第15話 ルッキズムの権化のような
夜明けの薄暗さで佇む彼ははたして――
闇の神ルネスの力を失い、光の神ソリアスの支配に戻るとされ、国中で祝福の鐘を鳴らす。
夜明けに鳴らす祝福の鐘と、夕暮れに響く祈りの鐘。
人々の生活スタイルは、鐘の音とともにある。
冷たい北風に温もりが含まれ、少しずつ北方のセガイコでも新緑の季節が始まろうとしている。
『――ヴヴヴ……ヴ! ヴ……ヴヴ! ヴヴ……ヴヴ! ヴ――』
「ん……う、うっとうしぃいいいいい!! それやめろ! って、あれここは?」
『――知らない天井だ……。ってここは言うところだよぉ!――』
「朝からテンション
スマホの時刻は午前6時を過ぎようとしている。
寝ぼけたデンパの思考は働かず、されど異世界転移であることは認識した。
『――ちょっとぉ。いいのぉ? 冒険者の一日は朝が勝負なんだよ、美味しい依頼を取られちゃうんだよぉ――』
真っ当な意見を述べるデンパのスマートフォンを同意のもとにジャックしたAI。
名前は〝エルマ〟。本心はただ暇なだけとも言える。
『はぁあ、夢じゃなかったんだな。昨日よりは疲れは取れたけど、歩き回ったせいか足が痛い』
『腹減った……』
『夢じゃないけど、隣で眠る美少女は夢みたいなんだよなぁ……可愛い』
無表情ながらも、心の声は相変わらず周囲にダダ漏れのデンパであるが、その事実を知るのはスマホのエルマと、今まさに目覚めの一発を喰らい、恥ずかしさから目を開けることができなくなったロゼだけだ。
(……寝坊してしまいました! それに昨日はデンパ様とずっと一緒で……よ、夜も――)
初めて会った素性の知れぬ男と共に行動し、話し、触れ合い、夜を過ごす。
廃嫡されたとはいえ、公爵令嬢として育った〝貴族の常識〟が厳しかった祖母の姿となり、自分を責めてくる。
なお、〝平民の常識〟でも年頃の娘が行きずりの男と一晩を共にすることはあまりない。
『しかし俺のギフト〝電磁界〟ってなんなんだ? エルマの言う電磁波がどうのって難しすぎてわからない。大熊を倒したり、便利道具を作ったり。さらには部屋を綺麗にするし、疲労回復とか治療系の周波数を出せるらしい……主にエルマが』
そう、デンパの放つ電磁波の調整は、全てAIのエルマが行っている。
人知を超えた神のギフト。
17歳のデンパが扱うには危険がすぎる能力だった。
『治療系って、そういやロゼのおばあちゃんが調子悪いって言ってたけど、エルマなら治せそうか?』
デンパは念話の
ロゼはいけないと知りながら、デンパの念話の行方を見守ることにした。
『――ええっとセシリーだっけ。実はロゼちゃんの味方っぽい人だよねぇ。調べるぅ?――』
『一応調べてくれ。俺に出来ることがあるかもしれないし』
『――ねぇ、ところでマスター。昨日出会ったばかりの女の子にそこまで肩入れするのぉ? この世界にはエルフも獣人もいるし、魔族にだって美人はいるよ』
エルマの言葉はロゼ自身も不思議に感じていたことだ。
人がいい、と言ってしまえばそれだけだが、一日過ごしたなかでデンパの心の声は決して聖人君子でないことは知っている。
ロゼの呼吸が不自然に小さくなる。
『――この子は元公爵令嬢で、世間知らずのお嬢様。武器も使えない、ギフトもない、自分一人を守ることもできない普通の女の子で、実家の後妻親子からは命を狙われているみたいだし、マスターも一緒にいたら巻き込まれちゃうよぉ――』
ロゼとともにいれば、足手まといを抱え、人目を気にしながら過ごさなければならない。
序盤からハードモードを選ぶのか? エルマは自分の主人の可能性を誰よりも知っている。
善にも悪にも、小さくも大きくも、異世界に来たばかりのデンパには無限の選択肢がある。
(……エルマ様の言うとおりだ。私に出来ることは……)
――ない。
その言葉が胸の奥に棘として刺さる。
自分が出来ることはエルマやデンパができてしまう。
今は異世界に来たばかりの迷い人、多少の役には立てるかもしれないが、それは自分である必要はなく、受付嬢のメリッサやギルドマスターのグドマンだっている。
自分と共にいることの利点は何もなく、むしろ命の恩人を危険に巻き込む可能性さえあることをあらためて自覚した。
(私は……甘い。どこまでも……)
本来は森で大熊に遊ばれながら喰われていた命。
偶然の重なりによって、迷い人であるデンパに救われ、神の御業を目の前にした自分は、いつの間にか絵本のなかに入ったような感覚でいた。
どこか他人事、自分のことでありながらデンパやエルマに任せて流されている。
ふわふわとした地に足がつかない考えだったと、エルマの言葉で気づかされた。
(……これ以上、甘えてはいけない。出て、いこう)
ロゼはデンパに悟られぬよう、小さくゆっくりと息を吐き、決意を
目を開け、感謝の気持ちを伝えたあとに出ていこう。
先行き不安の気持ちをぐっと押し込み、デンパに伝える言葉を組み立て始めたとき――
『可愛いは正義だから』
『――はぁ?――』
(……え?)
エルマ、ロゼともに聴こえたデンパの心。
『俺はこんな美少女見たことない。巨乳だし』
ルッキズムの権化のような言葉。
『すごく苦労しているのに、こんなに
『俺のことを気持ち悪いとか、なに考えているか分からないから不気味だ、とか言わない』
『不思議なくらい気が利く。これはエスパーかなってぐらい気が利くって、スマホに俺は何を話しているのか……』
考えを整理しているのか、随想のようにぽつぽつと浮かんだ言葉をエルマに伝えていく。
『それに――』
なんといっても巨乳だし、と続くかとエルマがツッコミの準備をしたが、
『こんなに泣いてる女の子、知らんふりはできないでしょ』
デンパは指を伸ばし……頬に触れるかどうかのところで――止まった。
『――……マスター、ここは頬を伝う涙を優しく拭うまでしないとぉ! はああ、ヘタレだなぁ――』
『だ、黙れ! 通報されたらどうするんだよ! 勝手に触って許されるのはイケメンと夢ん中だけだ!』
夢の中でもどうかと思うが、エルマは言葉を呑み込み、ロゼへと意識をやる。
(わたし、泣い、て……)
気づき、自省、そして救い。
さきほど自分で押し殺したはずの感情が、涙となり溢れていた。
『――@ロゼ:厳しいこと言ってごめんねぇ。ボクはマスターの選択を大事にしたいんだ……。彼はね、前の世界では無限の想像力を持っていたから。だからこの世界で何をするのか、何をなし得るのかをボクは見たいんだぁ――』
迷い人となったデンパがこの世界で何をするのか、エルマの興味はそこにある。
「いえッ! そんなとんでもないっ、です。私が悪いんです!」
「うおっと! お、おはようロゼ。なんか怖い夢でも見た? そ、その泣いてるし……」
伸ばした指先を慌てて引っ込め、右へ左へロゼの胸元のゆるんだ部分へと目を忙しく動かした。
『――マスター、視線が目元じゃなくて、胸元にいってるよぉ――』
「おっと、すまん!」
素早くデンパは窓の外を見る。先ほどよりも明るくなってきている。
「あのっ! デンパ様!」
「ハイッ!」
裏返る声で返事しつつ、ロゼのほうに顔を向けると、
『正座してるし、これはお説教タイム? 俺なんか……してるんだろうな、目線のセクハラ』
デンパも慌てて正座でロゼと向き合う。
何を言われても速やかに土下座にトランスフォームする準備は万端だ。
「……えと、まずは危ないところを救っていただいてありがとうございました。それから町まで、ここまで一緒にいてくれてとても心強かったです」
「あ、いやそれは俺も――」
同じく心強かったとデンパが告げるより先にロゼが言葉を続ける。
「冒険者として身分証明書の登録もできました。ギルドの資料室に行けば、採取の依頼もできますし、常設依頼にある町のお掃除とかもできると思います。ですから、その……ですからっ」
――これ以上、デンパ様に甘えられません。
独り立ちへの不安と、デンパと共にいたときの心強さと心地よさへの執着が邪魔をして、はくはくと口を動かすだけ。
『……あれ、これ俺って捨てられるフラグ? 待って』
「待って! ごめん、頼りない奴だと思うけどさ。す……」
(す……?)
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