第18話 帝国エグゼビアの角


「おい……なんかよく見たら、こいつのコート……」


「おう、間違いねえ……」


 大男は覚えている。

 ――過去に持ち込まれたアーマーベアの禍々しさを。


 こめかみほぐし男は覚えている。

 ――肉と血が赤黒くこびりついた長い毛色を。


『さっきからなんだろ? テンプレと思わせて優しいとか惚れてまうやん、惚れないけど。とりあえず問答無用でチンしないで良かった』


 人体をチンしてはいけない。学校では教えてくれない知識である。


「ご忠告……ぁざっす」


 強面のおっさん二人に見られながらで、デンパは緊張して声が小さくなる。

 びびってはいるのだ、しかし内心はいつだって自由だ。


「……そんじゃ、まずは常設依頼の納品して朝食代をもらわないとな」


 二人の先輩冒険者にペコリと頭を下げ、依頼板から受付の納品カウンターへ。


 途中でちらりと酒場を見れば、ずらっと並ぶ樽テーブルのいくつかに椅子を逆さにして置かれ、『朝食はお外でどうぞ』というメッセージが込められているようだ。


「あれ? 見ない顔だけど、君たちが例の新人さんかい?」


 どこにでもいそうな青年が二人に声をかけ、


「……っす」

「は、はひッ」


 カチンコチンの応対を返すダメなコンビ。


「ははっ、そんなに緊張しないでよ。依頼書を持ってないみたいだし、常設依頼かな?」 


「……っす。あ、えと昨日の……これ、常設……はい」


 初対面にはめっぽう弱いデンパ。

 ぼそぼそと呟きながら、スマホの画面を下に向け、カウンターの上まで手を伸ばし、空いた手でスマホの裏を叩くと、麻紐で束ねられたワリトナオリ草と麻袋に入ったスコシナオリ草がドササッと落ちてくる。


 まるで口下手な三流手品師のような取り出し方だ。


 ちなみに、収納くんは大鎌で雑に刈り取り散乱している2種類の草であっても、ソート機能で分けることができる。

 取り出すときには、ばらけぬように適量を麻紐で束ね、さらには麻袋につめて出してくれる優秀なアプリである


「えっ、なにそれ、今どこから出した!? 待って、君たちって新人だ……よね? こんなに綺麗な状態のスコシナオリ草、ベテランでも採れないよ! しかもこっちはワリトナオリ草じゃないか、え、え、エーッ!? え、え、え」


 納品係の青年は、慌てながらデンパと採取された草を交互に見やり、ちらっとロゼの胸を見たあとワリトナオリ草へと視線を戻した。

 一番反応が大きかったところは、彼の名誉のために伏せておく。


「こほん、それじゃあ銀貨1枚と銅貨8枚ね」


『あれ、これ相場より高くない?』


 青年は薬草の状態をまじまじと見つめ、デンパの心の声とは気づかない。


「うん、これだけ綺麗にまとめてくれればコッチの手間が減るし、なによりこの麻袋が素晴らしい。これ1つで銅貨3枚の価値はあるよ」


 収納くんの付加サービスである麻袋がまさかの高評価。

 ギルド指定の袋のサイズの約2倍の大きさ、スコシナオリ草の袋4つ分がここにある。


『レジ袋有料化でお金取ってるし、こっちでもそんな感じか』


 デンパの元の世界の技術レベルで作られた麻袋である。

 青年もデンパも気づいていないが、民俗学者が見ればと目の玉が飛び出るくらい驚いたであろう。

 

「あとは採れたて新鮮な薬草が2種類。本当は銅貨9枚が相場なんだけど、状態が良いこと、それと君たちが朝早くから頑張ったことを評価して銅貨3枚を上乗せしているんだ」


 二人は頑張っていない。むしろさっきまでスヤスヤと寝ていた。

 デンパの表情に、多少の気まずさが出てはいるが、青年は気づかない。


「それにさ、最近は新人さんが少ないせいもあって、常設依頼が塩漬け依頼に次いで不人気になっててね。誰もやってくれないんだよ。だから今後もよろしくって意味も込めて、さ」


 パチンっと道端で出会っても気にもされない青年がウインクをしても誰の得にもならない。


「あざっす……それじゃ…………どもっす」


 か細い声でお礼と頭を軽く下げ、デンパは報酬をそろそろと受け取り、


「あのっ! ありがとうございます……わっ私たち、が、頑張りますのでよろしくおねがい、しましゅッ。あ、えへへ」


 自分が頑張らねばと、コミュ障のデンパに代わってロゼは元気に挨拶をし、盛大にかみまみた。可愛い。

 そのあとの卑屈な笑みはいただけないが。


「あ、ああ、それじゃあ頑張って!」


 やや頬を赤らめた青年の挨拶に、二人してぺこぺこと頭を下げながら、ギルドから出て行った。


「……これはギルマスから聞いてた以上に――」


 手品ではない奇跡、じっくりと見ればみるほど精巧な作りの麻袋。

 今回限りで登場はないかもしれない青年は、ごくりとつばを呑んだ。

 ちなみに絶壁のメリッサは、バックヤードで休憩がてら脇下のリンパ節やバストアップのマッサージなうだ。



『……準備中』


 朝の鐘から1、2時間で冒険者相手のお店は閉まる。

 武器、防具のお店、道具屋などはいつでも開いているが、朝食を出すお店は少なく、朝から昼間ではランチタイムに向けて仕込みをしているところが多い。


「……そういえば私も、朝は鐘が鳴る前から朝食の準備や買い出しをしていました。デンパ様ごめんなさい、寝坊してしまって……」


 モスグリーンのフードの中でしゅんと下を向くロゼ。

 しかし形の良い胸は常に上向きで反省しているようには見えない。


『なんたるわがままっ!』


「……本当に、ごめんなさい」


「や!? いや、大丈夫大丈夫。俺も寝坊したし、そんなに謝らないで。それよりどうするかな、昼まで我慢して外に行ってみるか?」


 デンパは早口で誤魔化したが、ロゼには心の声が聞こえている。

 体が熱くなるほど恥ずかしくなる一方で、デンパが寝坊についてまったく気にしていないことも伝わり、ほっとする。


「はい……!」


 安堵の笑み。それは柔らかな春の木漏れ日。


『おおーシンプル可愛い』


『――そろそろ行こうよぉ――』


 二人の空気で干からびそうになったエルマからの呼びかけ。

 現在の隠密度合いは、具体的な男女の別や顔立ちなどがぼやけてしまう程度に設定されている。

 エルマ以外の人には甘い空気が漂わない親切設計である。


「どうだい、そこのお兄さ……人たち。少し見てってくれよ」


 門へと向かう二人を見かけた行商人が、目を光らせながら声をかける。

 少しだけ首をかしげつつ、お客さんには違いないと、ゴザに広げた宝石の上で両手を大きく広げ、


『――すしざ○まい』

「ん?」

「あ、いえ……」


 ご覧あれと。

 途中でデンパの反応が出たため、行商人も小さく反応する。


「わあ! すごく綺麗、です……」


 ロゼの瞳に濃色の輝きが灯る。


 琥珀色、瑪瑙色、樹脂が溶け合ったなんともいえない石のなか、デンパの世界でのタンザナイトに似た石がある。


『お、これはロゼに似合う……なんて言えない』


 聴こえている。


 口元は隠密効果でぼやけているから、イチャコラカップルの会話にしか見えない。

 独り身の行商人に『爆殺』のギフトがあれば二人はミンチ確定だ。


「さすがはお客さん、お目が高いね! こいつは〝アイセリアン〟を職人が研磨して仕上げた宝石だぜ。産地はもちろん〝エグゼビアのつの〟だぜ!」


 セガイコの町の北部を囲うサントーノ森林を越え、さらに北に向かうと〝風と氷雪のグラシアン連峰〟がある。

 その連峰の向こう側、極寒の地で採掘される宝石の名を〝アイセリアン〟という。

 深い青の輝きを持つアイセリアンは『永久』という意味を持ち、王族や貴族たちが好む宝石の一つである。


「エグゼビアって西の帝国ですか?」


「そうだ、あの領地は地図で見ると西の帝国が王国に突きつけた角のような尖っているから、エグゼビアの角と呼ばれているんだ。ちなみにアコーズ王国側では頭をすっぽり囲うグラシアン連峰のことを〝アコーズの兜〟と呼ぶ。ここは試験に出るぞ」


 急に高校の先生になる行商人だが、冒険者の昇級試験で筆記問題としてよく使われる話なので、嘘ではない。

 大陸の地図を広げると、エグゼビアの北東部――デンパたちからすると北西部は、海に面しており、細長い平地と山麓、連峰と並んでいるため、角のように見えるのだ。


 ここ数十年、エグゼビアは西部をたいらげ、次に目を向けるのは豊かな土地が広がる南部である。

 東部進出を阻む形に位置するアコーズ王国とは同盟を結び、グラシアン連峰の南部――山麓から平地にしっかり変わる場所を中心に交易を行っている。


『さすが行商人、物知りだな』


「そうだろそうだろ、それでどうだい? 隣の彼女にアイセリアンを。少し小さいから相場は銀貨5枚だけど、俺はお客さんのことを気に入ったし、そうだなぁ……銅貨8枚でどうだ?」

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