第12話 アリよりのアリかも?
無謀な新人かどうか見極めねばと、受付嬢はあらためてロゼとデンパに鋭い視線を向ける。
(よく見ると、ロゼという子も顔立ちが整っているわね。なによりも私にはないものを持っている。そしてずっとぶつぶつ呟いているこの男……)
動機と思考の不一致が生じるのもまた人である。
ふとデンパと視線が交差する。
「あ、ども……っす」
『あ、この人、パッと見わかんなかったけど、近くで見たら……超美人』
隣に座るロゼの心をチクりと刺す何か。
(……この感情は……なんでしょうか)
チョロイン属性がガンギマリになりつつあるなか、ロゼの心情そっちのけで受付嬢の生実況は続く。
『帽子、ジャケット、スカートは全て青。花を模したダマスク柄の刺繍が美しい。さらにジャケットの下に着た白いブラウスと相まって清潔感がすごいな!』
「ッ! ……あの、そんなに見られるのはちょっと困ります……」
受付嬢も頬を赤らめ下を向く。
デンパの電波は真っ直ぐに心に刺さるのだ。
(やだ……なんかさっきまで失礼だし、口元を動かさずにが話す不気味な男だと思ってたけど――お貴族様の可能性高いし、顔とかタイプ。――アリよりのアリかも?)
受付係はギルドの顔。
褒められるのは嫌いじゃない。
田舎のギルドで良縁なんてないから、神に祈るしかないと諦めてはいるものの、いつだって玉の輿は大歓迎だ。
(……それにこの娘、気が弱そうだし、強気で攻めれば正妻もいけるのでは?)
もちろん出自はギルドの情報力を使ってしっかりと調査する。
たとえデンパが家出息子であっても、子供ができれば貴族の御曹司、自分はその母親である。
『ふむふむ、頭は良さそうだし、クールビューティってやつだな。モテそうだし、ギルドのなかでも競争率はさぞ高いんだろうなぁ』
(ふふっ、そんなことあるけど。――これは勝ったわね)
よく分からない言葉もあるが、褒められていることは伝わるものだ。
受付嬢の鼻は高く伸び、ロゼの背中はだんご虫のように丸まる。
デンパの賛辞は続き、受付嬢の鼻が最高に伸びたとき――
『ま、顔は美人さんだけど、やはり……。うん、俺にはロゼがいるし、冒険者さんたち頑張って!』
デンパの視線が『やはり……』のタイミングで顔から胸へ、そしてロゼの顔……ではなく胸へと直行する。
無表情な男の思考は最低ムッツリ野郎であった。
「……は?」
絶壁の絶対零度。受付嬢の顔が般若に変化した。
上げて落とす。
所詮は胸か? 胸の脂肪で決めるのか? ああん? 受付嬢の瞳に煉獄の炎が
不躾な視線と心に刺さる電波のせいで、デンパの好感度は『ナシ過ぎて
『いや着やせするタイプだったら?』『揺れるか揺れないか、そこが大事』『俺は巨乳派!』
デンパは持たざる女性たちの魅力を知らない。
巨乳が種類のラノベばかり読んできた弊害が起きている。
(……この男ほんと最低。だいたい口を動かしていないから私が言ったところで『俺はそんなこと言ってない』ってしらを切る気なんだわ。貴族って言質取られないための言い回しを学ぶって聞くけど、こういう腹話術みたいな技術まで学ぶのかしら。バカじゃないの! もう!――)
周囲でちらちらとコチラの様子を窺う人がいなければ、すぐにでも手持ちのペンでこのムッツリ無礼者の脳天を思いっきりぶっ刺してやるのに。
受付嬢のぶっそうな考えもまた、心の中から外に出ていないのでセーフである。
(だいたいさ、そんなに大きい大きいって――嘘でしょ、大きい!!)
受付嬢はロゼの一点をまじまじと見て、視線が固まった。
背中が丸まれば、姿勢は自然と前へと傾く。
隠密ローブの前は開き、ワンピースも首元はゆるいため真正面の受付嬢からはしっかり見える。
淡雪のように透き通った肌は雄大な山々と谷をなし、その深さをくっきりとした影が強調する。
84、85、86…………90ッ、91、92……バカなっ! ――――!? 受付嬢のスカウターの数値が止まらない。
デンパのポンコツスカウターでは推し量れない、受付嬢――女性目線のスカウターが限界に達したとき、
「――くっ……それでは、良い冒険を!!」
ギルドお決まりの言葉を捨て台詞に、ダンっと机を叩きつけながら席を立ち、早歩きで受付嬢はバックヤードへと下がった。
受付嬢に止めを刺したのは、デンパの電波ではなく、戦闘力53万の天然美少女のロケットであった。
『――@マスター:あらら。マスター、あまり女の子の体をじろじろ見るのはキモいから気をつけてねぇ――』
『え! もしかしてバレてた?』
『――@マスター:目は口ほどに物を言う。マスターの目はとってもエロくて多弁なんだよぉ――』
『マジか、もしかしてロゼにも伝わってたり?』
おそるおそるロゼの顔色を窺えば、彼女の耳がじんわりと赤く染まっていく。
「えと、目が勝手にセクハラしてすみませんでした」
自分は悪くない、男の
人が何かのせいにするとき、それが異性だった場合は『彼女に嫌われたくない』という感情が働くことがある。
ラノベを読みふけり、人との会話よりも妄想世界のキャラとの会話を楽しんでいた電波系男子には珍しい対人感情である。
『……俺、必死すぎかよ。なんでだ? 俺ってこんなキャラだっけ』
コミュ障かつ童貞のデンパに、この言い訳の源に何の感情が眠っているのか。
『あ、セクハラって言葉が分からないかもしれない』
『でも隣に座る彼女の谷間が……っていかんいかん!』
『鏡がないからどんな顔をしているのか分からんが、俺の表情ってそんなに読まれることある!?』
その感情に気づくには時間がかかりそうだった。
「セクハラ? という言葉が何か分かりませんが、私なんかに謝らないでください。私に出来ること……なんてないかもしれませんが、精一杯頑張ります!」
デンパの謝罪に対し、自分に出来ることは少ないと恐縮するロゼ。
世間知らずの無能の自分。
不細工で豚のような体型と言われた自分を真っ直ぐに見てくれるデンパ。
命の恩人で、何かと自分という存在を気にかけてくれる優しい人。
(命の恩人です。……拒絶されるまでは恩を返すまで一緒にいないと、です)
一人では何も出来ないことを痛感し、ロゼは『命の恩人に恩を返す』という名分で己の甘さ、私なんかが恩返しなんて図々しい、おこがましいという非難の声に蓋をする。
「さて、と。それじゃあメシでも……って金がないな」
「そうですね。……壺の弁償代、少しオネリー先輩に待ってもらえばもう少しあったんですけど」
しょげるロゼ。
なお、本日のオネリー先輩の予定だが、冒険者姿の彼と一緒に街ブラしたあと高級宿屋で豪華なディナー、そのあとお部屋で一発……いや一泊デートでフィニッシュである。
「道中で採取した草をギルドに納めようにも――」
絶壁の受付嬢は戻らず、他のカウンターの職員は後片付けの最中だ。
どうにも話しかけづらい。
どうしたものかと、二人で顔を見合わせたところで、
「よお!
荒々しい声の持ち主、一人で飲んでいて寂しかったのか、それとも絡みたかったのか。
わざわざ食べ物まで用意してのお誘いだ。
『……エルマ、聞こえるか?』
デンパはエルマに念話を送るイメージで話しかけている。
音量は小さめだがダダ漏れだ。
『――@マスター@ロゼ:はーい――』
『うん良いお返事。じゃなくて! 人物鑑定みたいなの出来ないのか?』
『――@マスター@ロゼ:情報がないと検索できないよぉ。あーでも悪い人ではナサ草――』
『ナサ草はやめろ! 信頼できなくなるわ!』
男が声をかけてはみたものの、背の高い男は宙に向かって早口でぶつぶつと独り言。
少女はフードをかぶって固まっている。
「おーい、聞こえてるかー? そっちのお嬢ちゃん、どうだい? 腹は空かねえか?」
「え! あ、はい。あ、いえ……デンパ様、どうしましょう?」
少女に声をかけると、少女は背の高い男に確認する。
「あ、うん。エルマに確認したけど大丈夫らしい」
「そうですか、では行きましょう」
「そうこなくちゃ! うははっ、新人は素直が一番だぜ。まー、まずは一杯だ。なんか飲むか?」
男はそう言って、バーカウンター上部を指す。
「あの……お酒しかない? 水でいい、です」
この世界の成人は15歳以上、喫煙、飲酒、ギャンブルは許されているが、デンパの世界では『お酒は
「へえ、意外と慎重じゃねえか。いいねぇ初対面で酒を勧めてくるやつってのは、だいたい下心がある、覚えておきな。おーい、こっちの兄ちゃんに水、嬢ちゃんはどうする? ――ミルクか、わかった、おーい!!」
バーカウンターから一番遠い樽テーブルからでも通る大声。
酒場に来て酒を飲まねえ奴がいるのか? と、先に丸テーブルでおっ始めている冒険者達が注文をした男と、デンパ達を見る。
『これは坊やはママのおっぱいでもチュッチュしてな! とか言われるやつ!?』
『酒に飲まれた冒険者に絡まれるテンプレイベントくるか?』
(もしかして私たち絡まれる……?)
――…………。
しかし、なにもおこらなかった!
(ほっ……)
デンパの電波が伝播して、不安になっていたロゼが小さく息を吐いた。
「はいどうぞ。新人さん方、今度はウチの酒も飲んでくれよッ!」
ウェイターが水とミルク、男が注文していたらしい酒のつまみとして、ウッシの干し肉。
デンパとロゼにと、野菜スープと黒いパン。そして熱々のとろけるチーズとベーコンの巻かれた野菜スティック。
ずらずらと樽テーブルに並べられていく。
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