第4話 ナサそうなのかアリそうなのか
「「……は?」」
あと一息だったのに今度はなんですか? のロゼの『は?』と、どのタイミングで完了してんだよ! のデンパの『は?』が奇しくも重なる。
そんな二人の様子はさておいて、スマートフォンは勝手気ままに稼動する。
『――〝異世界対応アプリ〟をインストールしますか? しない場合は一秒以内にキャンセルを押してください ――』
「ええ!? 一秒てぇ!」
――テッテレーッ!
『――インストールを始めます。……インストールが終わりました――』
「はやっ! え、電波飛んでるの!?」
――テッテレーッ!
『――〝AIスマートナビアプリ〟を起動しますか? しない場合は一秒以内にキャンセルを押してください ――』
「おい、待て待て、いまスマホ出すから! ズボンのケツポケ……ない!? あれどこいった!?」
――テッテレーッ!
『――AIスマートナビを起動します。ピピッ! ……AIスマートナビの初期設定を始めます。初期設定を〝お任せモード〟にしますか? しない場合は一秒以内にキャンセルを押してください――』
「だから待てって! えと、スマホどこだっけ」
「デンパ様、この声はいったい!?」
ロゼもデンパの電波とは違う音声に、他に誰かいるのかときょろきょろするも見つからない。
もしもロゼがデンパと同郷であったなら、不自然に胸ポケットが明滅していることを指摘できたことだろう。
――テッテレーッ!
『――お任せモードに設定されました。ピピッ! ……AIナビがナビゲーションシステム〝
「おいぃ! エーロクスケのどこが悪いんだよぉ!」
デンパのネーミングセンスは、ナビ的にお気に召さなかったらしい。
――テッテレーッ!
『――〝エルマ〟がスマートフォンを永続自動モードに変更しました。これより先の操作はエルマの認可が必要となります――』
「俺の意思ぃいいいいッ!? これ、ほぼ乗っ取りじゃねぇかッ!!」
――テッテレーッ!
『――エルマがマスターの所持ギフトとの同期を申請しました。同期を承認しますか? しない場合は一秒以内にキャンセルを押してください――』
「その回答時間一秒やめろぉおお!! それとギフトの説明を求めえぇる!!」
「え? え? え?」
謎の音声、テンパるデンパ。少女はおろおろするしかない。
――テッテレーッ!
『――所持ギフトと同期しました。ピピッ! ……エルマが所持ギフトの周波数を適正値に設定しました。ピッ! エルマが〝良性紫外線照射〟を使用しました。紫外線照射を開始します。ピッ! ……殺菌消毒、代謝の促進、皮膚抵抗力の
デンパに光が照射される。
『ピッ! エルマが〝キャラデザアプリ〟を起動しました。〝アバター〟を生成します。ガガッ! エルマのこだわりプランに変更、キャラデザに時間を要します』
『ピッ! エルマが〝収納くんアプリ〟を起動しました。〝アーマーベア〟の指定を確認、収納を開始します。ピッ! エルマが〝解体くんアプリ〟を起動しました。〝アーマーベア〟の指定を確認、解体を開始します――』
ひとしきり音声が続いたあと、アーマーベアが音もなく消えた。しばらくの静寂。
「……なんかここまでされると不思議な清々しさがあるわ。熊さんも消えた、うん。これが自重を忘れたチートってやつか……」
遠い目をしたデンパの独り言が静寂を破り、ロゼも再起動した。
「……デンパ様、これはいったい。それにアーマーベアはどこに……」
『……俺よりスマホがチート化してる件。あとロゼちゃん可愛い』
「えええッ!?」
しみじみと思うデンパと、状況整理ができないまま頬を染めるロゼであった。
◆◆◆
――迷子。
自分の現在地がわからなくなり、自宅や目的地に到達することが困難な状況に陥った人を指す。
一人は、グリーンインフラの整った自然共生都市から自然しかない場所に転移してきて、現在地がわからない男。
一人は、メルヘンチックに森の中で熊さんと追いかけっこしたせいで、現在地がわからなくなった少女。
数分の静寂は、お互いに心の整理するのに充分な時間だった。
――結果、二人は新たな悩みにぶち当たってしまった。
『俺、確実に迷子……』
(私……迷子だ)
「「どうしよう……あ、いえ」」
お互いに声を出し、顔を合わせ、そして下を向く。
『あー、どうしよ。俺のほうが年上っぽいし、なんとかリードしてあげたいんだけど、陰キャにはハードル高すぎて草。どうしてロゼちゃんは、こんな森に来てるのかな? 見た感じ、森ガールって着こなしでもないし、知り合いとか探してんじゃね?』
顎に手を当てて首を捻るデンパ。無表情なせいでパーフェクトヒューマンの振り付けにも見えなくもない。心の声は今もなおダダ漏れ状態である。
「あ、私一人です。……実は職場で大きな失敗をしてしまって。それで、先輩からお前はクビだって言われて屋敷を追い出されてしまって……。どうしようかと迷っていたら、親切な冒険者さんがサントーノの森にある〝ナサ草〟が簡単に採れて、高く売れるから薬草採取がおすすめだよって教えてくださったんです」
ロゼの表情はデンパと違って豊かだ。顔を曇らせたかと思えば、安堵の表情を浮かべ、また悔悟するように唇を噛み締める。
「それで森に入ったんですけど、〝ナサ草〟がぜんぜん見つからなくて……もう少し奥にあるのかもしれないってどんどん奥に入ってしまって……」
運悪く熊さんと出会ってしまい、そこから現在地までどうやって来たのかわからない。
「……なさそう?」
〝ナサ草〟が何かをデンパは知らない。
「いえ、ありそうだって冒険者さんが言っていました」
「じゃあ、あるのかなぁー? 異世界植物だからありそうといえば、ありそう。そもそもどんな場所で、どんな色とか形してんのかな」
冒険者さんが言うにはな? サントーノの森の奥、緑色で細い形だそうで。
ならありそうやなぁ、でもこんな暗い森の中で生えてるって言うと、キノコしかないで。キノコは暗がりに生えるって決まっとんのや。
いやでもなぁ、冒険者さんが言うにはな? と永遠と続きそうな関西風のやり取りが始まるところで、
「はッ!?」
ロゼがあることに気づいたことで、不毛な行ったり来たりトークから脱することが出来た。
「はうわ!? ど、どしたの?」
「そういえば森の中にあるってことだけ聞いて……」
水入れ袋と汗を拭う布を持って森に入ったロゼ。いきなり生活基盤を失った少女がどれだけ余裕がなかったとしても、なかなかの――
『てててて、ててて! てんねーん!! 博多めんたい湯けむり混浴殺人事件ッ!! うぉおおお、ロゼちゃん俺をキュン死させる気かよ! 可愛い、天然、おっぱい最高かよぉおおおお!!』
なお、おっぱいは関係ない。
「うぅ〜!」
ロゼは、恥ずかしさでいっぱいおっぱいになった。
なお、おっぱいは関係ない。
『うーん、可愛い。それにしても、天然というよりは世間知らずな感じがするよな。なんか事情があるんだろうけど、元貴族の子だったり?』
「え?」
『んー例えば良家の貴族だったけど、継母やら性悪義姉にいじめられ、末は家から追放されて田舎に追いやられた的な? んで、田舎の屋敷でも手先の意地悪先輩が無茶振りして……いやわざと失敗するような仕事をさせてクビに追い込んだとか。そもそもタイミング的に冒険者ってのも怪しいよな、もしかしてロゼちゃんって命を狙われているとか……まあ、ないか! ラノベの読みすぎか』
うんうんないわー! デンパの思考は自由である。
「……先輩や冒険者さんのことはわからないけど、本家を追放されたことをどうして」
ロゼの小さなつぶやきは、妄想に集中しているデンパに届かない。
『うーん、とりあえずナサ草がありそうなのか、なさそうなのか、調べる方法ないもんかね?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます