第6話 大事な部分をまさぐりほじって最低

「あの、デンパ様はもしかして神様ですか? ……ギフトがあって、話す聖遺物をつかって、すごい、です」


 ロゼにとっては、全てが伝説級。

 絵本で読んだ勇者でさえ、もう少し苦労していたはず。濃色こきいろの瞳に憧憬の光が灯る。


「お、俺は普通……だと思うけど。なあエルマ?」


 射抜かれたのはデンパの瞳か、心か。

 ロゼと会話のキャッチボールをするにはもう少し時間が必要らしい。ヘタレの選択は、第三者に話を振るだった。


『――そうだねぇ、異世界人ってだけで普通じゃないけどぉ。〝田畑電場タバタデンバ〟〝ギフト〟〝ステータス〟…………はい! 異世界ネーム、デンパ。ギフト【電磁界でんじかい】とその他転移特典多数を確認。ステータス、17歳童貞。趣味、ラノベ。性癖――』


「待て待て、みなまで言わんでいい! 俺のセンシティブな情報、森中に響かすな! ギフト、電磁界……? 難しいことはわからんけど、Wi−Fiマークも俺のギフトの仕業か?」


『――うん! マスターならスマホの電波やマイクロ波、赤外線からガンマ線まで周波数次第で何でも出せるよぉ。……もしもボクが周波数の調整に失敗したらぁ、有害な放射線を振りまく、生ける放射能兵器の完成だよぉ!――』


「……なんてもん人にギフトしてんのよ、神ぃいい!?」


 ――カミィ、カミィィ、カミィィィ……。デンパの声がこだまとなった。


『――あ、ねぇねぇマスター。一振りで綺麗に薬草を刈り取れる大鎌とぉ、どこでも快適に歩けるシューズならすぐ作れるけどぉ、どうするぅ? マスターやロゼちゃんの靴だと、森を歩くの大変だと思うんだぁ――』


「……は?」


 異次元DIYアプリで、アーマーベアの右腕の発達した爪とその辺に落ちている木の枝で収納できる大鎌と、古びた樹皮、落ち葉、アーマーベアの毛皮を用いた靴が出来るという。


「アーマーベアはさておき、その辺の落ち葉や石ころからどうやって?」


『――えっと、材料を1ヶ所に集めて、ボクのアプリでえいっとする?――』


 それはもはやゲ◯ター線レベルの不可能を可能とする力よ――


「それ……俺よりスマホのギフト、すげぇな神ぃいいいいい!!」


 ――カミィイ!! カミィィイイ!! カミィィイイイ!!


 デンパ渾身の雄叫びは、電波にのってさっきよりも遠くまで響くのだった。


◆◆◆


 鬱蒼とした森のなか、いつまでも変わらない景色が続く。


 時々、エルマの指示する場所で大鎌を振るうと草が舞い、スマホに収納されていく。


 シューズのおかげで、木の根や石を踏んだところが柔らかくなる不思議現象のおかげで足裏へのダメージは最小限に抑えられている。


 ただし、目の前を遮る藪や草を避け、間伐のされていない木々を乗り越えたり、かがんで抜けたりする足腰の不規則な上下運動は、都会っ子のデンパと元お貴族のロゼの体力を削るには充分な効果があった。


「なあエルマ、この方向で合ってんのか?」


『――うん、異世界マップナビだとこのまま道なり進めばセガイコの町だよぉ――』


 胸ポケットからエルマが答えた。


「……さっき画面見たけど、まだまだ緑色だったんだが?」


『――そりゃあ、森の中だからねぇ。あ、この辺りには魔物はいないから安心してねぇ――』


 正確には、ロゼに付着したアーマーベアの血のにおいから赤い点――魔物たちが逃げ出して画面外に避難しているのだ。


『はぁー、それにしてもこんなに可愛い女の子が、年齢でいうと6歳ぐらいから不幸すぎて不憫だわ。現在15歳の年下。スタイル抜群、驚異の胸囲、爆にゅうの頭文字DいやG……脳内に記録しとこ』


「あうう……そんなことないですぅ」


「ん? ど、どうしたの?」


 顔を赤らめるロゼに、優しい声色ながら表情は相変わらず能面のデンパ。

 デンパ的にはだいぶ打ち解けてきているのだが、長年こじらせたヘタレが言葉をどもらせる。


「い、いえ……」


 道すがら話す内容でもなかったが、デンパの心からの『この子はどうしてこんな森の奥地に?』『いったい何者なのだろう』という疑問に、嘘偽りなく応えた結果であった。

 自分のことに興味を持つ人間がいなかったこともあり、少しずつではあるが、心のうちをさらけ出すことで、巨乳が軽くなり、自然と口も軽くなっていた。


 ロゼにはチョロインの素質があるため、お尻が軽くならないことを祈る。


『――あ〜あぁ、うちのマスターは、女の子の秘密の花園に無断で踏み込んで、大事な部分をまさぐりほじって最低だよぉ――』


「ちょお言い方ぁ!! いや俺は何も……あれ、そういえばなんで思っていることがバレてるんだ? 能面とか無表情ってよく言われてたけど。……いや、独り言が大きめって言われることがあったか。えと、なんかごめんなさい」


「いえ! そんな、私こそ……き、聞かれてもないことをペラペラと……」


 こちらこそごめんなさいと、ロゼは頭を軽く下げつつ、


(デンパ様の声はやっぱり心の声なんだ。どうしよう、教えたほうがいいよね……。待って、でも心の声ってことは、今まで私のことを可愛いとか、デブとかブタって呼ばれた身体を本心で……? え、ええええええ!?)


 色々な事実に気づいてしまった。


 一方のデンパも道中『この子、めっちゃ自分語るやん』と思いつつも、口を挟めるほど会話力は高くない。結果としてロゼのくっっそ重たい生い立ちを知った。



 この世界の成人年齢――15歳の誕生日をもって平民となった少女の物語。


 少女の母は、少女を産んですぐに他界した。


 母はすでにおらず、厳しい祖母と仕事に没頭する父の元で育った少女は、6歳の誕生日プレゼントとして〝家族〟を欲した。

 父はその願いを叶えるため、少女に近い年頃の子を持つ女を再婚相手に選び、妻と子として屋敷に迎え入れることを決める。

 少女は大いに喜び、新しい家族としてお義母様、お義姉様と呼ぶようになり、特に年の近かった義姉には何でも自分の物を渡し、言うことを聞いた。


 少女は幸せだった。


 口やかましい祖母の言葉よりも義姉の言葉を選び、優先する。しかし、少女が12歳になる頃、祖母が体調を壊したことで環境が一変した。


 再婚相手である義母とその連れ子である義姉の態度が変わったからだ。


 彼女たちは演技を止め、今までの鬱憤を晴らすかのように、少女をいじめ、少しずつ味方を削っていく。

 祖母に渡る情報を減らすため、元からいた執事や侍女たちを異動や解雇で追い出し、自分たちの実家の使用人たちに変えてゆく。

 気づけば少女は孤立していたのだった。


 少女が慌てて父親に訴えようとしても無駄。

 どれだけ訴えても、子どもの意見は父親の耳には届かない。


 訴えれば訴えるほど、父親の目には、少女が再婚した義母や義姉をうとんでいるように映り、また使用人たちも理不尽な物言いと暴力を受けたと父親に報告をしていた。


 ――すべては義母たちの手のひらの上。

 

 父親の前でだけ、父親の望む家族ごっこを演じる毒婦とその娘。


 少女が廃嫡を言い渡される一年前には、父親の冷たい眼光には失望が宿り、諦念めいた溜息を贈られるようになった。そして、少女が15歳となった節目の日。


 貴族の子が成人を迎える目出度い日――ロゼは父親に呼ばれた。


「……お前には心底失望した。このセネンジア公爵家にお前の居場所はない。今日、この日をもってお前を廃嫡する。これよりセネンジアを名乗ることは許されない。……平民として生きるがよい」


 淡々と、そして無感情に告げられた父親の言葉。


 貴族から平民へ、貴族の教養は何一つとして役には立たない。

 本来であれば生きる術はなく、途方に暮れていただろう。


 不幸中の幸いは二つ。


 一つは、後妻親子がロゼを下女として扱っていたことだ。

 寝所を埃だらけの屋根裏に移し、使用人と一緒に……いや、使用人たちの雑用係として扱われるなかで、一通りのことが出来るようになっていた。


 もう一つは、祖母セシリー・セネンジアの存在だった。

 祖母セシリーの目が届く範囲ではあるが後妻親子からロゼを守り、体調を崩してからは療養先であるセガイコの町に、ロゼを連れて行くことで守ろうとした。


 王都の北西に位置するセネンジア領、そのなかでも最北に位置するセガイコの町は遠く、馬車で10日の距離にある。


 春先の空気は冷たく、風吹く夜はセシリーの咳が止まらないこともあった。


 弱るセシリーの体調はなかなか回復せず、馬車のなかで眠ることが多くなり、祖母の影響が及ばなくなると、使用人たちは以前のようにロゼに雑用を頼むようになった。


 後妻親子がそうするように手を回していたからだ。

 天候不順、だらだらとした遅延行動の結果、ロゼたちは予定より6日遅れてセガイコの屋敷に到着した。

 長旅の疲れはそのまま体調に反映し、屋敷に到着したその日からセシリーは寝室から出られなくなった。


 セシリーの屋敷には昔本邸で働いていた顔があり、セシリーの代わりにロゼの味方となったが、半数以上いる本邸から送られた使用人たちのほうが立場が上。

 表立っての行動はできず、ロゼを支援するときはこっそりと動くしかなかった。


 そうして昨晩のこと。

 屋敷で使用人として働くロゼだったが、先輩に任された掃除の最中に金貨数十枚はするという壺を割ってしまう。


 今朝方。

 屋敷の外に呼び出されたロゼは、先輩から責任を問われ屋敷を出て、弁償するためにもっと稼ぎの良いところで働けと助言される。


 筆頭執事や祖母の側近の使用人たちへの挨拶さえ許されず、多少の身支度と少しのお金を持って外へと追い出されたロゼは、生活費を稼ぐために冒険者ギルドに向かい、その途中で話しかけられた冒険者のアドバイスに従い、森へと入ったのだった。


 なんともおバカな話であるが、疑念を持つことさえ許されない教育を後妻親子から受けていた少女にとって、誰が味方で誰が敵かの判断は難しかったのだろう。


『……重い。ロゼちゃんにも否はあるのかもしれないけど、母親の愛を知らずに育った少女が家族を欲しがるのは自然なことだし、とりあえず父親と後妻親子が戦犯だな。祖母とか筆頭執事は白よりのグレーか? 冒険者がグェヘヘってなるバカでないのが救いなのか、逆に殺意がそれだけ高いのか……』


 なお、デンパの脳内考察が高速すぎて、受信したロゼには理解できなかった。

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