第17話 赤みの入ったオレンジ色のツインテール
「スコシナオリという薬草の採取依頼が、袋いっぱいで銅貨1枚。ワリトナオリ草だと袋いっぱいでいくらだ?」
デンパはスマホを覗き、ワリトナオリ草の数を見て首をひねった。
スコシナオリ草は生物分類学上、ナオリ科スコシナオリと呼ばれ、その他にワリトナオリ草やスゴクナオリ草など薬草として重宝されている植物である。
『――@マスター@ロゼ:えっとねぇワリトナオリ草が銅貨5枚分、スコシナオリ草が銅貨4枚分あるよぉ――』
エルマのナビは優秀だった。
「そういえばグドマンさんが、割の良い依頼は朝一番じゃないとダメだって言ってましたね。それからスコシナオリ草にそっくりな雑草でナオラナサ
葉っぱの形が丸くて小さいのがナオリ科系植物の特徴で、ナオラナサ草は葉っぱの形がやや三角に尖っている。ナオリ科系植物と一緒に群生しているため、選別にはかなり時間がかかる。
もう一つの依頼であるグリーンラットは、臆病で草原のなかでは見つけにくく、またすばしっこいため1匹を狩るのに時間がかかる。
「えぇ……グリーンラットの肉は10匹で銅貨1枚。なんだか微妙な依頼ばかりだな」
どちらも労力のわりに対価の少ない依頼内容だ。
「なるほどねー、こっちの赤い紙はなんだ?」
依頼板の隅の方に、数枚の赤い紙がピンで刺してある。
「赤い紙は危険度の高い魔物狩りや達成難易度ものばかりだそうです。塩漬け依頼……ってたしかグドマンさんが」
今はエルマが沈黙しているため、グドマン情報に頼るしかない。
ふーんとかへーとか言いながら、デンパが赤い紙を眺めていく。
当たり前のように文字を読むデンパだが、電磁界と一緒に与えられた転移特典の一つである。
「……あ、アーマーベア討伐って、報酬が最大で金貨1枚だって。〝最大〟ってなんだ?」
あいまいな値付けが気になるデンパ。
「ええっと……」
そこまで細かいことはグドマン情報でも教えてもらえず、ロゼも首をかしげるばかり。
『――@マスター@ロゼ:……単純な討伐依頼の場合、銀貨2、3枚が相場となり、部位ごとに別途報酬が上乗せされることがあります。アーマーベアの皮や肉、胆のうや手のひらは、保存状態にもよりますが、銀貨1枚から3枚程度の報酬になりますぅ――』
人を紙のように引き裂く異常なほど発達した右手の長い爪が無傷なら、さらに上乗せドンである。
スマホの画面に白抜きのテキスト……の後ろで本を読み上げるエルマがいる。
「エルマぁ……!」
「教えてくださってありがとうございます、エルマ様っ!」
『――@マスター@ロゼ:べっ別にAIとしての仕事をしただけなんだからねっ!――』
赤みの入ったオレンジ色のツインテールのカツラをかぶったエルマが、『勘違いしないでよねっ!』と書かれたプラカードを持っている。
「たぶんあれかな~? ぐらいにしか伝わらない薄いツンデレキャラはやらない方がいい。全国ツンデレ
惣流や式波の違いもわからない奴に、ツンデレキャラを語らせない。
強い意思がそこにあった。
『――@マスター@ロゼ:……ボクが思ってた以上に辛口の評価。じゃあ、気を取り直して……こほん! アーマーベアの脅威度や冒険者たちの事情について簡単にレクチャーするから聞いてねぇ――』
画面に更新マークが表示され、純白のトーガのエルマが説明を開始する。
まずは報酬については過去事例を使って。
銀級冒険者1名と銅級冒険者5名のパーティで討伐に成功したときは、死体の損傷が激しく、その重量から持ち運びに時間がかかり、銀貨8枚だったことがある。
『――@マスター@ロゼ:銀級冒険者は王都を中心に活動していて、田舎にはめったに来ないだってぇ。だからアーマーベアが目撃したら気をつけてねぇって警告を含んだものなんだよぉ――』
グドマンも苦労している高等級冒険者の王都集中化問題について、エルマは語る。
銅級のベテランが銀級の昇級試験を受けるために王都に行く。
田舎者にとって、初めて行く王都は最高でしかない。
王都のギルドもなるべく優秀な人材を囲い込みたいという狙いから、銀級に昇級した冒険者らを全力で優遇する。
そのため、引退間近に銀級冒険者が故郷に錦を飾りに帰ってくるケースを除けば、森林や山地、そしてダンジョンから魔物が一気に溢れる現象〝魔物大暴乱〟の予兆でもない限り、高等級の冒険者が来ることはあまりないのだ。
「サントーノ森林でそんなことあったらヤバいな」
サントーノ森林の場合、小規模の魔物大暴乱は数年周期で起きている。
予兆としては、普段は森の奥まで入り込まないとお目にかかれない強い魔物が、森の中ほどに痕跡を残し、中ほどにいる魔物が森の浅い部分に強い魔物に押し出されるように出没するようになる。
森に入る冒険者たちは異変を感じ取れば、すぐにギルドマスターに報告を行い、ギルドと騎士団で調査隊が組まれる。
王都への救援要請はこのタイミングで行われ、町一体となって危機に備えるのだ。
『……あ。こういうの次の発言がフラグになるやつだ。「まっさか来たばかりで魔物大暴乱が起きるはずがない」とか「森の奥からドラゴンが出たり……ないわな」って思っても絶対に言わないでおこう』
そういうことは言わないが吉、デンパは考えを打ち消した。
『――@マスター@ロゼ:それで次はぁ……――』
二人にしか聞こえないエルマの説明に耳を傾ける二人の姿は、はたから見れば赤い紙に手を出そうかとじっくり考えている無謀な新人たちだ。
特に討伐依頼の出ているアーマーベアには強い興味を抱いているようにも見える。
「……アーマーベア」
エルマの説明を一通り聞いて、ロゼは森で出会った熊さんのことをあらためて思い出し、身震いした。
「あのデカい熊、ああいうのが何頭もいるのかな。こわっ!」
ぼそりとデンパが呟くと、
「おいおいおい、新入りのくせに大物狙いなんかやめとけよ?」
「そうだぜ、お前ら新人は草原でグリーンラットと追っかけっこしたほうがいいって」
前日に酒を飲みすぎてこめかみをほぐしている男と、大斧を肩にかついだ大男が話しかけてきた。
二人もデンパと同じ遅刻組である。
『あ、異世界テンプレきたー! 1、イキって歯向かう、2、問答無用でチンする、3、先輩の助言に従う、か』
デンパに浮かぶいくつかの選択肢。
助言に従うもなにも、草原に行くつもりだったが、
『でも冒険者って舐められたらおしまいだよな? ……2番の先輩たちをチン、が正解か?』
別の選択を考える。
「あ? なんだって?」
デンパの心の呟きを聞き逃した大男が耳を向ける。
『イキって歯向かって……が出来る根性はないし、なにより話の流れであの場所まで行きたくない。というか死体ならエルマがまだ持ってるよな……だいぶ素材になってるけど肉はまだ――』
一人の世界に入り、熊肉は美味しいか? 電子レンジの加熱処理で美味しくなるか? つらつらと味について考えだした。デンパは朝食前だからお腹が減っている。
『レンチンだと……水分が飛んで肉が固そう。右腕の爪はないし、そもそも依頼を受けてないけど、熊肉の納品ってできんのかな? この人たち、教えてくれるか?』
二人の男らを順に見て、また電子レンジへと考えが戻る。
軽トラサイズの大熊が入った巨大な電子レンジ。
ブオーンという機械音とグルグル回るアーマーベア。
チン! という音で扉が開き、眼孔から血涙を流したほっかほかのベアが――召し上がれ。
『うわっ、グロい。不味そう』
デンパの想像は、映像となり彼らに正しく伝わる。
ホラー映像への耐性は人それぞれ。
反応は違えど、目の前に血みどろの熊さんを幻視したら、
「おおおおぉうッ!! あれ……?」
「ッッッッダアアァ!? ダ、ん?」
思わず大きくのけ反り、盛大に叫ばざるを得ない。
どちらからともなく、顔を見合わせ同時にごくんと頷く。
「……ま、まー、それでも行くってんなら自己責任だぞ」
「……そうだな、うん。別に新入りだから心配しただけでな、冒険者は自由だぞぉ」
今さらではあるが、彼らはベテランの銅級冒険者である。
危機察知能力をきちんと兼ね備えているベテランである。
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