第10話 なるほど……そういうことね


『ここが……』


 見上げるほどの石造りの壁、扉の上には盾のうえに剣と杖が交差した飾りをつけている。


 扉は開け放たれており、中にはお上品とはお世辞にも言えない男たちが、ジョッキをぶつけ合う音がそこかしこから聞こえてくる。


『酒くせぇ』


「う……お酒の臭いが」


 ロゼが思わず鼻をつまむほど、アルコールの臭いが充満している室内。

 受付カウンターの向こう側では、冒険者の応対をしている数名のギルド職員が座り、その後ろには扉が一つ。

 右手の奥には納品確認用の広い机があり、その近くに別の扉がある。


 正面奥には依頼板が設置され、左手の酒場は樽テーブルがずらりと並び、そのいくつかを冒険者らが囲んで酒だメシだと騒いでいる。


『おお! まさにラノベで読んだ風景だ。受付カウンターには美女がいて、それはもう素敵なバインバイ――』


 デンパの視線は自然と一番手前の受付嬢に移っていく。


『……ペタンペタン――』


「デンパ様?」


 余計な思念を察知したロゼの声色は無自覚ながら冷たく、低い。

 幸いなことに絶壁の受付嬢には聞こえていないのか、目の前の冒険者との会話を続けている。


「あ、いや……。とりあえず並ぶとするか、周囲の認知度を上げるには――」


『――右袖のボタンで調節してねぇ。あ、ロゼちゃんも一緒だよぉ――』


「はい……これですよね」


 隠密効果マックスでは、声はすれども姿は見えず。

 話しかけても夕暮れ時の不思議な現象として片付けられる可能性さえある。


 少しずつメモリを絞っていき――


「うわっ! なんだいきなり!?」

「おい、コイツらいつからここに立っていた?」

「いや、俺は前を見てたから……。いやでも気配なさすぎだろ」


 受付に並ぶ冒険者達が、気づいたらいた! というリアクションで、二人を認知し始めていく。

 明らかに余所者、背が高いが冒険者というには細身の男、フードで顔を隠しているが、一部隠しきれない主張をしているスタイルの女……いや、女の子。


「「「……怪しい」」」


 男の持つ獲物は、漆黒の大鎌。

 明らかに何人か殺しているような物々しさを持つどす黒い三枚の刃がぬらぬらと光っている。そして少女の武器はローブのなかに秘められしふたつの塊。


 突如あらわれた怪しい二人組を警戒する。


『あ、エルマ。この鎌、収納しといて。邪魔だわ』


『――@マスター:ひどい! 頼み方も雑だよぉ、よよよ――』


 エルマは泣きながら収納くんアプリを起動させ、大鎌を消した。


「えっ!?」

「消えた……ぞ?」


 ざわつく周囲、夕暮れ時だからで片付けられることもなく、しかしそれ以上の追求も出来ずな冒険者たち。


(思ったより目立ってしまいました……。このままデンパ様の心の声が出るとまずいです。うー、あれしかもう方法が……)


 ロゼは焦る。

 注目されているなかで、デンパの電波が拡散する前にエルマに教わった作戦を――ちょっとだけ恥ずかしい作戦をやるしかない。


『――@ロゼ:反対する理由は無い。やりたまえ――』


 薄暗いスマホの画面内で、サングラス姿のエルマが深刻な顔をしつつ、ゆっくりと両手を前に突き出し、指を交差させている。

 指先は軽く曲げられ、その姿勢からは厳粛さと重要な決断を示している。


 ロゼがエルマに教わった〝デンパに余計なことを考えさせない大作戦その1〟。


「で、デンパ様失礼します!」


「おっほう!?」


 大鎌を持っていない左腕に、ロゼがしっかり抱きついた。


『や、やわわわぁ……やわわわぁ……やわわわぁ……』


 効果は抜群だ。

 デンパの思考がほわほわした謎のオノマトペに支配された!


(は、恥ずかしい! ……でも、デンパ様の腕が温かくて少し安心します)


「チッ! イチャつくなら宿屋にでも行きやがれってんだ」

「コイツら、なんでこんなとこにいんだよ」

「ぐぅぅ……うらやましい――」


 大鎌が消える不思議現象を上塗りする、独身冒険者たちの心を殺す突然のイチャコラタイム。


 残念ながら別の意味で目立つことになった。


「……あの、そちらのお二人! あ、初めてですか?」


 いつものギルドと雰囲気が違う。

 いつの間にか受付に並んでいて、いつの間にかイチャコラを始めるバカップル。

 話しかければコクコクと少女が頷き、男は上の空。


 それでも受付嬢は受付のプロである。

 ふっと小さく息を吐き、口角を少し上げて、


「冒険者ギルド〝セガイコ〟支部へようこそ。今日はどのような御用でしょうか?」

 

 完璧である。


『絶壁である……』


「は?」


 受付嬢を中心に、周辺の空気が凍りついた。


『――@ロゼ:マスターの思考が戻ってきてるからもっと強く!――』


(あ、はい。ギューッ!)


『あっ! やわわわぁ――』


 エルマの指示で、密着を強め不穏な電波を阻止するも……突然のバカップルどもに見せる笑みはもうない。


「あの! すみません、冒険者登録をしたいんです。私とデンパ様の……」


「……登録ですか。じゃあ、この用紙にお二人のお名前と出身、得意なことを書いてください。字は書けますか? 登録料の銅貨2枚をご準備ください」


「あ、はい私が書けます」


 登録拒否! と内心では思っても、表情や態度には出さない。

 ただほんの少しだけ、早口での説明になるのは仕方のないこと。


 ピリついた空気を感じ、デンパ達の後ろに並んでいた冒険者達は、そそくさと別のカウンターへと並びなおし、遠巻きに様子を見ている。


『登録料とかないぞ……あ、やわわわぁ』


「デンパ様、大丈夫です。銅貨2枚なら私、持ってます」


『あ、ありがとう……どっちに対してのありがとうか分からないけど、ありがとう』


 よくよく見れば頬が赤いが、目をつぶり全力で左腕の感触に集中するデンパ。

 受付嬢の冷たい視線には気づかない。


「名前はローザリ……ロゼ、出身はアコーズ王国セネンジア領都、得意なこと……?」


 宙を見つめ、自分ができることは何かと考える。

 貴族としてのマナーや知識、平民としての家事全般などいくつか浮かぶも、戦闘系の能力はない。


『あー、ロゼたんの考えてることが、口に出ちゃってる感じ可愛い』


「あう……」


 思っていることが全部出ちゃってるデンパの感想に、ロゼは顔を熱くしつつも、得意なことを書き込んで受付嬢に提出した。


「……えっと『家事全般』と書かれていますけど、冒険者の職業をご存知ですか?」


 バカップル女の得意技『家事全般』……なめてんのか? 乳デカいからなめてんのか? とプロの受付嬢も声に感情が乗る。


「あ……すみません、えと、その」


 大丈夫だと言える自信はない。嘘もつけない。しかし登録をしないとデンパもそうだが、自分の身分証明書がない。


 ――さっと町に入って、ささっと冒険者ギルドで身分証明書を作り、さささっと……。


 ロゼの計画を人はノープランと呼ぶ。


「あのー、すみませんが混んでいるので登録する気がないなら――」


「ロッ! ロゼの得意なことは可愛いだ。可愛いは正義、可愛いは力」


 ノープランはノープランを呼ぶ。

 うつむき歯を食いしばるロゼを見て、デンパはコミュ障の壁を超えて受付嬢に対峙した。ただし、緊張のしすぎから自分が何を話しているのか分かっていない。


「はい? あの、ふざけているなら本当に出て行ってもらえます?」


 絶壁の絶対零度。デンパの言葉は受付嬢には何も響かない。

 むしろバカップルの糖度が上がった分だけ、関係性は悪化している。


「あ、いやえーと! 俺の名前はデンパ、です。……得意なことって言われてもこの世界で何ができるか分からない。だけど、俺もロゼも冒険者になりたい、身分証明書も作りたい。お願いします、登録させてください」


「お、お願いします!」


 デンパが頭を下げ、続いてロゼも下げる。


「…………」


 受付嬢は考える。

 識字率の低い平民にしては、すらすらと文字を書き、言葉もしっかりとしている。かなり腹は立つが。


 身なりだけなら一端いっぱしの冒険者だが、二人とも世間を知らなすぎる。まるで――


(――貴族ッ!)


 しかも訳あり貴族のたぐいだろう。


 身なりの良い男がどこかの貴族の嫡男、幼い顔ながら凶悪な武器を持つ少女はおそらくメイド。

 貴族と平民による身分違いの恋、親に反対された結果、この世間知らずの男は少女の手を取って辺境の町セガイコまで逃げてきたのではないか? と受付嬢は考察する。


(なるほど……そういうことね)


 ――なるほど全然違う考えだが、受付嬢の考えも辻褄は合っている。


(近々、探し人の依頼が王都から届くかもしれないわね)


 この大陸の政治体制は国によって異なり、大半の国では、王政や君主政が維持されており、その文化や歴史に深く根付いている。


 王を中心に政治がなされ、貴族が国の政策に従って各領地の運営や、官僚的な役割を果たし、商家、職人、農家が貴族のもと生活や役割を全うする。

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