第7話 デンパはエルマの可能性に気づかない
◆◆◆
少女が早朝に屋敷を追い出され、親切なアドバイスを受けて森に向かって1時間、ナサ草求めて3時間、森の熊さんに出会って逃げて30分、デンパに助けられて、目覚めるまで1時間と50分。
――現在、スマホの時刻は11時43分。
森の奥から熾烈な縄張り争いでもするかのように、古い木の根と若木の根が複雑に絡み合い、悪路と化していた道は、次第に木の根が減り、ごろごろしていた岩も小さな石に変わり、歩きやすい道になっていた。
「やっっっと、端っこに森の終わりが表示されてるけど、ここからが長そうだよな」
「私、気づかないうちにこんな奥まで入っていたんですね……」
相変わらず目を合わせることはできないが、二人の会話もスムーズになってきている。
――ぐぅうううう……。
「「……」」
ちらりとお互いを見て、ロゼは頬を染め、デンパもよくよく見ると頬に赤みがさす。
『――マスターのは誰得だろう……――』
「うっせ! 腹減ったけど、時間的にも昼だし少し休むか! ロ……あ、えっとどうかな?」
「……はい、お願いします」
自分からは言い出せなかったが、ロゼの体力ゲージはほぼ0である。
朝から何も食べておらず、慣れない森歩きをしたあと、熊さんとの全力追っかけっこ。
1時間の強制休憩はしたものの、肉体的にも精神的にも限界が近づいていた。
『――@マスター:もう少しロゼちゃんに気を使わないとねぇ。あ、これは周波数をマスターにだけ聞こえるようにしてるんでご注意を――』
エルマの音声は、誰でも聞こえる通常モード、デンパやロゼと指定したグループに聞こえるモード、@で指定した相手にだけ聞こえる個人モードがある。
とても便利なスマホである。
『えっ!?』
エルマの指摘で、ちらりとロゼを見たデンパは焦る。
『うわ、よく見たらめっちゃ疲れてるやん! そうだよな、冷静に考えたら15歳の女の子の限界を軽く超えてるよな……俺もずっとテンパってたけど、うーん、なんか悪いことしたな』
「……あ! だ、大丈夫ですよ。私これでも屋敷のお仕事結構してたんで、体力には自信があるんです!」
胸の前で両拳をつくり、ロゼはふんすと気合を見せる。
なお、残念ながら、長めの下女暮らしで公爵令嬢よりは力があるが、雑草根性で生きている平民の娘さんよりは力はない。
「おふう……」
可愛さと両肘のなかで窮屈そうに形を変えるナニカを見て、デンパは変な声を出した。
「なあ、エルマ。この辺に小川とかないか? 水分補給となんか魚とか食い物が水気のある場所のほうがありそうかなって」
『――ここから10メートルほど進んだの信号を右方向です――』
「いや、急にナビ声出すなよ。てか、信号とかないだろ……。えっとロ、あー、この先に小川があるっていうから、そこまで行ってから休もうか」
「……あ、はい」
自分の名前が呼ばれないことに少しだけ寂しさを覚えるロゼだったが、話しかけてもらえるだけありがたいと考えることにした。悲しいポジティブシンキングである。
『――はい、そこを右だよぉ――』
「おお……!」
「わあ!」
藪をかき分け、地面から飛び出した木の根っこをくぐった先で、二人はそれぞれ感嘆の声を上げた。
アーマーベアが潜む危険な森とは思えないほど、その空間は平和に満ちていた。
小川の水は澄んでいて、小石がゆっくりと流されていく。
水辺には青々とした草が茂り、微風が吹き抜け、草花が優しく揺れる。
『ここは癒やしの空間……』
本来は知能の高い魔物にとっての餌場――油断した人間たちを狩るキルゾーンだったりするのだが、周囲に魔物はおらず、極度の緊張状態から平和的空間に出た反動もあり、二人して地べたに座り込んだ。
「そうだ、エルマさんや。何か食べ物を出すことはできないか?」
『――やだなぁ、マスターったらご飯はさっき食べたでしょう――』
「あーそうじゃったかのう……って、誰がボケ老人の対応をせいと言った! なんかほら、そこの小魚を簡単に獲ったり、食べられそうな草や実を見つけたりとか! なんかないか?」
『――もおぉ、仕方ないなぁの●太くんは。はい、〝サントーノ森林〟〝周辺にある食べられる草〟〝小魚を捕る方法〟………………はい! いくつかポイントを表示するね――』
エルマの合図で、スマホから水辺に自生するヨモギの葉、その近くの地面や、藪の一部に成っている赤い実までの誘導線が伸びていく。
「こんなに食べ物に囲まれていたなんて……」
元公爵令嬢であり、落ちぶれても公爵家の使用人の食事である。
自生する植物がそのまま食べられるとも考えていない。
「いやでも、生では食べるのは俺も抵抗がある……チラッ」
『――ボクも調理はできないよ――』
「まじかよ、使えん」
『――でも異世界DIYアプリで、何でも採取手袋とかなら出来たんだけど、使えないよねぇ――』
とりあえず生でも食べられる物を簡単に集めることができるのは大きい。
「エルマ様、私が間違っておりました! どうかそのチートな手袋を私めに与え給え」
スマホを両手で天に掲げ、両膝を地についてデンパは頭を下げた。
異世界に飛ばされて半日で2回目、かなりのハイペースでの土下座だった。
『――えー、どうしよっかなぁー。ボクって使えないんでしょー――』
画面のなかで、エルマは口をとがらせている。
「いえいえいえいえ! 何をおっしゃいますやら、先ほどの言葉は私めが使えないゴミ的な存在であることに対して言ったまで。ええ、決してエルマ様のことではございませぬぅ」
自分の所有物にここまでへりくだるのは無様であるが、空腹すぎてデンパの判断能力は限界に来ている。
『――うーん、なんかここまでされると申し訳なくなっちゃった。えーと、そこ葉っぱと木の皮をひとまとめにしてくれる?――』
キャンプ道具とかサバイバルグッズとか、デンパはエルマの可能性に気づかない。
「へへい! ただちに!」
膝の汚れなど気にせず、さささっと指定された物を集め、スマホを両手で天に掲げるデンパ。
この間、ロゼは二人のやり取りを微笑ましく見守っている。
『――それじゃあ、異次元DIYアプリ起動! ……――はい! テッテレー! 〝なんでも採取手袋ー〟二双分だよぉ――』
「……ありがたいけど、その大山さんバージョンの声とスマホの画像にはモザイクかけとけよ」
『――えーっ! 異世界でわかる人いないんだから別にいいでしょぉ!』
「いやそれはそう。でもダメ、絶対」
『――どっちだよぉ!――』
スマホには青色二頭身ダヌキが丸い手で手袋を上にあげている。危険な映像のため、モザイク加工必須である。
「ふふっ」
ロゼは思わず口元に手をやった。
『……いま笑った、ロゼちゃんが笑った!!』
『薄幸美少女の素の笑顔ぉおおお!!』
『口元を隠す慎ましさぁあああ!!』
『儚い! 人の夢と書いて儚いよ!!』
『木もれ陽が顔にかかって美しさ倍・増ッ!!』
『『『『『最高かよッ!』』』』』
心のデンパは影分身して声を揃えた。
「あっ、ご、ごめんなさい。あまりにデンパ様とエルマ様のやり取りが楽しくてつい……。なんだか私まで楽しくなっちゃいました」
ふにゃりとした笑顔を見せるロゼ。
『――そっかぁ、良かったねマスター。あ、そうだ、ボクのことはエルマでいいよぉ――』
『うお! こいつ、ロゼちゃんに自分のファーストネームを呼び捨てさせて距離を縮めようという魂胆では? …………手が滑ったーとかいって、全力投球で樹木に的なしストラックアウト――』
胸ポケのスマホに、デンパの視線が突き刺さる。
的なしの時点でただの破壊的投擲である。
『――ちょちょちょ! スマホに嫉妬しないでよマスター! あ〜ロゼちゃん?――』
「はい、なんでしょう? エルマ様」
デンパもロゼに慣れてきているが、ロゼも実際のデンパとの会話は少ないものの、彼らの関係性や会話の流れはしっかり理解できている。
エルマとしては主人に嫉妬されても困る。
この流れを利用するべく知能を巡らせる。
『――あ、ねえねえ、マスターがロゼちゃんのこと呼びたいみたいなんだけどぉ、なんて呼んでほしい?――』
「お、おい、いきなり何を言い出すんだね、ワトスン君!」
『なんだ、エルマ良いやつかよ。大事にしないとな!』
よく見ると口角が少し上がっているデンパが胸ポケットを優しく撫でた。
画面のなかで、エルマがうぇーっと舌を出しているのだが、ポケットに隠れているためバレてはいない。
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