第22話 なにか始まった
石造りの門が見えてきた。
行商人や馬車に乗った商人たちが、すれ違うときに手を上げ、互いの無事と成功を祈る。
デンパたちの先には、午前の狩りや採取を終えた冒険者たちが、成果を肩や荷にのせて意気揚々と門をくぐりギルドへ向かう姿があった。
また門の近くの集団は、一緒にサントーノ森林に同行するパーティはいないかと周囲の冒険者たちに呼びかけている。
「なんか人が多くないか?」
「もしかしたら……今日から〝光と火〟の月。王都や領都に本店のある商会から新しい方がセガイコに来ているのかもしれません」
となれば、護衛依頼で別の町で活動している冒険者たちも増えてくる。
『――創世神ユグドラルが最初に創ったのは、光の神ソリアス、闇の神ルネスであった。次いで、火のマルシス、水のメルクーリ、木のヨーヴィス、金のワネリス、土のトゥル、風のウェントという
なにか始まった。
『――世界の名をアールクトレと名付け、二神と六使に預け、
いわゆる創世神話というものだが、要約すると1年12ヶ月に分け、半年おきに光と闇が交代しながら神々が世界を運営しているという話だ。
3月の決算月……でなくて、闇から光への管理業務の引き継ぎが30日あり、引き継ぎが終わった翌月から光と火の月となる。
その後30日おきに、木、金、水、風の神使と組んで世界を運営する。
神使とのペアが一通り終わったら、9月の中間決算……ではないが、光から闇へと管理者を交代し、10月から今度は闇を主とした世界が、風、水、金、木、火の順番に運営される。そして、闇と火の組み合わせ月が終われば、闇と光の決算報告月となる。
オーナーは創世神ユグドラル。
光と闇の神が専務と常務を半期ごとに交代し、神使がその業務を交代でサポートしていると言えばわかりやすいだろうか。
「あれ、1日も半分こで管理してなかったか?」
『――ああ、昼勤と夜勤だねぇ。ソリアス神とルネス神に休みはない感じぃ――』
1日の半分を光と闇が管理を任されていて、いわゆる曜日感覚になるが、神使は日替わりで手伝いを行う。
光がすべてを照らす。
木はすくすくと伸び、火は熱く燃え盛り、土はすべてを育み、金は重く惑わず、水は潤いを与える。
そして闇がすべてを隠す。
「曜日的な? 光、木、火、土、金、水、闇。日月火水木金土と順番ちがうのがややこしい。それにしてもエルマの説明だと、なんだか夢がないな……」
ファンタジー要素満載だが、ところどころに会社運営の用語があるせいで夢がない。
なんだオーナーのユグドラルってと、デンパは鼻をならした。
『――まぁそうだねぇ、マスターが教会に行くときはお礼を言ったほうがいいんじゃなぁい?――』
教会にはユグドラルを始めとする、神々とその神使の像が祀られているという。
「エルマ様は創世神話にお詳しいのですね」
『――そりゃあねぇ、ボクはAIだし。〝神立図書館検索アプリ〟でなんでも調べられるよぉ――』
「は? なんだそれ『神立』ってヤバいな。そんなアプリがあるの知らないんだが?」
『――言ってないんだがぁ?――』
デンパの声色と同じ声色で返すエルマ。
『ぐぬぬ。操作権があればチートし放題な生活だったはず……』
自分のギフトよりもエルマの権限が羨ましいらしい。
本当に人は欲深い生き物である。
エルマの長い長い説明が終わり、世界的には年度初めを迎えた初日。
セガイコの町も新たな仲間を迎い入れ、冒険者や商人が1年のなかで最も増える1日となる。
つまり――
「えっ!? 宿泊できないって……」
「それがさ、宿泊施設がなんでかすっごく綺麗になっててね。近隣の村から来た冒険者パーティや新人冒険者たちが殺到しちゃって」
納品係の青年もびっくりの大反響で、あっという間にギルドの施設は1ヶ月以上の予約でいっぱいとなったそうだ。
『俺が掃除したのに……。こういうのも1週間分ぐらい宿賃を支払っておけば……くそっ』
デンパも少しだけ冒険者の考え方になってきた。
良い宿、安い宿はすぐに埋まる。
ギルドの施設も綺麗な小屋なら、人気は高まるのだ。
「じゃあ、これ麻袋4つで銅貨12枚。スコシナオリ草の報酬が銅貨8枚だよ」
青年が銀貨2枚をデンパに渡し、スコシナオリ草を箱へと詰めていく。
ある程度まとまったら、薬師に届ける依頼が発生するのだ。
釈然としない表情……といっても、変化に乏しいデンパではあるが、しきりに首をひねっていた。
「えっと……デンパ様、常設依頼をする前に宿を探しません、か?」
遠慮しつつも、デンパに提案をするロゼ。
ロゼもまた一歩踏み込んで考えるようになってきた。
二人の所持金は、デンパが銀貨2枚と銅貨6枚。
ロゼが銀貨1枚と銅貨6枚。
麻袋の代金については、ロゼが首を縦に振らず、頑として譲らなかったからだ。
『縦には振らず、縦には揺れる……あれ、さっき何か大事なことに気づきかけたような?』
視線をロゼの揺れに合わせて上下させるデンパが、麻袋を売れば儲かることに気づくのは、まだまだ先かもしれない。
◆
ギルドを出て、北へ歩けば鍛冶師のいる職人街、北東は貧しい平民たちの住居があり、東へ進めば貴族区がある。
平民向けの宿屋や商店街は南西に密集している。
「なのに俺たちは、北の職人街へと足を向けている」
「……イソップさんがおすすめの宿があるって言ってました」
イソップとは、名前も出ることなく消えていくはずの納品係の青年である。
ギルドの施設を使えず、落胆するデンパたちを見かね、とある理由で宿泊客が少ない宿屋を紹介してくれたのだった。
「安宿って言っても、朝晩の食事と一泊で銀貨一枚って物価高くないか」
「そう、なんですか?」
ロゼに相場や物価をたずねても分からない。
元公爵令嬢はお金の価値など考える必要がない。
公爵家の下女であっても同じであり、平民に比べれば贅沢なほうだ。
「ねえねえ、お兄さん達は冒険者なの」
職人街で、鉄を打ち、金属を溶かす音がそこかしこで鳴るなかを通り抜け、みすぼらしい家屋が並び始めたところで、6歳ぐらいの女の子からデンパは声をかけられた。
『――@マスター:逆事案発生! おーまわーりさーんッ!――』
『@エルマ:やめぃ! 逆事案ってなんだよ』
(あっ! 隠密効果を上げるのを忘れていました……)
話しかけた男は無表情かつ無反応。
隣にいたはずの女――胸で女性だと判断した――は、気配が次第に希薄になっていき、いつの間にか見えなくなった。
「あれ? ……えーと、お兄さん言葉わかる?」
「え、分かるよ。不思議なことにすごく分かっちゃう」
異世界転移特典のおかげで分かるのだが、デンパはいまいち理解できていない。
「ふーん。あ、それでお兄さんは冒険者? 宿は決まってる?」
『おう、まさかのこんなに小さい子が客引きとは。世も末だ』
デンパは天を仰いだ。
「むー! 子どもじゃないよ。リーファはお父さん達のお手伝いする立派なレディなんだからね!」
リーファと名乗る少女は、両手を上げてデンパに抗議する。
「あれ、ごめん顔に出てたかも。えと、リーファちゃんはこの辺にある宿屋の子なの?」
黒いコートを来た男が、リーファの目線に合わせてしゃがみこむ。
やはり事案に発展しそうな予感がする。
「デンパ様……もしかしたらイソップさんが紹介した宿の方かもしれませんよ」
ロゼが隠密効果を下げ、輪郭が分かる程度にまで姿を出した。
最初から見ている者がいれば、レイスだと勘違いされてもおかしくない。
「わっ! お姉さん、やっぱりいたんだね。リーファの目がおかしくなったのかと思った」
リーファが驚き、目をこすりながら何度もロゼを見る。
「おー!」
同性の子どもから見てもロゼの胸囲は驚異らしい。
「……あはは」
眉根をさげて、ロゼは困った顔をする。
「あ、ねえさっきイソップさんって言ってたけど、ギルドにいるイソップおじさんのこと?」
「あ、はい。ギルドの納品係の方です」
ロゼがそうだと話している間、
『ぐっ、あの人わりと若く見えてたのに、この子からしたらおじさん……だとしたら、俺も――』
デンパはダメージを受けて胸を押さえた。
ちなみにイソップは23歳独身の青年である。
6歳のリーファから見ればおじさんなのだろう。
イソップ、意外と名前が出てくるイソップ。
リーファの母親の弟なので、イソップ叔父さんというのが正式な呼び名である。
「やったー! それじゃお兄さんたちはお客さまだね。リーファが案内しますっ! どうぞ」
両手を上げてジャンプするリーファ。
きりりと顔を引き締めて、デンパたちの前に数歩進んで、案内を始めた。
子どもならではの懐に入り込む気安さ、話をクロージングまで持っていける洗練されたトークで、商談を成立させる敏腕営業ガール。
リーファ、恐ろしい子。
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