ある日の朝、目覚めると隣で裸の少女が眠ってた 後編

「ふぅ、まったく、あのドルジとかいうのも、たいした事無かったなぁ。」


「お姉様、素敵でした。私、すごく感動しちゃいました。」


あの後、金狼のドルジとその手下達は一目散に逃げ出し、私達は機兵駐機場までたどり着いた。


「ところでメルフィナ、アイツらと何があったのか、詳しく聞かせてもらえるかな?」


「何の事ですか?」


「しらばっくれてもダメ、事情があるならちゃんと話して。でないとここでお別れだから。」


メルフィナは困ったように眉根を寄せ、私をじっと見つめてくる。

私も彼女の瞳を見つめ返した。


翠色の瞳が憂いを帯びている。

綺麗な瞳だな、そう思った。


「ハァ、わかりました。私、あの男に騙されて借金があるんです。」


おいおい。


「これまではお酒の酌や身体を触られるくらいだったんですけど、ついに先日、私を抱くって言い出して。部屋に連れ込まれてベッドに押し倒された時、近くの花瓶で殴り倒しちゃったんです。怖くなって夢中で逃げ出して、そんな時にお姉様と出会って……。」


「あー、もうわかった。アナタ、ほんとは私を利用するつもりで騙したでしょ。」


「えへへ、バレました?」


私は小さく溜息をつく。

酒に酔ってた私に近づいてさらに飲ませ、酩酊してからあの芝居を打ったわけだ。

ほんとに子憎たらしいったらない。


「でも、ドルジに執着されてる事と、ノーアトゥンまで行きたい事はほんとです。私、そこから自由都市同盟に渡って、人生をやり直したいんです。」


彼女の表情が真剣さを帯び、翠の瞳が私を真っ直ぐに射抜く。


「やれやれ、しょうがないわね。こうなったら最後まで付き合ってあげるわよ。」


「あ…、ありがとうございます、お姉様!」


メルフィナの表情がぱっと華やぎ、私に抱きついてくる。


私は無意識に彼女の頭をそっと撫でていた。



やれやれ、やっぱりこうなるわよね普通は。


狭い操縦槽の中、私はメルフィナをお姫様抱っこする格好で愛機である機装兵ミザリィを操って、複数の魔導砲から射出される弾を避けていた。


敵の数は5機。

そのうち機兵が2機と従機が3台。

魔導砲による攻撃は従機からだ。


アイツらは私達が街を出てしばらくしてからいきなり襲ってきた。

従機3台は三方向から魔導砲を乱射して、私の行動を封じようとしている。


普通なら魔導砲では機装兵の装甲にはに大したダメージを与える事は出来ない。


でも、私の愛機ミザリィは軽量化の為に装甲が薄く、従機の持つ魔導砲でもダメージは馬鹿に出来ない。

だから必死に回避する。


「お姉様!」


「メルフィナ、しばらく我慢してて。」


メルフィナはこくりと頷くと、私にグッとしがみついた。

私はフゥッと息を吐いて、グライデンパックを起動させた。


私のエーテルを吸い上げて、ミザリィが風を纏う。

一気に速度を上げて手近の従機1台に接近し、ミザリィの得物である拳銃型機銃剣の砲口を従機の操縦槽に押し当て、引金を引く。


火のルーンによって起こった爆発に押し出された弾は従機の装甲を安安と穿ち、搭乗者をミンチに変える。


続けて2台目、3台目の従機も同じように始末した。


残るは機兵が2機。

そのうちの1機がメイスを振りかざして突進して来る。


私も相手に一気に接近して、振り下ろされたメイスを躱す。

スレ違い様に相手機兵の頭部魔晶球と左足膝関節を接射して破壊し、動きが止まったところで首の付け根から機兵の内部へ弾を二発打ち込んだ。


内部機構を破壊したか、それとも操縦槽を潰したか、相手の機兵は倒れて二度と動かなくなった。


最後の1機はイラついたように地面を踏み躙り、剣を抜いて盾を構えた。


『よくもやってくれたな。テメェだけは絶対に許さねぇっ!』


相手の拡声器から聞こえたこの声は、ドルジだ。

あのまま消えてくれてたら、こんな事にならずに済んだってのに。


ドルジは盾を構えたまま私に向かって噴射装置を吹かして突っ込んで来る。

私は後ろへ下がりながら銃を撃つ。

しかし、やはり弾は盾に阻まれてドルジの機兵に傷をつける事も出来ない。


そして、弾切れ。ミザリィの拳銃型機銃剣の装弾数は6発。

両手に二丁持っているから、全部で12発。

それを全て撃ち尽くした。


『へっ、弾切れだな。リロードする時間なんぞやらねぇ、諦めて死ねぇ!』


私の弾切れを見切ったドルジが叫びながら刺突の構えで一気に突っ込んで来る。


だけど。


「悪いけど、弾はまだあるのよ!」


私はスゥと息を吸い込み、一気に吐き出した。


「はあぁぁぁ!」


目の前に迫るドルジに向けて、引金を引く。


ミザリィの銃口が一瞬輝き、高熱を帯びた光弾がドルジの機兵の胸を貫いた。


ドルジの機兵は勢いそのままに前のめりにバランスを崩して倒れ込み、数m地面を抉って沈黙した。



聖華暦834年 アルカディア帝国 ジルベール領ノーアトゥン 国境関所


「お姉様、ありがとうございました。本当にここまで来られるなんて、実は思ってなかったんです。」


そう言って、メルフィナは涙ぐみながら微笑んだ。

そんな彼女の頭に私は手を置いて、わしゃわしゃと撫でた。


結局、メルフィナの事はなんだかんだと気に入ってしまったから、こうして彼女をノーアトゥンここまで送り届けたわけだけど。


「それで、これからどうするの?」


「ここから、交易船に乗って自由都市同盟に渡ります。そこから先は……どうなるかは分かりません。」


メルフィナは、まだ見ぬ遥か南の国を遠くに見やる。

その表情には淡い期待と、多少の不安と、自由への喜びが、適当な塩梅で混ざっているようだった。


「じゃあ、ここでお別れだね。ついて行ってあげたいって気持ちもあるんだけど、私もまだ帝国でやりたい事があるから。」


私の言葉をメルフィナは受け止めて、少しだけ寂しそうにゆっくりと頷いた。


「本当に、本当にありがとうございました。私、お姉様の事は、絶対忘れません。」


「私も、アナタの事は忘れないわ。なにしろ私の"不吉"に呑まれなかった数少ない『友達』だのも。」


「友達、かぁ……。ううん、仕方ないですね。ほんとは恋人になってくれると…嬉しかったんだけどな。」


「まだそんな事言ってる。はいはい、それはもうご馳走様。」


彼女が切なそうに呟いた言葉に、出来るだけ軽い口調で返した。

そうしないと、彼女との別れを躊躇う心が、また浮かび上がってきそうだったから。


「……お姉様。」


彼女が私の胸に飛び込んでくる。

私も、そっと彼女を受け止めて、ぎゅっと抱きしめた。

お互いに、別れを惜しむように。


「元気でね。」


「はい、お姉様も、お達者で。」


メルフィナと繋いだ手を、お互いに愛おしく、ゆっくりと離し、彼女は振り向かずに陸上連絡船への桟橋を渡って行く。


私は彼女が船に乗り切る前に、背を向けて歩き出した。

大丈夫だよ。

アナタの背負ってた"不運"は、私がちゃんと引き取ったから。


バイバイ、私の小さな恋人さん。

アナタの旅に、新しい幸がありますように。

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トラブル・ブリンガー〜その女傭兵、不吉につき〜 T.K(てぃ〜け〜) @rebl

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