第11話 冒険者の信用失墜行為の禁止

(……これも全てはユグドラルの導きかしら)


 受付嬢は脳内でまだ見ぬ神にいい男を紹介してほしいと願った。

 人の思考はあっちこっちに自由に飛ぶ。


 ちなみに、宗教は創世の神ユグドラルが主神として世界を管理し、光のソリアス、闇のルネスが従神として支えていると言われており、神々を祀る教会は独立した組織として、各地に根付いている。


 冒険者といえば、ダンジョンや古代遺跡の探索や魔素の濃い場所に生まれる魔物を狩るという危険な仕事が連想されるが、実際のところは、町と村を行き来し手紙や荷物を配達する仕事や、商人の護衛、住人達のお使いや町の清掃など多岐に渡る。

 いわゆる何でも屋の役割を担っている。


 冒険者には等級があり、等級が上がるほど信頼と実績があると看做みなされる。


 国に対し有益であると認められた冒険者は、その活躍の如何によっては騎士爵、つまり貴族に成り上がることもできる。

 またデンパのような国籍や身分が定かでない者たちも、お金さえ払えば最低等級である石級の身分を得ることができる。


 冒険者のほとんどが、まともな教育を受けられない荒くれ者で構成され、その他に爵位や身代を継げない長子以下の貴族のお坊ちゃま方が一攫千金、英雄伝説に憧れて登録することがある。


 後ろ盾のない彼らにも出来る依頼はあるだろう。


(……一応ギルドマスターに報告しておきましょう)


 受付嬢は「はあ……わかりました」とつぶやき、


「頭を上げてください。手続きを続けます、お名前以外に分からないことや答えられないものは不明と記入してください。…………はい、では登録料はお一人につき銅貨1枚です」


 冒険者の登録はロゼとデンパの2名なので、銅貨2枚となる。

 屋敷を出るときのロゼの所持金は銅貨7枚、受付嬢に2枚を渡し、残りは5枚。


 元々は住み込みの職場を探すつもりであったが、冒険者として活動するには本日の宿代1名分にも満たない心もとない残額となった。


 ちなみに、今までの貯金のほとんどは先輩に弁償代として渡している。

 ロゼが背中を丸めて外に出るのを見たあと、じゃらじゃらと音の鳴る袋をもって小躍りしている侍女がいたとかいないとか。


『くう……情けねえ。冒険者になったらまずは銅貨をロゼに返すところからだな』


 世界の常識を知らないデンパは、元いた国での常識である『借りたものはきちんと返す』と心に誓う。なお、受付嬢にも聞こえているが、デンパの口元を見ていないため違和感を覚えることはなかった。


「はい、たしかに受け取りました。では、冒険者登録証を準備いたしますので少々お待ちください」


 絶壁の受付嬢がささっとお辞儀をしたあと、奥の部屋に入っていった。


 少し間が空いたあと、受付嬢が戻ってきて、


「ただいま登録証を作っております。この時間に冒険者制度についてご説明いたします」


 少しのお金があれば簡単になれる冒険者。

 条件が揃えば推定訳あり貴族のデンパどころか、なんなら現役犯罪者でもかまわない。

 登録の判断は支部のギルドマスターに委ねられている。


「冒険者が守るルールはただ一つです。とても重要なことなのでしっかり覚えておいてください」


 〝冒険者の信用失墜行為の禁止〟


 本ルールは、冒険者としての身分を登録してから適用され、依頼に関係しない行為や休暇中のプライベートな行為にまで積極的にひろく及ぶ。


「依頼の達成はもちろん、それ以外のことでもちゃんとしないとですね」


『逆に言えば、ギルドにバレなければ、もしくはギルドが信用失墜行為と認めなければ……』


 ロゼが姿勢を正す一方で、デンパのとんでもない考えがだだ漏れて――


「うぉっほん!! あー喉がいてえ、酒が足りてねえ証拠だな。おい親父ィ! こっちにエールと食い物頼むわ」

 

 バーカウンターから受付近くまで埋まってきた椅子に、音を立てて腰かけた男が大声を出した。

 荒々しい声に気を取られたデンパは彼を一瞥したが、また受付嬢の説明に集中する。


「……続けます。登録証の紛失は除名、登録した支部での再登録はできません」


「信用を損なう行為ですよね」


 ふんふんと頷くロゼ。


『別の支部での登録はできるんだな。ただ、それだけじゃないような』


 デンパの読みは当たっており、紛失後の登録証が悪用された場合は、落とし主も処罰対象として、厳しい処分を課されることがある。


「等級は、孤児や未成年者でも登録できる無級から始まります。なお、無級の冒険者は登録無料のため、ギルドの信用失墜行為禁止のルールは緩和されます」


『え、じゃあ15歳未満の無級冒険者を集めて犯罪者集団を作ることも可能?』


 ――こんなかに日和ひよってるやついるー? いねぇよなー!


 前の世界で読んでいた未成年暴走族の仲間の絆を描いたマンガを思い返す。


『あれ、最終回どうなったんだろ……? あとでエルマにみせてもらおう。なんかできそうな気がする』


「ここまでよろしいですか? ……無級冒険者は登録した支部がある町でしか身分の保証がなされませんので、ご注意ください」


 デンパの上の空は、目の前の受付嬢に筒抜けである。


「何をお考えか理解できませんでしたが、あまり変な気は起こさないようにお願いします」


 デンパの発想は、その町中に限定するのであれば実現は可能であるが、管理している貴族、ギルド職員、冒険者らも無力ではない。

 若い荒くれ者が徒党を組んだところで、元締めともども粛清するだけの武力があるのだ。


『力こそパワーの世界って、ガチ世紀末だ』


 デンパのいた平和な国との大きな違いだろう。


「はあ……。それでデンパさん達は石級から始まりますので――」


 受付嬢のなかで、デンパはあまり相手をしてはいけない人という認識になりつつある。

 早く説明して終わらせたい、そんな気持ちが説明を単調かつ早口にしていく。

 デンパが何を呟こうとも気にせずに、文章を朗読するマシーンに徹するのだ。


 無級から白金級まで冒険者には7種類の等級があり、数々の依頼をこなすことで冒険者の等級は上がる。


 無級から石級に上がるためには、15歳の誕生月を迎えたあとギルドに銅貨1枚を渡せば登録できる。


 石級、鉄級、銅級は、通常依頼をこなして実績を積み、昇級試験で合格することが必要。


 銅級から銀級に上がるには、より難易度の高い依頼をこなし、支部の推薦状を持って地域統括本部――この国だと王都に行き、昇級試験を受ける必要がある。


 白金級は英雄レベルでなかなかお目にかかれない存在で、合格基準は公表されていない。なお、等級を騙ることは一発アウトで抹殺される。


 例えば貴族詐称罪であれば、軽度のものであれば裁判を経て犯罪奴隷で済むこともある。


 一方で、冒険者の等級詐称は信用第一とする冒険者ギルドの根幹を揺るがすものとして、除名処分がなされたあと、すぐに専門業者さんがやってきてドナドナされてしまう。

 自業自得なので、悲しそうな瞳で周囲を見渡しても誰も助けてくれない。


 ドナドナされた者がその後どうなったのかは専門業者さん以外、誰も知らない。


『ドナドナドーナードーナー……怖い。等級のことは肝に命じておかねば!』


「それから当ギルドにある施設ですが――」


 その他、冒険者の依頼の受け方、納品の仕方、宿泊施設の利用方法、解体場や訓練施設の場所や使い方など細々とした説明が続き、デンパの頭のなかで睡魔たちと一緒にマイムマイムを踊りだした頃。


「お待たせしました。こちらがお二人の冒険者登録証です。どうぞ、ご確認ください。……デンパさん?」


「マイムマイ……はっ! あ、ありがとうございましゅ」


 絶壁の受付嬢の強めの呼びかけで、睡魔たちが散り散りとなって逃げ、よだれだけが取り残された。


「あの……登録手続き、ありがとうございました」


「いえ、先ほどは大変失礼いたしました。あなたたちは当支部では久しぶりの新人冒険者になります。くれぐれも無理な依頼を受けないようにお願いしますね?」


 一仕事を終えて、肩の力が抜けた受付嬢からの激励だった。

 新人冒険者は自分の力を過信し、難易度の高い依頼を受けたがる。そして誰の制止も聞かず、良くて大怪我、莫大な借金、最悪の場合は命を落とすのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る