第26話 シルバーフロスト草原


「それから、俺とロゼなんですけど……。その、つっ付き合っているとかじゃなくて。えと、パーティを組んでるだけなんで、男女一緒ってのはほら、ね? それで部屋は二つに分けたりとかはお願いできます、か」


「あー、そうなのかい。部屋は見てのとおり余ってるけど、あんたらパーティだって言うんなら一緒の部屋で過ごしたほうがいいんじゃないのかい?」


「へ……?」


 女将がまっすぐにデンパを見据える。

 リーファと同じヘーゼルナッツ色の瞳。

 髪色や顔つきはあまり似ていないうえ、強烈なキャラである女将との共通点をデンパは見つけた。


「いいかい? 依頼ってのは、近場で片付くものばかりじゃないんだよ。ときには商人の護衛として、ときにはダンジョンに遠征なんてこともある。そんときに男だ、女だってんじゃ仕事にならないどころか、命を落とすよ」


 冒険者であれば野宿をすることもあり、数名のパーティであれば一つのテントで男女が眠ることはだ。商人と一緒に行った町の宿屋が一部屋しかとれないことだってある。

 二人が冒険者として生きていくつもりならば、今のうちから慣らしておけと女将は言っているのだ。


 決して同じ料金をもらうのであれば、一部屋でかたまってもらったほうがベッドメイクや洗濯、掃除がしやすいなんて思ってない。


「んー、いやしかし……」


 ちらりとロゼに視線を送ると、ロゼはじっとうつむいているだけだ。


『@ロゼ:念話オン。どうする? 嫌なら嫌だって言っていいぞ。念話オフ』


「い……」


 女将の正論、デンパの気遣い。


 ――なりませんよ。貴族としての矜持を!


 むくむくと湧くセシリーお祖母様の幻。


『嫌だろうな、15歳の女の子が陰キャの俺と一緒なんて……』


 デンパも本質的には一人を好む性格ではあるが、異世界2日目の夜を一人で過ごすのは少々心細い。

 ついつい寂しさからネガティブは気持ちがこぼれてしまう。


「――あのっ一緒の部屋でお、お願いしますっ!」


 ――なりませんよって言ってるでしょぉぉぉ……お祖母様の幻はお空の星となった。


「そうかいっ! いいねえ、女は度胸だよ。それでお兄さんはデンパさんだったね、あんたも冒険者として今後活躍したいってんなら、軽はずみな行動はしないことだよ」


「……っす」


 女将がロゼの頭を優しく撫でながら、デンパに厳しく注意した。


 男女パーティによくある間違い、勘違い、すれ違い。

 女の気遣いに、男が勘違いすることもあれば逆もある。

 どちらかが手を出せば、そこから先は男女のもつれ。

 冒険どころではない。


 6人パーティでは、恋愛禁止をルールにしているところもあるぐらい、やはり男女の人間関係は面倒ごとが多いのだ。


『――@マスター@ロゼ:話終わったぁ? ねえ、早く冒険に出ようよぉ――』


 エルマの二度目の注意。

 いつまでぐだぐだしとんねん。と。


『――@マスター@ロゼ:お腹も空いてないんでしょぉ、ほらほらぁ』


 話がついてるならば次へと進もう。

 もっと楽しませろと。


「腹……?」


『言われたらスープの良い匂いがまだ漂ってるな……』


(エルマ様に言われるまでお腹空いてたの忘れてました、だけど……)


 ――くるるるぅ。

 ――きゅーるぅるぅ。


「あんたたち、昼ごはんまだなのかい?」


 女将の言葉に、何かを期待して二人がこくこくと頷く。


「はぁ、そんじゃ今日の宿代の値引きじゃないけど、残り物で良ければ食っていきなッ!」


『――@マスター@ロゼ:えええぇぇぇぇっ!!!!!』


 このあとスマホにせっつかれながらも、空腹を満たす二人がいた。



 スマホの画面には大きく現在の時刻14:48と表示されている。


「ごちそうさまっした……」


「お、美味しかった、です」


「そうだろ、うちの旦那の料理はうまいんだ」


「そうだ、うまいんだ!」


 エルマの急かし効果に空腹というスパイスが、二人の食べるスピードを上げていた。

 固い黒パンと野菜と豆を煮込んだスープという質素な食事。

 黙々と食べきった二人を見て、女将は満足げに豊満な胸を張り、その隣でリーファが薄い胸を張った。


「ははは……そんなに大したものじゃないよ」


 キッチンから細身の男がまくった袖をおろしながら出てきて、リーファの頭を優しく撫でた。


「……っす」


 デンパの人見知りが発動する。

 優しげな風貌、同性ということもあり、女将よりも慣れるのは早いはず。


「ああ、お客さんたち。さっき向こうで聞いていたけど、グリーンラットや棘ウサギの肉、エアップルの実を持ってきてくれれば、それを銅貨1枚の代わりにすることが出来るよ」


「え……いいんす、か?」


 冒険者ギルドを通さない依頼となれば、個人の責任となる。

 逆に言えば信頼の置ける人物であればギルドを通す必要がないのだ。


「ああもちろんさ。ただギルドを通さない場合は、当然だけど依頼の達成実績にはならないよ」


 ギルドの常設依頼を受ける冒険者が少ないのは、宿屋に物納で食事代を浮かしているという実態があるのだ。


 早朝に張り出される依頼のなかで、達成時の報酬が高い、達成時のポイントが高い、そして複合的な依頼をこなすなかで、狩りや採取で食事代を浮かせられるものが人気となっている。


「色々と勉強なります」

「――ありがとうございます」


 デンパは素直に頭を下げ、ロゼも遅れて頭を下げた。


「いいかい? 夕方の鐘が鳴ってからあたしらが食事をするまでにはちゃんと帰ってくるんだよ」


 無事に帰って来てほしいという女将の願いは、言葉では伝わらない。

 ただ、なんとなくではあるがデンパは女将の気持ちを受信できた気がした。


「あっ! お母さん、リーファもお客さんを探しに行ってきます。お客さんたち一緒に北門まで行こう」


「ははは……。リーファ、気をつけて行っておいで。お客さんたちもどうかご無事でお戻りください」


 ロゼ、リーファをともなって、ヨーヴィスの眠り亭を出る。


 玄関口には女将とご主人。

 外に転がっていた二人組はもうどこかへ行ったようだ。


 北門付近でリーファと分かれ、二人は町の壁沿いを見て回ることにした。

 もちろん食材狙いで、報酬は二の次である。


「明日こそ早朝の依頼を狙おう。あ、これ使って」


 デンパが何でも採取手袋をロゼに渡し、自分はアーマーベアの大鎌を取り出して、足元の草を狩りながら歩く。


「あ、お借りします」


 デンパの周囲に入って万が一大鎌で刈り取られないよう、ロゼは鎌の届かない壁の近くの木の実や薬草を集めることにした。


『――もっと森林に行くとか、山に入るとかさ。うーん、まあいいけどぉ。あ、マスターその辺の草を刈ってみてぇ――』


 エルマは面白くなさそうだが、スマホのライトで採取ポイントを照射するお仕事はきちんとやってくれている。


『この調子で、ロゼのおばあちゃんの病気を治すのを手伝ってくれるといいんだけどなぁ』


『――…………――』


『おーい……?』


(……エルマ様にもデンパ様のお声は聞こえているはずだけど)


 反応がないということは、甘えるんじゃないということだろう。

 ロゼは、まずは自分の頑張りをエルマに認めてもらうことが先だと、あらためて決意を固くした。


「――さて、このあたりが〝シルバーフロスト草原〟か? ……さっぶ!」


 デンパはフードを深めにかぶり、身を縮めた。


「この寒さ、まるで闇と火の月の頃みたいです」


 今は光と火の月、春から新緑の季節への移り変わりの時期だ。

 先月が闇と光、その前が闇と火だ。


「えっと……今が4月に入ったばかりで、2ヶ月前ってことか。というか、この辺だけなんで寒いんだよ」


『――えっとねぇ、グラシアン連峰の一番高いところで吹いている冷風が、気流に乗っておりてきてぇ。あ、マスターの思考とまった。えーとぉ……とにかくこの辺に冷たい風が集中して吹きつけられているせいだよぉ――』


 エルマはざっくりした説明に切り替えた。

 世界は不思議で溢れている。


「んで、あそこの川がセガイコを分断しているセレネス川か。あ、変な草が生えてる」

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