第3話 お前の考えはすべて丸っとお見通しだ!
『んんん? これ、なにこれ!? 目の前の出来事が夢すぎて怖いよ!?』
「すごいです! 貴方様はギフトを使えるんですね! アーマーベアもギフトを使って……はっ! だったら相当お疲れではないですか!? ギフトは精神力を激しく消耗すると聞いたことがあります!」
デンパが薄く発光したあと、擦りむいた鼻先が治るのを見て、少女は目を輝かせた。が、自分のせいで疲れさせたことに思い至り、すぐに目を曇らせる。
『ギフト? 俺が? いや俺の? 疲れは……ない! というかこの子、俺よりも血まみれなんだけど、どこも怪我してないよね?』
デンパの訝しげな視線と電波が少女に正しく伝わった。
「あっ! すみません! 私、アーマーベアから逃げるのに必死で……途中で転んだりもしてたから汚いですね……。でも、貴方様のおかげで怪我はありません。命をお救いくださり、ありがとうございました」
「あ、いや……」
深々と頭を下げる少女を見ながらデンパは思う。
なんでか知らないが、ずいぶんと察しがいいなと。そしてご立派な姿勢からは、ご立派なものがよれたチュニックを押し下げるせいで、目のやり場に困るなと。
……困るけど、とりあえずせっかくなので目線は固定しておこうと。
『むしろこちらがありがとうございます! でなくて! この子の服というか、お顔に熊水分がぶっかかって、ちょーっとだけホラーなんだよな……。「お前の顔の方が汚れてる」ってオブラートに包んだら何になるんだ?』
「っ! …………すみません、こんな顔で」
『え、口に出してたか? なんかしょんぼりしているし。とりあえず言葉は通じるみたいだし、あとは俺が頑張って話しかけるだけ……いやそれが難しいって話だろ。あーもう! とりあえず――』
「……あの」と小さく呼び、少女に布きれと、少女の顔を順に指さしたあとに、顔を拭くジェスチャーをデンパは見せた。
言葉がうまく出ないから、ボディランゲージで伝えてみようというヘタレな行動。
「……え!? あっ! 私の顔! そういえばアーマーベアに襲われたときに、何か顔にかかってました。……でも、拭いたところで醜い顔は綺麗にはならないですけど、えへへ」
誤解は解けたが、ネガる少女の気分は晴れない。
粛々と、鞄から布きれをもう一枚取り出して、水で湿らせ顔を拭く。
「ふう! ……えっと、どうでしょうか? ごめんなさい、こんな顔で――」
こざっぱりした少女が顔を向ける。
「ぎょっ!?」
思わずデンパの目玉が比喩的に飛び出してしまう。現実で『ぎょっ』という声を出す人間がここに爆誕した。
(……そんなにびっくりするほど私って醜いんだ。お義母様もお義姉様もずっと言ってた。お前は不細工で醜いブタなんだって)
少女は固まったデンパに耐えきれず俯いた。そしてデンパの足が震えているのを見て、恐怖すら与える見た目だったのかと、さらに胸が苦しくなった。
お礼はしたい、だけどこの不快な見てくれでは一緒にいることすら難しい。お金もない、どうしたら――
『か、か、か、可愛い……』
うつむく少女にはデンパの電波から発した言葉とは気づかない。
まさかの褒められた? そんなバカなとすぐ否定する。
「え?」
ネガってるせいで難聴系主人公と化した少女。しかしデンパの電波は無限に湧く。
『土埃をかぶってるけど、上品な
少女を讃える美辞麗句の嵐! 聞き逃し配信とリニューアル配信と最新配信の一挙同時公開が始まり、否が応でもデンパの気持ちが伝わってきた。
『美少女!』『おっぱい!』
ぽんぽんと出てくる思念。
『八の字気味の下がり眉に、少したれ目の二重まぶた。潤んだ
「…………!?」
『痩せ気味だけど、よく見ればもちもち肌に、その二つの凶器。張り艶良しの弾力性抜群とみた! ありがとうございまぁす!』
「えぇッ!?」
少女は思わず自分の胸を見る。それは違うと首を横に振る。
『くびれた腰に上向きの尻、程良い肉づきの太ももからキュッとなった足首まで完璧!! これはもう女神様では?』
「ぅううっ!」
そんなわけない、そんなわけがあるわけないッ!! そう強く否定するよりも早くデンパの電波が心に届く。
少女の否定を
いまだかつて祖母や少女の味方だった使用人にさえ言われたことのない言葉、言語の羅列に、少女は顔が熱くなるのを感じた。
『って、やべぇよ、じろじろ見すぎちゃったよ! 顔赤くしてるし、これ絶対怒ってるやつ! そうだよな、こんな陰キャの視線なんてキモいよなぁ。ああ、せめてこの女神のお名前だけでも訊いておけば良かった――』
「あ! そうだ、私まだ名乗っていませんでした! ごめんなさい、私の名前はローザり……いえ、ロゼと言います」
聞きようによっては初対面の男に、本名ではなく愛称を呼ばせる感じになったが、少女には自分の本名を語れない事情がある。今は
「っえ!? あ、ぼぼぼ……僕はその辺のででんでんばだでんびゃ! でしゅ」
名乗られたなら名乗り返そう、しかしヘタレ童貞に自己紹介のハードルははるか高み。ましてや目の前には超絶美女神と認識してしまった少女がいる。それはもう武勇伝っぽいリズムで噛んでしまっても仕方のないことだ。
ちなみに緊張した表情筋が仕事を放棄しているせいで、デンパのテンパり台詞と顔がミスマッチしている。
「ででん? でんぱ……? デンパ様ですか?」
「……あい」
ヒアリングミスでデンパと間違われ続けて数十年。
『ほんとはデンパじゃなくて、デンバなんだけど。こんなに可愛い女神がデンパって言うなら、もう俺はデンパだよ。むしろ、うちの両親の名付けが間違ってるのを疑うわ』
とりあえず名付けの親を否定した。
「デンパ様? あらためてよろしくお願いします」
ロゼは丁寧なお辞儀をする。となればもちろんチュニックを押し下げ――以下略。
「ぶぉっほ!? ――ぐが!」
再び訪れた美しき渓谷の鑑賞チャンスに、デンパが最高かよとのけ反って、がんっと木の幹に頭を打ちつけるまでが今後のお約束。
「だ、大丈夫ですか?」
「あい、デンパです」
まったく大丈夫じゃない返しではあるが、ロゼはそろそろ伝えないといけないことがあることに気づいた。
「……あの、それでデンパ様。実は貴方にお会いしてからずっと気になっていることがあって……」
『え! なに!? 鼻毛出てる!? それともエロい目で見すぎて挙動不審なこと? いい年こいて迷子なのがバレたら死ねるんだけど』
ひたすら垂れ流されているデンパの電波。
私なんかが伝えて良いか分からない。だけどこのまま放置しておくことは命の恩人に対してあまりに不義理。
ロゼは意を決して『お前の考えはすべて丸っとお見通しだ!』と伝えることにした。
「じ、実は! ですね。デンパ様の……その…………。もしも、気にされていることだったら、とても失礼なことかもしれませんが…………」
『んん? ロゼちゃんは何が言いたいのかな? ほら、おぢちゃんに言ってみ? 恥ずかしいことかな? もじもじが萌えすぎて、もうこのあと笑顔で心臓抉られても許せるわ』
もじもじして、なかなか話さないロゼの言葉を待つ間、デンパの思考は異世界に飛んでいた。
「すぅはぁ……はい、いきます! 実は! デンパ様のお気持ちがずっとそとに――――」
――テッテレーッ!
『――アップデートが終わりました――』
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