第5話 でしゃばるな、ねだるな、反抗するな


 ――テッテレーッ!

『――は〜い! 呼っばれってないけど、ジャっジャジャジャーン〜! マスター、ボクを使っておくれよぉ!――』


 デンパの胸ポケットから、クリアボイスとややノイズがかったハスキーボイスの音声が飛び出す。


「……お帰りはあちら」

『――あれぇ〜!? ちょ、ちょっとマスター、ひどいよぉ! ほら、画面みてみそぉ――』


 ――ヴ……ヴ! ……ヴヴ! ヴ……ヴヴヴ!


「――だああ! バイブに糞でもつまってんの!? ああ、うっとうしい! わかった! 今から見る! 見るからその不定期すぎるバイブをやめろ!」


 はぁ……とため息をついて、デンパは胸からスマホを取り出し――少年とも少女とも取れるキャラがにこやかにデンパに手を振っている姿を見た。


『――やっほー、はじめまして〜! ボクの名前はエルマだよぉ、ピスピース!――』


 画面のなかで、銀髪ショートヘア、瞳が青色と黄色のオッドアイ、にぱーっとした口元がいかにもやんちゃなお子さまキャラが、純白のトーガをまとって元気よくピースサインしている。


 ――かなり精巧なドット絵で。


「いやグラフィック退化してるだろうが! いいからさっさとスマホの権限返せよ! チート機能を俺に寄越せぇ!!」


『――へっへーん、やーだよぉ! それにチートじゃないよ、ギフトだもーん。ほぉら、ボクなら異世界植物図鑑アプリを使えるよぉ。ありそうでナサ草な植物だって、すーぐ探せるよぉ――』


「ぐぬぬ……」


 今すぐシャットダウンしたい、デンパの持つ手に力が入る。


『――いやー! 待ってよ、マスターは真顔だから怖いんだよぉ。内心とのギャップ萌えないよぉ――』


 スマホの力をもってしても、デンパの固まった表情筋を柔らげることはできないらしい。


「あの! ……デンパ様、今の言葉はその小さな箱からですか! まさか話す聖遺物なんて初めて見ました。その……もしかして〝ナサ草〟がどんな形をしているかがわかるんですか!?」


「んえ!? ちょ! ち、近いのよ」


 スマホの画面を見ると視野が狭くなる。

 その視野に割り込むようにロゼが入ったせいで、デンパはやっぱりテンパる。


「あ、失礼しました! ごめんなさい……」


 ささっとロゼが下がる。ふわっとした花の香りがデンパの鼻孔をくすぐる。


『――ぶふっ、キョドりながら匂い嗅いでるマスター、真顔で鼻だけ膨らませてて引く〜。……で、マスターどうするのぉ? ナサ草を探しますか〜?――』


「チッ! ……ナサ草の場所、知ってるなら教えてくれ」

『――しーん――』


「おい?」

『――しーん。ヒント、名前――』


 ヒントのときだけ、スマホの音量が小さくなる。なかなかの芸達者だ。


「へい、シリィ! とか言うの苦手なんだよなぁ。だからロクスケで登録してたのに……」


 ロクスケならいいのかというツッコミは受け付けない。


『――ほらほら、恥ずかしがらずにセイッ!!――』


「デンパ様……」


 煽るエルマに、潤んだ瞳でじっと上目遣いのロゼ。


「ヘイ、エルマ! こちらのお嬢さんの質問に答えてくれ!」


『――はぁ〜い! こほん、少々お待ち〜――』


 画面を見ると、エルマの上から本がドササっと落ちてきて、メガネをいつの間にかかけたエルマが一つひとつ本を開いてパラパラする演出が始まった。


 ……………………。


「検索、遅くねえ!? つーかなんで異世界に電波とおってるの? このWi−Fiマークなんなの?」


『――慌てない慌てない、一休み、ふぁ〜――あばあばあば! ちょっとマスター振らないでよ! すぐ調べるから本当に待ってよぉ! ……ふう、それじゃエルマにお任せだよぉ!――』


 さすがにイラッとしたデンパは、思わずスマホを振り回してしまった。効果は抜群だ。


『ロゼちゃんがお待ちだっての! ……それにしてもエルマって何者なんだ? こういう謎キャラって実は神様でしたー! みたいな話、多いよな。例えば北欧神話のロキとかギリシア神話のヘルメス? ヘルメースとかさ。面白半分で人様を異世界転移とかさせそう。……そんでもって、近くで右往左往する様を観察したいからスマホに宿る――なんてな』


『――…………――』


(デンパ様の口はあまり動いていないけど、ずっと聞こえるこの声は……。やっぱりデンパ様のお心が外に? お伝えしたほうがいいのかな、でも嫌われたくない……どうしよう)


 三者三様の内心。ただし、一人だけ外に漏れている。


 ――テッテレーッ!

『――おっ待たせー! ごめんねぇ、ナサ草はないみたいだよぉ――』


「そんなぁ……」


 エルマの無情な答え。ロゼは膝から崩れ落ちた。


「おいぃ! 引っ張るだけ引っ張っといてそれはねぇよ! ほら、エルマ、なんかないか?」


『――ナオラナサグサって似た名前の草はあるけど、ただの雑草だね――』


「それはナサ草の元ネタっぽいな。いや、ほいで? ほいで?」


 ポーカーフェイスなデンパの前歯が気持ち前に出る。


『――お笑い怪獣みたいな詰め方しないでよぉ! ちょっと待って、今からお任せ検索で探すからねー――』


 そう言って、画面からエルマが消えた。と思ったらすぐ戻ってきた。


『――おっけぇ! 〝サントーノ森林〟〝採取〟〝売れる〟〝草〟………………はい! ナオリ科スゴクナオリは100グラムで銀貨5枚。ワリトナオリは100グラムで銀貨1枚、スコシナオリだと1000グラムで銅貨1枚。スゴクナオリは現在地からだともっと奥に行かないと生えていない。ワリトナオリならこの辺にあるよぉ――』


 この世界の通貨は、図柄は国によって違えど価値はほぼ一緒だ。

 銅貨1枚がデンパがいた国の相場だと1,000円相当。

 銀貨1枚が1万円相当、金貨1枚が10万円相当の硬貨、100万円以上になると、とある国で発行している魔法紙――聖遺物――が使われる。

 なお、銅貨1枚未満の取引に関しては、同等の物か労働力と交換するのが慣習となっている。


 平民は助け合わないと生きていけないのだ。


「ほいで?」


『――それやめなよぉ。いつか怒られるよ。えーと、マスターたちは迷子で町に帰りたい気持ちはあるよね? だったら、この辺のワリトナオリ草を集めながら町に帰るのはどうかなぁ――』


「迷子ってはっきり言うな。いやまあ、そのプランで問題ない。ど、どうかな、おじょ……ロ、ロロ」


『――オロロロロロロ――』


 画面のなかで、エルマの口元からモザイクのキラキラが下に流れている。


「おいやめろ! ……で、どうする……ますか?」


 ヘタレ敬語を使いながらデンパがロゼを見る。


「……私もついて行っていいんですか?」


 自分なんかの命を救ってくれた謎の人物。町までついて行くのは図々しいのではないかという考えがよぎる。


「いや、こんなところに置き去りするほどクズではない」


 ロゼの目を見て言えれば100点だったが、デンパの目線は明るくなった空を見ている。


「あ、ありがとうございます。デンパ様に従います……」


 義母や義姉に出しゃばるな、ねだるな、反抗するなと言われ続けてほぼ9年。ロゼの思考は内向きである。


『うーん、ロゼちゃんの事情も気になるけど、とりあえず安全なところに行きたい』


「ってことで、エルマ案内よろしく」


『――はいよー。ピピッ! 目的地までの案内を始めます。一般道を通るルートです。途中でワリトナオリ草が群生している場所をいくつか経由します――』


 スマホに地図が表示され、矢印がジグザグに曲がりながら画面の端まで伸びていく。


「一般道ってなんだよ……てか、これ表示されている画像が全て森なんだけど……」


『――結構な範囲が森なんだけど、縮尺を小さくする?――』


 エルマの言外には、現在地から町までの距離が絶望的に遠いけど知りたいかい? という意図が含まれる。


「……とりあえず、こっちに歩くのか」


 デンパは絶望を回避した。

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