タケオ②

「アイス食べる?」


会えば会話をするのが当たり前になったある日、彼女にそう聞かれて俺は食べたいと答えた。一緒にアリの行列を眺めたあの日に家に帰ってから母さんにそれとなく彼女のことを聞くと彼女は関東の大学に通っていて夏休みの間帰省して来ているのだと分かった。関東の大学。だからあまり訛っていないんだ。越してきて初めてまともに会話ができて、呼吸が楽になった理由が分かった気がする。もうどうでもいいと思っていたのに、両親以外と会話をしない生活は自分で思っていた以上に息苦しかったのだ。それに、来年関東の大学を受験すればここを出ていくことができると気付けた。希望が持てた。


彼女とはたいした会話はしていないが家が近所なのと俺の学校が夏休みになったこともあって顔を合わせる頻度は高く、気安く会話できるようになるには時間はかからなかった。なんとなく考えていることも分かるようになってきた。今だって、俺をもてなすためにアイスを勧めてくれたのではなく自分が食べたいからそう言って食べる理由を作ったのだろう。彼女はとても暑がりだったのだ。夕方に庭にいることが多いのは少しは涼しい風が吹くことを期待してだ。彼女の部屋は2階で、屋根瓦が陽射しで熱をもっていつまでも部屋の中が暑いから、夏場は1階の茶の間で寝るのだと話していた。


「どうぞ」


アイスを俺に渡した彼女は玄関前の階段に座ってアイスの包装を破いていた。俺も彼女の一段下に腰掛けて包装を破く。包装の袋についた下がパラパラと落ちてサンダルを履いた足の甲を冷やした。


心地よい時間が過ぎていく。俺にとって彼女が帰省してくる長期休暇の期間だけがここで過ごす楽しみのじかんとなった。


この土地で2年間を過ごした時はとてもつもなく長い時間に感じたが今になって思い返すと一瞬のできごとだったようにも思う。俺は関東の大学を受験して希望通り引越し前に住んでいた地域に戻った。良く知った土地。同じ大学に進学した元同級生。俺を笑うやつはいなかったしすごく居心地が良かった。生き返ったような心地だった。

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