後編 血の記憶、命の光
一人の少女が立ち尽くして泣いている。
歳の頃は12歳くらい、サラッとした赤毛が特徴的だ。
場所はどこか家の中、暖炉のあるリビング。
少女の足元には二人の男女が倒れている。
それはかつて、少女の両親だったもの。
血溜まりは少女を取り囲むようにゆっくりと広がって、やがて赤一色に床を染める。
いつのまにか、少女の傍らに覆面をした男が近づいて来た。
覆面をしているから人相はわからないが、体格が良く、声が低いからきっと男だと思う。
少女を前に覆面男は屈んで目線を少女に合わせる。
「おい、いきたいか?」
覆面男がそう言った。
いきたいか………、一人でも『生きたい』かという意味なのか、両親の元に『逝きたい』かという意味なのか、少女にはすぐには判らなかった。
だが男は、リボルバー式の拳銃を腰のホルスターから引き抜いて激鉄を起こすと、少女にグリップを向けて差し出す。
「両親の仇が討ちたいなら、生き続けたいなら俺を撃て。でなけりゃお前を殺す。」
覆面越しに男が笑っているのが判る。
少女はめいいっぱい力を込めて男の手から拳銃を引ったくり、震える両手で銃口を男に向けた。
男は立ち上がり、大きく両手を広げる。
「さあ、撃ってみろ!」
少女は唇を噛み締めて、精一杯の憎しみを込めて引き金を引く。
激鉄がカチンと音を鳴らす。
何も……起きなかった。
少女の顔が驚愕の色に染まってゆく。
「くっ…ふふ、クフフははは。」
男は肩を振るわせた。
拳銃には弾が込められていなかったのだ。
男は最初から少女を嘲笑う為に、空の拳銃を渡したのである。
けれど、少女にそんな事は判らない。
だからもう一度、少女は男に銃口を向けた。
生きたい、生き延びたい。
両親の仇を討って、生き続けたい。
その想いを強く強く念じ、少女は再び引き金を引いた。
*
「……う…ん、…あー、嫌な夢見ちゃったなぁ…もう。」
そう言って、毛布に包まっていたネビュラは操縦槽の座席からノロノロと身を起こした。
場所は木々の生い茂った山の中だ。
賞金を得る為に魔獣退治の仕事を請け負い、一通り魔獣を狩った時には日が暮れてしまった。
暗い夜道を無闇に動き回るよりも、一休みして体力を温存する方が危険が少ないと判断し、愛機である機装兵『ミザリィ』の操縦槽で一夜を明かしたのである。
なにしろ街までは機兵の歩行速度でも3時間はかかる距離があるのだから。
伸びをしてからミザリィの主機を立ち上げ、映像盤に魔晶球で拾った外の景色が映る。
周囲を見渡して安全を確認し、座席の背に引っ掛けていたリュックから
一口水を飲んでから携帯食をひと齧り。
「……美味しくないなぁ。」
もそもそとした食感をイマイチ好きにはなれず、けれども他に選択の余地も無いので無言で食べ進める。
最後に水で流し込んで味気の無い朝食を済ませた。
「さてと、後は街まで帰って傭兵協会で依頼達成の報告っと。今度こそちゃんとした宿のフカフカベッドと美味しい料理を楽しむぞぅ。」
もうここには用は無いとばかり、駐機姿勢のミザリィを立たせ、再度周囲を確認してから機兵を歩かせる。
全長8mはある機兵の金属の足が大地を踏み締め歩を進ませる。
景色はずんずんと流れてゆき、けれどもまだ木々が視界を覆っている。
少し視線を落とすと、小型魔獣ティールテイルの姿を確認した。
数匹がこちらを遠巻きに警戒している。
近づいてくる気配は無いようだ。
「今日はもう魔獣狩りはおしまい、アンタ達は運が良かったね。」
ネビュラもちょっかいをかけて来ないのならば相手にする必要は無い。
ネビュラの愛機であるミザリィの武装は大口径ガンソード二丁のみ、小型魔獣相手だと弾代が勿体無い。
それに第六世代機兵であるミザリィには魔装兵のように魔法を増幅して撃ち出す機構を備えておらず、魔法による攻撃を行う能力が無い。
かといって、近接格闘をするにも体長2〜3mほどの小型魔獣は脅威にはならないが小さいゆえに戦い難い相手だ。
だから向かって来ないのならあえて相手にしない。
機兵に乗っているうちはする必要が無い。
森を抜けるとティールテイル達もすぐに走ってミザリィから離れていった。
魔獣の姿が消え、ネビュラも幾分か警戒を解いた。
と、一瞬だが陰った。
その事に嫌な予感を覚えたネビュラはミザリィの頭部を空へと向ける。
映像盤は晴れた青空と、頭上で旋回する
「あー、
端的に言うと翼竜は体長6m前後の空飛ぶトカゲだ。
ただし、その戦闘力は魔獣の中でもかなり高く、口から吐きかける火炎のブレスは機兵に甚大なダメージを与え、空を飛んでいるせいで間合いに近づく事が出来ない。
それだけで地を這う機兵には対処が難しい相手であるのに、それが3匹もいるのだから、たまったものでは無い。
翼竜達はミザリィの頭上を囲むように旋回している。
これは完全にミザリィを標的にしている事を表している。
「逃しては、くれそうにないなぁ。やるしかないか。」
意を決したネビュラはミザリィを前傾させると、背中に背負う
グライデンパックが風を生み出し、ミザリィを一気に加速させる。
だが、頭上を抑える翼竜達は慌てる事なくミザリィを視界から外さず、すぐさま後を追う。
すでに木々もまばらで遮蔽物も無い荒地である。
翼竜達はミザリィから一定の距離を保ちつつ、進路上に向かって火炎ブレスを吐きかける。
対するミザリィは機体をランダムに右へ左へと旋回させながら、器用に火炎ブレスを掻い潜る。
一向に追い込めず、のらりくらりと回避を続けるミザリィに焦れたのか、三匹の翼竜は距離を詰めるべく速度を上げてミザリィへ近づいた。
それこそがネビュラが狙っていた好機だった。
ミザリィに近づく為に直線コースで飛んだ事で、魔導砲の狙いが付けやすくなる。
ネビュラは両手のガンソードで左右の翼竜を狙い定めて引き金を引いた。
鈍い爆発音を発して飛び出した金属塊の弾丸は、狙い過たずに右の翼竜の首筋に、左の翼竜の右目を貫通する。
二匹の翼竜は痛みでバランスを崩して墜落、速度が乗っていた為に着地と同時に数度バウンドして、ピクリとも動かなくなる。
残った翼竜は一匹のみ。
だが、瞬時に仲間を失った事でかえって冷静になったのか、それでも憎悪に燃えたか、ミザリィへの追撃を諦めない。
複雑な軌道を取ってガンソードの射線を躱しつつ、火炎ブレスを小刻みに吹きかけてきた。
「もう、逃げてくれればいいのにぃ!」
愚痴りながらも絶えず高機動で機体を操るが、いつまでも体力と魔力が持たない事を自覚している。
このまま回避し続けるわけにもいかず、ガンソードで応戦する。
しかし、翼竜は火炎ブレスの射程ギリギリまで離れた上で細かな旋回で狙いをつけさせず、流石のネビュラも無駄弾を撃たされてしまう。
「あっちゃ、弾切れだ。」
遂に、ガンソードの弾倉が空になった。
弾が飛んで来ない事に気づいた翼竜は、ミザリィが攻撃手段を失った事を理解した。
こうなれば後は怖いものは何も無い。
一気に近づいて丸焼きにしてやろう、そう考えたに違いない。
翼竜はミザリィへと肉薄せんと再び速度を上げる。
ネビュラは近づいてくる翼竜を真っ直ぐ見据えると一つ深呼吸をして、銃口を翼竜に向ける。
真っ直ぐ突っ込んでくる翼竜、グングンと縮まる距離。
「はああぁっ!」
翼竜がその口を開けて火炎ブレスを吐き出したその時、ミザリィは烈気を吐いて引き金を引いた。
弾切れのガンソードの銃口が一瞬閃光を放ち、黄金に輝く弾丸をぶっ放した。
光の弾は、翼竜の放った火炎ブレスを吹き散らし、開いた口から入って胴体までを貫通、完全に絶命させる。
彼女が最後に放ったもの、それは『光弾』と呼ばれる光魔法だった。
光魔法は聖華の三女神の祝福である聖痕をその身に宿した者だけが操る事の出来る、強力な魔法である。
そして、ネビュラは聖痕を持っている。
右上腕の十字星こそ、その聖痕なのだ。
帝国では聖華の三女神を信仰する三女神教は邪教とされ、その祝福である聖痕を持つ者は迫害の対象となる。
光魔法の行使も帝国では禁止されている。
聖痕を持つが故に、邪教の不吉な呪いを受けた者。
ネビュラの不吉とは、この聖痕を持つ事に根差した差別なのである。
もっとも、ネビュラは誰かから光魔法を教わった事は無い。
あの日、両親を殺され、必死に生きようとした彼女自身が、自ら命の光を発したのだ。
弾を撃ち尽くし弾倉が空になった事を、もう他に取るべき手段が無くなったと認識した時、文字通りの最後の手段として『光弾』を撃つ事が出来る。
ネビュラ自身にはどうにも出来ない理不尽な差別を齎す聖痕に、それでも自分を助ける力を貸してくれる事実を持って、彼女は感謝をする。
「ありがとう、今日もどうにか生き延びれたよ。」
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