第14話 電磁界
「いやぁー食った食った! さて、そんじゃそろそろお開きにするか!」
『――うんうん、ボクもグドマンから色々と話が聞けて楽しかったよぉ――』
エルマが生身であれば、かたい握手を交わして互いに頷きあう程度には打ち解けていた。
「んで、お前ら宿はどっかとってんのか?」
「宿……?」
勇者がお姫様を連れて一晩をともに過ごすあの場所のことである。
デンパとロゼ。
共に目を合わせ、デンパは薄く、ロゼはしっかりと顔を赤くする。
『――いやいやマスター達、お互いを意識してる場合じゃなくて、今日の寝る場所はどうするのぉ? まさか野宿するつもりぃ?――』
「野宿は嫌だ。けど、考えてなかったな」
「……すみません、私もです」
「はあぁ、んなこったろうと思ったぜ。んで、おそらくだがギルドの施設にも泊まるところがあるって話も忘れてるんだよな?」
これだから貴族は。世話が焼けると思いつつ、グドマンはヒントを出した。
「……あ」
『何の話?』
きちんと聴いていたロゼと、脳内でマイムマイムを踊っていただけのデンパで、反応がそれぞれ。
「あの、グドマンさん。ギルドの宿泊施設って……今からでも借りられるのでしょうか……?」
「ああ、緊急時や職員の仮眠で使う以外はだいたい空いてるし、今日も使えるぞ。たしか……石級だと一パーティで銅貨3枚だ。でも二人だからって、壁は薄いし近所迷惑なことはやめろよ?」
ロゼの手持ちは銅貨5枚。
宿泊施設を利用すれば銅貨は2枚。明日の食事1回分で綺麗になくなるド貧乏となる。
お金の問題はさておき、ロゼのなかで葛藤が生まれる。
(未婚の私がデンパ様と同じ部屋で過ごす……)
貴族社会において、未婚の女性は婚約者を除いてみだりに年の近い異性と交流してはいけない。ましてや一晩を共にするなどもってのほかである。
『なりませんよ――』
耳朶を打った祖母の言葉が今もなおロゼの鼓膜に残っている。
『いけません――』『ありえません――』『ダメッ!――』
腰に手をやって首を横に振るお祖母様、両手をバツに交差させるお祖母様、フラメンコの決めポーズに合わせてダメッ! と動くお祖母様。
ぶんぶんと頭の中のお祖母様を振り払い、ロゼはグドマンに銅貨3枚を渡す。
いま、自分は平民なのだ。貴族の常識なんて関係ないッ!
――なりませんよぉぉぉぉ……お祖母様の声は小さく消えた。
「はいよ、んじゃそこの裏口から進んだ先に小屋があって、入って右手の6人部屋を使え」
当然のように鍵はなく、セキュリティはがばがばだ。
「はい、では行きましょうデンパ様」
「えっ、あ、はい?」
完全に一人出遅れていたデンパは、ロゼに手を引かれながら裏口への向かった。
「はあ、やれやれ……」
二人を見送り、ため息混じりに握った銅貨3枚を見やる。
「ずいぶんとお気に入りの様子ですね」
酒場の親父がグラスをグドマンに差し出す。
「俺も波乱万丈な人生だったが、迷い人にあの聖遺物。それにあの少女もどっかで……はぁ~面倒くせえことが増えそうだ」
詳しい事情はどうであれ、支部が面倒に巻き込まれるようなことがあれば管理している自分が面倒くさい。
一方で、世間知らずの若者二人だ。
気のいいおっさんとしては世話を焼きたいところもある。
『――@マスター@ロゼ:グドマンはねぇ、口では面倒って言いながらも色々と助けてくれるタイプだよぉ。どうするぅ? 困ったときは問題丸投げしちゃう?――』
人の善意は全力でしゃぶりつくす。AIに情けはないのか。
◆
ギルドを出ると、ギルド内の明かりが中庭を薄く照らす。
風が静かに吹き、草木の揺れる音がする。
人が何度も行き来することで踏みかためられた道の先には、木造の質素な作りの小屋がある。屋根の一部が剥がれ、古い板壁は年月の経過を感じさせる色あせた茶の木目が浮き出ていた。
「人の気配がないというか、静かというか」
「外から来る冒険者は宿に泊まりますし、地元の皆さんはそれぞれ住む場所があるようです。最近は新人もいないので普段はあまり使われていないそうですよ」
ロゼは受付嬢の話を思い出しながら、デンパに説明する。
「あ、あそこに井戸があるな」
ギルドと小屋の中間地点に近い場所。
石で囲まれた円形の井戸があり、その縁には束ねられた縄と手桶が置かれている。
『風呂とか……ないか』
小屋の手前に、木製のたらいがあり、そのなかに乾燥した石鹸と綺麗とはいえない木のブラシが入っている。貴族や商人のなかでも風呂をもつ者は少ない。
スマホの明かりを頼りに、小屋へと一歩ふみだすと人の重みで床がきしむ。
指定された部屋をスマホで照らすと、6人が寝るには少々狭い広さの何もない空間があった。
「……ベッドもない、家具もない、本も机もなんにもない」
おらこんな小屋いやだぁ~っとデンパのいた国のラップの元祖と呼ばれる歌をBGMに、窓から入る微かな明かりと、スマホの強い光を使って部屋中を確認する。
「――ゴホッ! ゴホッ!」
デンパのあとに続くロゼがむせた。
「大丈夫か? とりあえず天井にスマホを吊るして……」
『――ちょっと待ってよぉ。ボクを吊るすよりも、正しい使い方をしてくれると嬉しいんだけどぉ――』
原始的なスマホの使い方に不満を唱え、エルマはデンパから溢れる周波数の調整に入る。
『――えっと、まずマイクロ波を軸にして……マスター、出して――』
「何を出せと?」
『――ああ、使い方わからないんだった。えーと、電波出ろーっ! って念じてみてぇ――』
『電波出ろって。あ、ギフトの使い方って念じるだけでいいのか。あとはエルマが調整してくれる? ――デン、パ!』
ツピーーーーーーッ!!
デンパの目から怪光線。
『――マスター、部屋の隅々まで光を当てるように顔を動かして。うん、おっけぇ。あとは、ロゼちゃんの方を向いて――』
ツピーーーーーーッ!!
「きゃっ! ――ほっ、ほへえぇぇ……」
暗がりのなか、謎の光を向けられたロゼ。
身体中を駆け巡るピリピリとした電流に耐えきれず、人にはお見せできない顔を晒しながら、その場に屈服する。
『うお、エッロォ!?』
「じゃなくて! ごめん、ロゼ大丈夫か? ――なあエルマ、これ大丈夫なのか?」
デンパの紳士な部分が、ロゼの痴態を一瞬で脳内におさめたあと、目をつぶることで視界から消した。
『――ダイジョーブ、ダイジョブヨー! コワクナイヨー――』
「おい」
『――もぉ心配性だなぁ。いいから窓に顔を向けて自分に光を当ててみてよぉ――』
百聞は一見にしかず。説明するより、自分で体験しろと。
「……こうか? ってマブしッ!!」
窓に顔を向けると、怪光線が窓に跳ね返ってデンパを包む。
『……うわ。温かい? 皮膚が小刻みに振動している? ――ッ!? あ、落ち着く……りららららぁ、りららららぁ――』
デンパのギフト〝電磁界〟。
AIであるエルマがスマホと同期することで、周辺に撒き散らしている有害無害な電波に指向性を持たせて照射する。
部屋中に舞う埃や壁についたカビ、微生物を除去し、さらには、人体にある水分を小刻み振動させて熱し、血流を良くし新陳代謝を促す。
古い角質を浮いてきたところを、熱エネルギーで除却する。
同時に定周波やマイクロ波を全身にあて、慣れない歩きによる筋肉の血流を改善し、炎症や筋肉痛を緩和させ、リラックス効果を発生させる。
家政婦と銭湯と整体師の仕事を奪う怪光線。
この光を浴びて立っていられる剛の者はいない。過去にこの光を浴びた者もいないが。
綺麗になった部屋、何もない部屋。二人きりで過ごす初めての夜。
早朝に出会い、一緒に森を散策し、酒場でメシを食い、場末の宿で夜を過ごす。
二人に芽生えた小さな揺らぎはゆっくりと波紋のように円形に広がっていく。
『――あららぁ。マスターも寝ちゃったのか、それじゃあボクのお仕事は終わり、かな? 彼らが起きるまで何をしようかなぁ♪――』
デンパの握るスマートフォンの画面からおもむろに光が溢れ、小屋の外まで明るく照らす。
しばらくして光が止み、スマートフォンは電源が切れたように沈黙した。
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