第21話 ぐりーんらっとのないふ
狩り場の中心で、大音量の結婚行進曲。
迷惑系冒険者としてプチ炎上したデンパたちは、陽が天に昇りきる前に狩り場を追い出された。
しっかりやろうと決意はしたものの、成果は冒険者にもらったグリーンラット1匹のみ。
狩り場でなくても、草原は広く、魔物も草木もいくらでもある。
デンパが草を短く刈り取り、姿があらわになったグリーンラットを追い回すことならどこでもできる。
大鎌を振り回し、駆けずり回った結果、採取できた薬草や木の実は数えきれないぐらい収納くんの中に入っている。
ロゼもデンパから〝なんでも採取手袋〟を借り受け、収納くんの麻袋――中身は出した――の中に、スコシナオリ草をせっせと詰め、いっぱいになったらデンパに渡していた。
報酬の精算方法については、お互いの譲り合い精神が『私もらえないです。取り分なし』『それはさすがに。取り分折半』『もらいすぎです。取り分なし』『いやいやいやいや。取り分4』『いえいえいえいえ。取り分なし』と取り分を増やしたいデンパ、意外と頑固なロゼのせめぎ合いへと発展し、最終的にデンパで8割、ロゼが2割となった。
さらに登録費用の返金や、宿泊費3枚の負担割合も同じように揉めたが、こちらもロゼが折れて2枚、デンパが1枚でおさまった。
二人の当面の目標は、安定した生活費を稼ぐこと。
またロゼの身の安全が確保されるまでは、なるべくデンパとともに行動し、町中では隠密モードで歩くなどの取り決めがなされた。
何も持たないロゼの装備としては、エルマお手製のグリーンラットのナイフが渡され、隠密コート、なんでも採取手袋、快適シューズを比べると、ずいぶんとしょぼい粗末な武器であるが、護身用としては十分だろう。
『――……調整に失敗したせいで、女性でも扱える軽さで、限界はあるけど細長く伸ばせる機能と、グリーンラットの毛を素材にしたせいで、周囲の色に同化しちゃうほぼ不可視の刃を作っちゃったけど、まあいいかぁ――』
まあ良くはないが、ロゼが知らなければただのナイフだ。
……ちょっと切れ味がよくて、暗殺者向けの武器になっただけで。
「ん? なんか言ったかエルマ?」
『――なぁんにも言ってないよぉ――』
二人の共同作業のあと、グリーンラット狩りを邪魔された冒険者数名にしこたま叱られてから1時間。
集中力も落ち、水分補給だけでは限界が近い。
「今でどれくらいだ」
デンパがスマホの収納くんアプリを起動する。
【収納くんのあいてむりすと】
【ぶき】
・あーまーべあのおおがま 1つ(しようちゅう )
・ぐりーんらっとのないふ 1つ(かしだしちゅう )
【ぼうぐ】
・あーまーべあのこーと 1つ(しようちゅう )
・あーまーべあのろーぶ 1つ(かしだしちゅう )
・あーまーべあのわんぴーす 1つ(かしだしちゅう )
【どうぐ】
・なんでもさいしゅてぶくろ 2つ(1つかしだしちゅう )
・かいてきしゅーず 2つ(1つしようちゅう 1つかしだしちゅう )
・みずぶくろ 2つ
【そざい】
・あーまーべあのなまにく 1つ
・すこしなおりそう 4つ
・ぶるーべるりー いっぱい
・えあっぷるのみ 7つ
・ぐりーんらっとのなまにく 1つ
・そのへんのいしころ いっぱい
・そのへんのはっぱ いっぱい
・そのへんのきのかわ いっぱい
【えるま】※あくせすけんがありません
・えるまのしぶつ いっぱい
「ひらがなの表記や数字がいっぱいとか、気になることは多いけど。……最後のエルマの私物ってなんだ?」
『――それはボクのプライベートだからねぇ、秘密だよ。それよりスコシナオリ草は銅貨8枚分はあるよぉ――』
麻袋が4つで、銅貨12枚。
デンパが麻袋の価値に気づくのはいつだろうか。
「銅貨8枚ってことは、四捨五入すると俺が6枚、ロゼが2枚。手持ち銅貨と合わせて12枚か。いったんギルドに納品して、昼飯食べてまた来ようか?」
エアップルの実は、甘く爽やかな味わいがあり、水分も多く喉を潤してくれる素敵な果物だ。
デンパのいた世界だと林檎に似ている。
デンパたちは生食に対してトラウマを持っているため、エアップルの実を食べるという発想はない。
「あ、はい。またお願いします、えへへ」
ロゼの所持金は銀貨1枚と銅貨4枚。分け前で銅貨2枚増える計算だ。
(何も返せないまま、見えない恩が増えていってる。だけどデンパ様はそのことに気づいていない。人が良すぎて心配になる……)
命の恩人、心の声が漏れている変人、変態で紳士、おっぱい至上主義、寂しがり屋、優しい人。
ロゼがデンパに対し、どんな評価を持っているかは分からないが、今回『ほうっておけない人』が新たに追加された。
「よっし、それじゃ町へと戻るか。あとはギフトの練習もするんでロゼも協力してくれ」
「あ、はい」
『えっと、意識をロゼに集中して、こうか? ――@ロゼ:ロゼー、おーい聞こえるかー?』
「……え、あ……はい……。はい、デンパ様のお声が聞こえます」
エルマのやっている周波数をロゼに合わせることで、念話ができるのだ。
一方的なものではあるが、周囲に心の声が聞こえることがなくなる。
ただし、
『よっし、できた!』
「はい、おめでとうございます!」
「あれ、今は周波数を絞ってないはずだけど……」
「えー、えーと……そ、そうですかー? あは、あはは」
対象となるロゼには通常の電波漏れなのか、周波数を絞られたものなのか、判断がつかない。
『今度こそいくぞ。――@ロゼ:ロゼ、初めて君を見たときから……ってうぉい!』
デンパの心の声は開放的で、思うままに、無自覚にイケメンムーブをかまそうとしていた。
「はひッ!? び、びっくりしました……」
「あ、ごめん。ボリューム大きかったか」
デンパの念話の音量は心の強さに比例する。
『初めて見たときから気になってて、一緒に過ごすうちに好きかもって。いやだからって、本人になぜ告ろうとするんだ俺よ。もしも振られたら異世界ボッチだぞ……ないわー。自分で後先考えない自分に引くー』
『でもこんなに性格が良くて、美人の女の子を好きにならないわけがないんだよなぁ』
ハアとデンパはため息をついた。
「ッッ!?」
さらっと好意を告げられ、ロゼの心臓が跳ねた。
思わず両手で口を押さえ、デンパに反応したことを気取られないように必死だ。
体が熱くなる。
行動を長時間ともにする、一緒に苦労を分かち合う。
出会ってたったの1日と半日。されど1日と半日。
『――……恋の始まりに理由はなく、終わりには理由がある、だっけ――』
某アニメのキャラクターの言葉や、某有名な歌姫の歌詞の一節でもある。
「エルマまたなんか言っただろ?」
『――んーん、なぁんにも言ってないよぉ――』
『絶対なにか言ってるんだけど、聞き取れない』
(……これはエルマ様の答えに対しての思い)
自分が反応してはいけないと、ロゼは身を固くする。
『あとは電磁界と電波のことを調べないとだなー。エルマ、色々と教えてくれ』
『なんかロゼの反応が変だけど、もしかして念話がオフになってないとか……?』
『それはそれとしてロゼ可愛い』
『揺れるねぇっといかんいかん、女性は胸元への視線に敏感だ』
『エルマ、俺の念話ってどうやって切るの? ――@ロゼ:俺が思ってることって伝わってないよね?』
雑念のなかから、突然のロゼ通信。
真っ直ぐな好意をあらためて告げられたロゼは、完全に虚を突かれる形となった。
「ピエッ! 今、私に確認されましたよね。はい、伝わってない、です」
『ピエッだって、ウチのロゼが可愛すぎるんだけど! いやウチのとか、調子乗りましたサアセン』
「あはは……」
ロゼがへらへらと力なく笑い、
『――@マスター@ロゼ:そろそろやめてあげなよぉ。ロゼちゃんも困ってるみたいだしぃ。それからマスターの意思の強さで声の大きさは変わるから、念話オン、念話オフってやったほうがいいかもねぇ――』
見かねたエルマが助け舟を出した。
『ほーん、なるほど。それじゃこれからは念話オン、念話オフで切り替えるわ。サンキュー、エルマ』
「……あ! エルマ様、ありがとうございますッ!!」
エルマの気遣いに、ロゼは弾けるように顔をあげてお礼を伝える。
「あ、ごめん。何度も念話送ってごめん」
ロゼのお礼の反応の大きさから、しつこい念話で嫌な思いをさせたと謝罪する。
「いえ、あ、えと……」
ロゼが困る。
なんとも面倒なやり取りが展開した。
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