

 ――プゥーキュッ!!

 ――……ププゥ!

 ――キュールルウゥ……!


 霜のついた白い草木の隙間から、もこもこの毛に長い耳、すでに顔中に棘を生やして早くも臨戦態勢のウサギたち。

 ロデンターラの放牧地が無級から鉄級を適正とするなら、シルバーフロスト草原は、鉄級の複数パーティが推奨の場所となる。

 何も知らず、準備もせずに入ったデンパたちは、いつの間にか棘ウサギの縄張りに入り、棘ウサギを攻撃した。

 現在、棘ウサギたちは敵に対して〝排除〟という集団行動を取ろうとしている。


『――囲まれてるよぉ――』


 人は何度も同じことを繰り返し、何度も後悔する。


「……エルマ」


『――はーい!――』


「毎度のことながらいいお返事っ! じゃなくて――」


 じりじりと包囲網を縮める棘ウサギたち。

 数匹のウサギは足を大地に蹴りつけ音を鳴らし始めた。


「そういうことはッ! 早く言ぇえええええッッ!!」


 周囲の大音量に負けないぐらいのツッコミ。

 デンパの生声での大絶叫。


「で、デンパ様。お背中は……はわわわわ」


 私が守りますと言いたかったが、本能は全力で逃げたがっている。


「と、とりあえず背中は任せたぞっ」


 デンパが一度は言ってみたかったセリフの一つ。

 しかし背中を預けるにはずいぶんと頼りない小さな背中である。


「はっはい!」


 互いに背中合わせとなったデンパとロゼ。

 一人は自分の身長よりも長い大鎌。

 一人は自分の胸よりも小さな短剣。


 どちらも腰が引けて戦う覚悟はできていない。

 デンパもロゼも少しずつ学習していく。その前に死なないといいが。

 

 ――キュプー!


 先陣を切って一匹がデンパへと向かう。

 後ろの棘ウサギたちは、地面を蹴りながらボルテージを高めていく。


『ちょちょちょととっ! あ、当たった!』


 ――キュッ!

 ――キュップー!

 ――キュー!


 一匹をなんとか弾くと、第二、第三の棘がとんでくる。


「うぉおおお、くんなぁ! ふんぬりゃああああ!!」


 アーマーベアの大鎌を死にものぐるいで振り回す。

 下手な大鎌、数振りゃ当たる。


 襲いかかる棘ウサギを、鎌の柄で打ち返す。

 ときどきデンパの体に頭突きの衝撃はあるものの、鋭く尖った棘はコートが阻んで刺さることはない。


「くそ、柄が当たっただけで、ぜんぜん効いてない!」


 アーマーベアの大鎌についた刃は三枚。

 すべてが内向き、そもそも大鎌は左右に振り回すものではない。

 奥から手前に引いて使うものだ。


 ――ぷぷぅ!


「キャア!」


「ロゼッ!?」


 デンパの背後でロゼが声を上げ、背中の密着率が上がる。


「だ、大丈夫、です! エルマ様のローブが守ってくれました」


 ロゼの胸元めがけて飛び込んだ棘ウサギだったが、アーマーベアのローブが棘を通さない。

 逆に棘ウサギの衝突の力が棘に伝わり、ローブに接した棘は明後日の方向へと曲がっている。


「良かった……」


 手や足、顔など露出している部分でなければ防御力は高い。

 安堵は一瞬のゆるみ、戦闘中に気を抜くなと言いたいところだが、デンパはほんの少しだけ冷静になれた。


「ローブ……。そうか、ロゼ! 隠密効果を最大にして、いったん体勢を立て直そう」


 袖のボタンを回して、隠密効果を最大限に。


 ――キュッ!

 ――プップゥ?


 縄張りに踏み入れた闖入者たち。

 棘ウサギたちの視点では、風景に同化して消えたように見えている。


『@ロゼ:念話オン。こいつら戸惑ってはいるけど、囲みを解く気はなさそうだ……解せぬ! 念話オフ』


 ロゼは臨戦態勢を解かない棘ウサギの鼻がひくつくのを見た。


「……もしかして」

 

 デンパの問いに、ロゼは自らの持つナイフを注意深く見る。

 刃が周囲と同化しているため、装備をしている本人も見えにくいのが弱点だ。


「デンパ様、このナイフを収納してまた出していただけませんか」


 ロゼは、グリーンラットのナイフをデンパに渡す。


『えっと、収納っと』


 収納くんがグリーンラットのナイフと棘ウサギの体液を収納、解体くんが綺麗に分離する。

 これぞ阿吽の呼吸。


『これでいいのか? グリーンラットのナイフを――』


 ロゼに渡した。


 ――ぷうぷう?

 ――ぷぅ?

 ――ぷぷぅ? ぷぅぅ!

 ――ぷぅ……ぷぅ。ぷう、ぷっぷっぷッー!


 棘ウサギの会話を訳するなら、あいつらどうした? 知らね? 消えた? くせぇよ! ……うーん、まあ居たら殺ればいいかぁ。はい、かーいさーんッ! となる。


 効果は抜群だった。


『@ロゼ:念話オン。なあ、これって何現象? 念話オフ』


「えと、その……昨日、私が馬車に近づいたら馬が暴れ出したじゃないですか」


『@ロゼ:念話オン。あー、アーマーベアの血の臭い! なるほどナイフに付いたウサギの血を収納したのか。解せた! 念話オフ』


「す、少しは成長した、でしょうか」


「そうだな、ナイスアイデアだった! とはいえ――」


 声を潜めながら、周囲を見る。

 囲みは少しゆるくなったが、まだまだ棘ウサギは近くでデンパたちのいる場所を気にしている。


 草を踏む音、汗の臭いもあるが、やはり一番の問題は――


『警戒中のままなのはなぜだ!?』


 デンパの心の声は、隠密効果では誤魔化せない。

 二人のいる辺りは、棘ウサギたちにとって不自然な場所。

 警戒を解く理由がない。


『……ふーむ、どうしたものか』


 構えを解いて、デンパは大鎌をまじまじと観察し、


『大鎌の武器って格好いい』


 うんと頷く。


『三枚刃はあるけど、意味はない』


 うんうんと頷く。


『草刈りには向いている』


 うんうんうん、3回頷く。

 そろそろ首が痛くなりそうだ。


『大鎌って、剣とか槍とかと比べたら……』


 振り回しても、刃を相手に引っかけないと斬れない。

 動かない相手でなければ、大鎌でなんて行為は難しい。

 なにより――


『俺、なんで数ある選択肢の中から農具を選んだんだ……』


 デンパの問いの答えは、採取用で作った大鎌の見た目が格好良かったからに尽きる。


『大鎌、収納』


 デンパの手から大鎌が消える。

 戦場において武器を手放すなど自殺行為だが、棘ウサギも凶悪な棘を引っ込めて可愛いウサギさんに顔を戻しつつある。


「デンパ様……?」


 ――ぷぅ?

 ――ぷうぷう?


『@ロゼ:念話オン……。あ、ごめん、なんかさ格好いいってだけで大鎌振り回してたけど、武器としては使いにくいって思っちゃって。……こういうところも現実を見ていないというか、本当に情けなくなった。念話オフ』


 このまま大鎌を持っていたら、恥ずかしさから刃先を使って穴を掘りたくなる。

 たぶんそれも難しいが。

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