ある日の朝、目覚めると隣で裸の少女が眠ってた 前編

 聖華暦834年 アルカディア帝国 ジルベール領 第一都市ダグラス


 私はみんなから"不吉を連れ歩く"ネビュラと呼ばれてる女傭兵。


「っひ、ぅぐっ!」


 驚き過ぎて悲鳴を上げそうになったのを、必死の思いで抑え込んだ。


 突然の状況にスッキリしない頭が一気に目覚め、ベッドの上で上半身を起こし、ひとしきり混乱していた。


 私自身は下着姿である。

 さらに私の右隣には、一糸纏わぬ産まれたままの姿の少女が安らかな寝息をたてて横たわっている……。


 なにこれ? どうゆうこと?


 混乱してはいたが、なにがどうなっているのかを理解する為に、あたりを見回した。


 まずは少女だが、ショートの金髪に白い素肌、端正な顔立ちの美少女で、僅かに浮かぶソバカスが可愛らしい。

 小柄な体躯にはその体に似つかわしい小ぶりで形の良い膨らみが二つ……って、どこ見てるのよ、私!


 視線を少女から離して部屋をぐるりと見回してみる。


 ここは私が借りた宿の部屋では無いらしい。

 なにしろ全く見覚えが無いくらいに小綺麗な造りの部屋だったから。

 一応、宿には違いなさそうだけど。


 ちなみに私が本来借りていたのは場末の安宿だから、寝具といえば簡素なベッドと薄い毛布があるだけ。

 対してこの部屋は大層なダブルベッドにフカフカの羽毛布団、それにフワフワした枕まで。


 少女を起こさないように、そっとベッドから起き上がって窓から外を眺める。

 だいぶ高さがあるから、少なくとも3階より上の部屋だろう。


 部屋を観察する事で気持ちが少し落ち着いてきたから、どうしてこうなってるのかを、良くない頭を捻って考える。


 ………ええと、昨日は久しぶりに大金が手に入って……、それから酒場で盛大に食べて飲んで……、その後は……確か……。


 背後に気配を感じて身構えるよりも速く。


「お姉様っ、おはようございます。」

「うひゃア‼︎」


 後ろから抱きつかれて、思わず変な声が出てしまった。

 相変わらず全裸だったらしく、すべすべとした肌と小さな膨らみの柔らかな感触を背中に感じて動揺した。


「ちょっ、ちょっと、アナタ誰?」


 私の問いに、少女は一瞬だけキョトンとした表情になり、すぐに悲しそうな顔をしてこう言った。


「そんなっ。お姉様、覚えてないんですか? 昨日、私の"初めて"を奪ったのに。」


「え? いや、ちょっと待って? ナニ? ハジメテ?」


 頭が真っ白になった。

 えーと、それはつまり……私も"初めて"を経験したっていう事?


 この名前も知らない少女と?


 いやいやいやいやいや。

 まってまってまって。


 なにかの間違いじゃないの?

 いくら酔ってたからって、少女に手を出したの? 私が?


「あー、えーと、その……ゴメン。何も覚えてない。貴女、誰なの?」


 私の言葉で少女はより一層悲しそうな表情となり、綺麗な翠色の瞳を潤ませて俯いてしまった。


「……ひどい、ひどいです。私、あんな事されたの初めてで…、だから、もうこの人しかいないって……。」


 少女は肩を振るわせ、涙声で私を責める。


「いやだからホントごめんって。」


「………分かりました、じゃあ責任を取ってください。」


 突如として少女は強い口調となり、私を真っ直ぐに見つめてそう言った。


「へっ? 責任?」


「はい。私を……私をノーアトゥンまで連れて行ってください!」


「……いったい、それってどういう…?」


「申し遅れました。私、メルフィナっていいます。よろしくお願いしますね、お姉様。」


 そう言って、メルフィナと名乗った少女は悪戯っぽく微笑んだ。


 そして私は頭を抱えた。

 ほんともう、何が何やら全然理解が追いつかないじゃない。


 *


「はぁ。」


「ネビュラお姉様、どうかしましたか?」


 溜息をついた私の顔を、メルフィナが覗き込んでくる。

 ちなみに彼女は私の左腕に、抱きつくように纏わりついている。

 その表情がとても悪戯っぽい笑みを浮かべているのがなんともはや……。


 とりあえず、彼女の言う責任とやらを果たす羽目となり、私は軽い頭痛を覚えていた。


 いや、実際のところ、突っぱねてしまえばい良かったのだけど、どうにもそんなに気になれなかったのは、やはり酒のせいとはいえ、私が彼女と関係を持ってしまった為だろう。


 ……もっとも、私にはその記憶がまったく無いのが問題なんだけどね。

 いったいなにしたんだろう、私は……。


 ともかく、彼女の要望で目立つ通りを避けて裏路地を縫う様に、機兵駐機場を目指している。


「ところで、どうして裏路地なの?」


「それは……ちょっと会いたく無い人がいて……。」


「やれやれ、通りからなら早いんだけどなぁ。」


 私の言葉にメルフィナは少し困ったように眉根を寄せて、少し辺りを見回した。


 裏路地は人通りが少ない、どころか人っ子一人見当たらない。


 でも、確かに人の気配は追ってきている。

 それも複数人だ。


「メルフィナ、誰か追って来てるみたい。」

「っ‼︎」


 彼女にそっと耳打ちすると、彼女の肩がビクンと震えた。


 私達は急ぎ足に裏路地を進む。

 少し開けた場所に出て来た時に、そこには先客が待ち構えていた。


「よぉ、メルフィナ。どこに行こうっていうんだ?」


 そいつは怒りの形相で私達を睨め付けた。


 裏路地の開けた場所に陣取っていたのは3人。

 いずれも黒塗りの革鎧に剣をぶら下げた出立ち。


 横並びに3人で立ち、左右2人は剣の柄に手をかけている。

 後ろからも2人、やはり同じような格好をしている。


 歳は5人とも20代くらいだろうか。

 おそらく傭兵か冒険者だろう。

 特に前方真ん中で腕を組んで仁王立ちしている男は、不機嫌を通り越して怒り心頭という表情で私達を睨みつけている。

 リーダー格と思わしきその男は、彫りの深い角張った顔で燻んだ金髪を後ろに撫で付けており、他の4人と比べると、さも腕の立ちそうな気配を出している。


「メルフィナ、まさか俺から逃げる気だったとか言わないよな? 不運なお前は俺に返さなきゃならない借りがあるだろう?」


「なによ、あんなの詐欺じゃない! もう私に付き纏わないで!」


 うーん、2人には関わり合いになりたくない事情があるみたい。

 これ、完全に部外者なのに関わらされてる?


「ねーちゃん、アンタは関係無さそうだから、そいつを置いて消えてくれるかなぁ? 今なら痛い目見ずに済むぜ。」


 男は私を見下すようにそう言い放った。

 やれやれ、随分と甘く見られてるわね、私。

 腕にしがみついたメルフィナに少し離れるように目配せし、不安そうに彼女は私から半歩ほど距離を取った。


「それとも暇なら俺達の相手をしてくれても良いんだぜ、ねーちゃんっ。」


 後ろから私の肩に手を置いた男の腕をすっと掴むと一気に引き寄せ、にっこりと微笑む。


「お、まさかそのきぃぃっ!」


 すかさず足を払って腰を浮かし、そのまま一本背負で投げ飛ばす。


「ぶへっえ!」


 投げた男は綺麗に宙を舞った後、ヒキガエルが潰れたような情けない声を上げて、私の足元で大の字になって転がった。


「汚い手で触らないでくれる?」


「ほぉ、どうやら痛い目見たいようだな。」


 男達は剣を抜き放つ。

 とはいえ、やはりリーダー格は腕を組んだままだ。

 数の上での有利を確信していて、相変わらず私を侮っているのだろう。

 ならかえって好都合。


「メルフィナ、私から離れないで。」


「はい!」


 彼女を庇うように男達と対峙する。

 まずは右手前の男が袈裟斬りに斬りかかって来る。

 私は左手で抜いたナイフを逆手に持ち、男の剣を左へ流し、その流れのまま右足で男の横っ面にハイキックを叩き込む。


「がっ!」


 男はクルッと回転して仰向けに倒れ、動かなくなる。


「このアマっ!」


 左後ろからもう1人が剣を刺突に構えて突っ込んでくる。

 私はメルフィナの腰に手を回すと彼女を軸にして回転し、刺突をやり過ごし、そのままガラ空きになった男の太腿に回し蹴りを打ち込んだ。


「あちっ!」


 男はたまらず膝をつき、丁度いい高さになった頭の頂点に踵落としをお見舞いした。

 鈍い感触と共に男は白目を剥いて突っ伏した。


 残りは2人。


「ちっ、だらしがねぇな、お前ら! おい女、少しは腕が立つようだが、俺を怒らせたな。」


 ついにリーダー格が剣を抜いて進み出てきた。


「お前、俺を誰だか知ってるか?」


「さぁ? あんたみたいな三枚目に知り合いはいないから。」


 リーダー格の瞼がピクピクと動く。


「…ふふ、なら教えてやる。俺は"金狼"のドルジ! ここらじゃ名の知れた傭兵さ!」


 "金狼"のドルジ……

 あー、なんか聞いた事あるな。

 確かチンピラの兄貴分くらいのやつだったかな?


「ふーん、あんたが"金狼"か。……なんか思ってたのと違うなぁ。」


「あぁ?」


 やや残念そうな顔をすると、自称"金狼"のドルジは顔を真っ赤にして目を大きく見開いた。


「て、ってめえ、ただじゃ済まさんぞ!」


 怒り心頭で斬りかかってきたドルジは、しかし冷静な動きで連撃を打ち込んできた。

 私はナイフでどうにか斬撃を躱しつつ、体勢を崩さないように努めた。


 さっきの2人よりも一撃が重い。

 流石にリーダー格やってるだけはあるわね。


「オラァ!」


 でも、やっぱりチンピラの兄貴分か。

 勝負を決めるべく、ドルジは大ぶりの一撃を振り下ろし、私はナイフでガッチリと受け止める。

 と、同時に右手で抜いた拳銃の銃口をドルジのアゴに押し当てた。


「勝負あり、かしらね。」


「て、テメェ、いったい…何者だ?」


 風が吹いて私のマントが翻り、右腕の刺青が顕になった。


「私? 私は皆から"不吉を連れ歩く"ネビュラって呼ばれてるの、よろしくね。」


「……は? 十字星を囲む、ウロボロスの刺青!」


 顔を青ざめさせたドルジに、私はウィンクを投げかけた。

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