二人の探偵・雨の降る街
水野酒魚。
雨の降る街
その
さめざめと
男が一人、
白髪交じりの
灰色の左眼が、じっと足下を見つめる。男の右眼は眼帯で
「……ほら、立てよ。この雨はしばらく止まない。このまま
男の視線の先、
黒い髪、暗い
「……ウーか」
「今度はどんな女に振られたんだ? テリィ」
男──ウーは手を差し出して、歯をむき出した。
青年──テリィはその手を振り払って、のそりと立ち上がった。
「……振られたんじゃねー。こっちから別れてやったんだよ」
「その割には落ち込んでんじゃねーか?」
ウーはポケットを探り、今時珍しい紙巻きの
「アイツ、男がいたんだよっ。ソイツに
頭を振りながら、テリィは
「ふうん。そいつは
「アンタが、雨、よけてくれれば良いだろ」
「めんどくせぇ。いつも言ってるだろ? 俺の『
ウーの
テリィは舌打ちして、ポケットに手を突っ込んだ。
「……ちっ。ケチくせぇジジイだぜ」
「……あ? 浅はかな若者よ。年の
ムッと口をへの字に結んだウーは、テリィに向かって手のひらを向けた。とたん、豪雨、と呼んでも差し支えないような量の雨が、テリィに
「……ぶっ!? や、やめろ!! ウー!!」
「反省しろ、テリィオス・リベールラ。頭を冷やせ」
テリィをたしなめるように、ウーは彼のフルネームを呼ぶ。テリィはぎっと奥歯を
「ウー! ウー・ドゥーシャー様! オレが悪かった! オレが悪かった!!」
悲鳴のようなテリィの
「……ったくよぉ。手の
雨の街・プルーヴィシティ。その事務所は、ダウンタウンのどこか、薄汚れた雑居ビルの三階にあった。
一階は昔ながらのコーヒースタンド、二階はいかがわしいトイショップ。恵まれた立地のその事務所の看板には、こう書かれていた。『ウー・ドゥーシャー私立探偵事務所』。
薄い扉を開けて、室内に踏み込む。部屋の中央には、なけなしの金を叩いて買った応接セット。その奥には
テリィが回れ右で、シャワーブースに
コートの下は
シャワーの音だけが
ウーはローテーブルに放り出してあった書類を拾い上げ、眼を細めて見るとは無しに
「……それで? 今回の標的は?」
いつの間にやらシャワーブースから出てきたテリィが、髪から水を
「
「
「……はあ……」
ウーは深いため息をついて、寝室に向かった。クローゼットから、まだクリーニング店のタグが付いたワイシャツを取り出してくる。
「とりあえずそれ着てろ。裸よりはマシだろ」
テリィは黙ってシャツを受け取ると、
「……それで? 標的は?」
「こいつだ。
標的の軍人時代の写真を
「……違う。『
「そうか……」
吐き出すように
「……だが、依頼は依頼だ。気合い入れろ」
「解ってる。それで? 今回は『消去』で良いのか?」
「ああ。これだけ楽しんだんだ。もう良いだろう」
くわえ煙草で、ウーは標的の経歴書を取り上げ、写真をはじいた。
「いつ『やる』?」
身を乗り出したテリィに、ウーは
「そうだな。まずはこいつに依頼を持ちかけよう。ターゲットはお前で良いか?」
「……ちっ。役割分担から言ったらアンタだろ? ソイツ、スナイパーじゃ無いだろうな?」
「こいつの
ちっ。もう
「とにかく、だ。何でも良い。標的をおびき出そう。一週間で片をつける」
ウーは断言して、標的の経歴書をローテーブルに放りだした。
四日後。深夜。街はまだまだ眠ることを知らない。だが、今はうち捨てられた旧市街は別だ。建ち並ぶ
かつては孤児院だった建物の中で、ウーは息を
ウーは
じゃり。割れたガラスを
「……あんたが依頼人か?」
低く
「ああ。あんたに消して欲しい奴がいるんだ」
「あんた、探偵だろう? それがどうして『仕事』を依頼する?」
男は『暗殺』と言う単語を口には出さない。なるほど、その程度にはプロらしいな。ウーはぷっと
「殺しに理由が必要か? “アラーニヤ”」
「ふん。私は『仕事』が出来ればそれでいい」
「なら、話は早い。……のこのこと姿を見せたのが運の
ウーは
──そう、
“アラーニヤ”は素早く身をかがめた。まるで、ウーの動作を予期していたかのようだ。そのまま間合いを詰め、
「……脇が、がら空きだ」
“アラーニヤ”は唇に薄い笑みを浮かべた。空いていた
「……?!」
ウーは
「……っ!」
“アラーニヤ”は気配を感じ取り、飛び
「ちっ!
ウーの手のひらで、
「やっぱり、雨の日にしておけば良かったぜ!」
ウーの『能力』は『
「『
意外な攻撃に、“アラーニヤ”は
この世界には、かつて不思議な術を使う人々が
今の時代、そのどちらもが伝説の中の存在として語られているが、“アラーニヤ”は事実として彼らを
「……残念。俺は『どっち』でもねえよ」
水分量は限られている。ウーは間合いを
ウーの攻撃が、“アラーニヤ”のフードを切り裂いた。標的の素顔が
「良いぜ! 相棒! お前の出番だ!」
物陰から、息を
突然、
「……オレを見ろ、クソ殺人鬼。オレの眼を」
テリィは前髪をかき上げて、左眼を
「あ、が! ……が、が、が……?!」
“アラーニヤ”は、声にならない
そのまま左眼で見つめ続ければ、やがて標的の心臓が止まる。その前に、ウーは後からテリィの眼をふさいだ。
「もういい。もういいぞ。テリィ。良くやった」
テリィが前髪を下ろすと同時に、“アラーニヤ”は床へと倒れ伏した。
ひくりひくりと震えるだけの
「
ウーが、右眼の眼帯を上げてみせる。その
昔、寝物語で聞いたことがある。昔々、地上には魔の王がいた。その王が力を分け与えた者を『魔の者』と言い、彼らはそれぞれ固有の『能力』を持っていると。
『魔の者』は身体のどこかが必ず
『魔の者』の中でも特に強力な者は二つ名を持っていて、人々と
そして、『魔の者』は人を──
“アラーニヤ”は、声にならない悲鳴を上げた。だが、その声は誰にも届くことは無かった。
「……その『
分厚いステーキにナイフをいれるウーを目の前にして、テリィはげんなりしたようにつぶやいた。
数日後、事務所に戻った二人は遅めの昼食をとっていた。テリィの目の前には、まだ手のつけられていない豆腐ステーキ。ウーと行動を共にするようになって、テリィは菜食主義者になった。
ウーは飯を
「仕方ねえだろ。善良な一般市民を
ウーはステーキを
「……まあ、良いけどな。おかげでオレは姉ちゃんの
『魔の者』の主食は人。ウーは街のゴミどもを始末する『汚れ仕事』で食料と
二人の探偵・雨の降る街 水野酒魚。 @m_sakena669
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