第24話  あ、これ明るいところでやっちゃダメなやつ……


『――おーい、マスターおーい――』


「ほにょに――ハッ! ここは……?」


 デンパが柔らかの国から帰ってきた。


「あ……ごめんなさい。勝手に進めてしまって……しかも二人部屋になってしまいました」


 私なんかと同じ部屋なんて嫌ですよねと小さくこぼした。


「いやなんか俺の方こそ、ぼけっとしてたみたいでごめん。ちょっと……いやなんでもない」


『胸の感触に夢中すぎて呆けてましたとは言えない』


 言えないけど出ちゃっている。


「い、いえ私が……ごめんなさい、不快でしたよね」


 エルマの助言と、宿屋に泊まるためとはいえ、デンパに密着し、あまつさえ思考を誘導してしまったことへの罪悪感がロゼを襲う。

 自分のような人間が、神の御使い様に無遠慮に抱きつく行為にどうか神の裁きを――


『――もぉ、ロゼちゃんも考えすぎだよ。そんなことで神様は怒らないからぁ――』


 ロゼが自省の沼にずぶずぶと入っていく途中で、エルマが救助する。

 ときに厳しく、ときに優しいAIだ。


「それにしても、あの女将さんすごかったな」


「そう、ですね……」


 デンパが話題を女将の話に切り替えたが、ロゼは少しうつむいた。


「うおい! どうした」


「あ、いえ……リーファちゃんと女将さんのやり取りを見てて、少し羨ましくなっちゃって。ごめんなさい」


 無理やり口角をあげて、ロゼは笑顔をデンパに見せた。


『……ロゼは無理に笑おうとする癖があるな。すぐ謝るし、どうにかしてあげたいが……』


 どうにもならない二日目の関係性だ。


(う……デンパ様が不審に思っている。つい謝ってしまうようになったのはいつからだろう)


 ――出しゃばるな、ねだるな、反抗するな!

 ――醜い豚がッ!

 ――ほら、謝りなさい!

 ――謝れッ!


「ごめんなさい……」


「あ、いやいやいやいや! そうだよな、あの親子の仲の良さはたしかに羨ましいところがある! うん」


 慌ててフォローするが、心の声は――


『般若と菩薩の顔の切り替わりがエグくて、そっちまで気がいかなかったな』

『菜ばし、木にぶっ刺さってたなぁ』

『こわかった』

『でっかい谷間がすごかった』


 あまり羨ましいという感想は持っていなかった。


(デンパ様はどうして……こんなに優しいんだろう)


 デンパの優しい嘘。

 すぐに嘘だと分かるからこそ、デンパという人物が分からなくなる。


(こんな私に……)


 金も知識も地位もない、醜い豚だ、売女だと蔑まれている私。


 自分ごときに、なぜ優しくするのか。

 自らを卑下することで、抑えている思いに蓋をする。


(信じていいの……? でも……――)


 ふいに体が冷たくなる。


 ――キャハハハッ! バ〜カッ!

 ――ふん、あの女の顔と一緒ね、この売女が!

 ――すべて……ロゼお嬢様の…………指示で……す。


 蓋が開けばまた――


「ごめ……ヒッ」


 ゆっくりとロゼは後ろに下がり、ベッドに膝の裏があたって、そのまま力なく腰をかけた。


「ヒッ……ヒッ……ごめ……な、さい――」


 呼吸は浅く、瞳孔もどうのこうのと揺れがおさまらない。


「お、おい大丈夫か? エルマ、精神が安定する電磁波とかないか?」


『――あー、あるよぉ。えっとね、精神が安定しすぎて常に電磁波を浴びないと生きていけない体に――』


「却下ッ!」


『――催淫効果付きのぉせんの――』


「もっと却下ッ! マシなのくれ、あ、昨晩のほわほわするやつ――デン、パッ!」


 ツピーーーーーーッ!!


 デンパの意思で飛び出す光線は、まっすぐロゼへと突き刺さる。


「――のほオッ!? あ、ヒィえエェ……」


 瞳に涙を溜めたまま白目をむき、口は半分ぐらい開けたまま後ろに倒れたあと、ぴくぴくと痙攣している。


『あ、これ明るいところでやっちゃダメなやつ……』


 良かれと思ってやったことが、罪悪感を生み出す結果になることをデンパは学んだ。



 ツピーーーーーーッ!!


『ここだよ』


 ツピーーーーーーッ!!


『どこを見ている?』


 ツピーーーーーーッ!!


『ふはははは』


 ロゼが目を覚ますと、見知らぬ天井があり、ときどき光線が視界をかすめていく。

 デンパが発しているであろう声は、部屋のあちこちから聴こえ、まるでデンパが瞬間移動をしているような感覚に陥った。


「……えっと、私、いつの間に」


「あ、起きた。えっと……癒やしの光のつもりだったんだけど……その、なんか見ちゃいけないものを。いや、ごめんなさい」


 ゆっくりと起き上がるロゼに対し、ゆっくりと頭を下げて謝罪するデンパ。


(あ、もしかして私の寝顔を見たから謝った? ……うぅ、恥ずかしい)


 昨晩と同じくいつの間にか眠っていたことに気づいたロゼ。

 昨晩とは違って室内は明るく、自分の寝顔を晒していたことを知り、ロゼの乙女心が火を吹いた。


 実際にはそんな〝乙女の寝顔♡〟なんて可愛いものではなく、それはもう激しいお顔での気絶だった。


「あ、そうだ。……えーっと。実はロゼが寝てるあいだに、電磁界の練習をしててさ――」


 露骨に話題を変えたデンパが両人差し指を頭上でピンッと立て、目をつぶり――


『ムムムッ! 透明……今度は見えない電波よ…………! デンッパ!』


 ツピーーーーーーッ!!


『@宿の壁:――ロゼ、聞こえるかー?』


 壁からデンパの声がする。


「えっ!?」


 ロゼが思わず振り向くも、当然のように壁があるだけ。デンパの目から発する光は見えない。


 ツピーーーーーーッ!!


『@宿の天井:――ハッハー、ウエヲミテー! ヤネウランドノ〝ネズミー〟ダヨッ!』


 今度は天井から甲高い声がおりてくる。

 前の世界で大人気、夢を振りまくネズミーさんの声だ。


「ええッ!?」


 ツピーーーーーーッ!!


『@ベッドの下:――お客さーん、ごあんなーい』


 ロゼの座るベッドの下からリーファの声。


「リーファちゃん……?」


 そんなとこにいるはずものないのに。

 ロゼはベッドの下へと顔を向ける。


「ふう、どうだ。エルマの協力は必要だけど、俺が思った言葉や声が色んなところから出せるようになったんだ」


 ドドンッ! とデンパは胸を張る。


『――なんの役に立つのかわかんないけどぉ――』


 それは言わないプロミスである。


「ふふっ」


 くだらない事を得意げに語るデンパと、呆れた声色のエルマ。

 癒やしの光線で脱力し、柔らかくなったロゼの胸の奥に届いたらしい。


『――いま泣いたカラスがもう笑うだねぇ。カァーカァー……――』


 画面のなかで、エルマがやれやれと両手を上げる。その頭上にはドットで出来たカラスが右から左に飛んでいく。


「まあ、いいよ。笑ったほうが気楽だし」


 ここは『フッ、君には笑った顔がよく似合うフッ!』ぐらい言ってほしいところ。

 女の子に泣かれたときの対処法をこっそりとスマホで調べようとするデンパには難しい話である。


『――ふーん、ところでその変なポーズって毎回やるのぉ?――』


「は? 電磁波を飛ばすときの格好いいポーズだから!」


 デンパのなかでは満足のいく出来だったらしい。


『――すみません、うまく聞き取れませんでした――』


「おい、それやめろや」


『――すみません、うまく聞く気になれませんでした――』


「悪化してるだろ! せめて聞く姿勢であれよ!」


 デンパがエルマに抗議している間も、ロゼは二人をちらりと見てはくすくすと笑う。


 平和な時間が過ぎていく――お昼も食べず、冒険にも出ず。

 空腹の向こう側ってお腹が逆に減らないよねぇ、なんてデンパがのたまい、ロゼがそうですねぇと返す。

 生産性のない会話の極み。


『――ダメだよぉ! マスター、冒険に行こうよぉッ!!――』


 そこはエルマがさすがに注意した。

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