第16話 幻視と幻聴の大聖堂

 私はいつの間にか天上の神秘的な大聖堂の中にいた。

 私の持つ感覚五つの内の二つは、幻覚と幻聴となって変わり、鋭敏に働き出した。

 私は仏教とキリスト教のシンボルを幻視、幻聴した。

 私はそれらを一つに結び付ける事に気が付いた。

 仏の教えとキリストの教えを見事なまでに融合させた、大聖堂の奥の正面にステンドグラスの大きな薔薇窓を見付けた。そこには、仏陀が慈悲深く微笑む姿と、イエス・キリストが十字架で死に、蘇った姿が描かれていた。

 そして、その姿に見入っていた私は、教えや宗教がある種の境界線を越えて、一つに繋がっている事を感じ取り、熟考し問いを繰り返した時、私の中で各キリスト教、仏教の枠を取り払った本来の信仰のあり様を悟ったのだった。

 キリスト教や仏教の信仰心の枠はなくなり、二つは融合され得る考えだと、私は悟りに至った。

「そうか!この両信仰は根の部分では真理が繋がるのだ。これで白松あやめ、その両親の森田夫妻、そして私こと白松春人は、キリスト教の信仰そのままに、転生もし、天上での分け隔てない信仰を超えた生を心配なく得る事が出来る!」と、大きく目をぎらつかせながら叫んだ。

 ところで白松あやめの私から見て、義理の森田夫妻の骨壺をどうやってここの大聖堂に呼び寄せればいいのだろうか?

 妻のあやめの骨壺に一緒に入っていた一ノ瀬沙羅、河田莉乃のお骨はどう分けたら良いのか?

 悩みが残ってしまった。暫く佇み続けた。

 すると何度も見てきた顔に骨格、髪の艶と長さの赤いドレスの者と呼んでいた彼か彼女が、純白のドレスを纏い、目の前に現れた。

「私を一つ理解したいだろう?名を合(あい)と言う。教団で楠(なん)国の北部地方を統括している責任者だ。随分と自己紹介が遅れたが、教団の秘密を極限まで守る必要があったからだ」と、出で立ちががらりと変わった絹の白いドレスを気にしながら、教団の裏で秘密裏に動く白い帽子に黒スーツの男達が、静かに同じ空間にいつの間か、そっと立っていた。

 何かを抱え持って。

 白いドレスを着た合はその者達に目をやった。

「彼等が胸に三つ抱え持っているのが素焼きの骨壺だ。そこに白松あやめ、一ノ瀬沙羅、河田莉乃のお骨を分けて入れる」と言われて私は嬉しくなった。

 言うなりに急いでガーゼ生地を解き、新しい骨壺の蓋を開け中に一ノ瀬沙羅と河田莉乃のお骨を分けて入れ納めた。

 全体的に彼女らのお骨は少なかった。

 なぜなら初め訪れていた田敷町のそれぞれの家の中に放置してきたのだからであった。

「そして我々裏組織が、白松あやめの両親の骨壺を秘密裏にここへ持って来ている。確認するが良い」と合が言い放った。

「これで皆共々、天に召されつつ成仏出来るな。白松もいずれ我等教団で働くと良い」

 少し笑みを浮かべながら合は言った。

 そして死者名簿管理人に骨壷を託し、それぞれのお骨の寸法を計り、名簿を完成させて、なるべく隣り合う様に骨壷を欅の棚板の上に安置して貰う様にお願いした。

 白松あやめ、一ノ瀬沙羅、河田莉乃、川﨑水蓮とその夫、森田夫婦の各お骨を。


 一方で、白化して死滅し所々黒色が目立つ珊瑚に覆われた、海底の大聖堂に綴じ込まれて、私によって各信仰を整理する事が困難な信仰と信者があった。

 イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、ゾロアスター教、無神論者等は、互いの宗教、無信仰を私の中で一つの信仰心の枠に繋がりを持たせる事が出来なかった。

 結果、私はこれらの信仰と信者らを海底奥深く、死滅した珊瑚の大聖堂の中で、行き場もなく巣喰わせてしまったのだった。

 そしてこれらの宗教を信仰する者、無神論者の死霊は、この巨大な珊瑚の聖堂内を飛び交い、彷徨っている死霊魔術を行う術師(ネクロマンサー)の力により、永遠に海底大聖堂の中を彷徨い続ける末路となってしまった。

 しかし、その集まり続けた死霊の数、数十億はいずれ死んだ珊瑚の大聖堂の最も大きな宗教が混沌と描かれた薔薇窓を突き破り、聖緑に輝く海面を目指すまでの力を持ってしまっていた。

 岸壁に停まっていたあの不沈の大型クルーザーは、大きく海面で揺れ始めてしまった。

 オベリスク型納骨場の尖塔部分を上へ下へと彷徨う死霊に、激しく全体を覆い尽くされていたオベリスクは、徐々に破壊されていった。

 死霊魔術を行う術師(ネクロマンサー)の力で、オベリスク納骨場に納骨されていた特別な扱いを教団にされている者達は、永遠に死滅したオベリスク納骨場内部が崩壊し、暗黒の天空を彷徨う死霊と姿を変えた。

 あらゆる骨壺は死霊によって破壊されて、中のお骨は粉砕されて見るも無惨な姿となってしまった。


 より勢いを増した数十億の死霊の群れは、更に暗黒の天空を抜け、天上へと向かって行き、白光を放つ総大理石の大聖堂に到達した。

 初めは白光の高さ百メートル程の大聖堂の小窓を壊して中に侵入し、選ばれし特別な精霊達を襲っていたのだが、海底からの上昇の勢いは収まる事はなく、遂にイエス・キリストと仏陀を装飾した最も大きなステンドグラスの薔薇窓を、外から内側へと破壊して行った。

 ここに至っては死霊は見境なく、白い大聖堂内を自由に飛び回る精霊を死霊へと次々へと変えて行った。


 白松あやめとその両親の森田夫婦、一ノ瀬沙羅、河田莉乃と川崎水蓮とその夫の骨壺も例外なく、死霊達に破壊され、永遠に彷徨う同じ死霊と変わり果ててしまった。

 この私、白松春人も白絹のドレスの合、操舵長の関、死者名簿管理人、黒づくめの者達、白帽子の黒スーツの者達、教団の者達も例外ではなかった。

 そしてこの皆は生身の身体を持っていたが為、一度死体となりそこから、肉体を燃やして灰となって、死霊の姿にまで至るには、意識がぎりぎりまであった為、その変貌して行く過程を経験する事となり、極めて残酷な体験をした死霊達となった。肉体や精神等なかった方が良かったのかもしれないと、私は思った。


 ここから、死霊から精霊へ向けて容赦のないその圧倒する数十億の数を用いて、霊的な武器攻撃を数十億と繰り返した。

 ネクロマンサーの力で次々と精霊は、最終的には死霊へと姿を全て変えていった。

 白光放つ大理石で全てを建立された大聖堂を、死霊が彷徨う事で外観もまた徐々に海底の大聖堂の様に、白く所々黒色が混じり合った死んだ珊瑚に、総大理石は徐々に覆われていき、終いには大聖堂は見えなくなり、完全に死んだ珊瑚に白く黒く覆われてしまった。

 元々の大聖堂は窓や薔薇窓も死んだ珊瑚に覆われ、光が内部に届かない不気味な海底の大聖堂の様に変わり果ててしまった。

 結局、肉眼で見えるキリスト教、仏教信仰を持つ者達の霊的なものは地上から消えてしまった。明るい天上の世界もまた消えて、白く光を放っていた天上の大聖堂は、海底奥深くにあるそれと外観上なんら変わらない、信仰や無信仰だけはイスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教、ゾロアスター教、無神論者等に大きく変わり、巣喰っている世界に変わろうとしていた。

 一方この大変動の中でも砂丘地帯は生き残っていた。砂丘の地質も変化して、新たな植物が自生して育ち、花の多い草原となっていた。ハナビシソウ、ヤグルマギク、ハナマス、オオバギボウシ、ススキ、ヒメユリ、ヒメヤブラン、ナルコユリ、オミナエシ、キキョウ等が確認出来た。また海辺にはハマヒルガオ、ハマニガナはしぶとく自生していた。


 初め見た曲面の海原の奥に見付けた、高低差十メートル程の海底を寸断する海底の崖が生み出した海原の滝であった。

 しかしのその海底を寸断する崖の亀裂がますます大きくなり、その高低差は高さ三百メートル程に達するまでに至った。

 これ程の大きな海底の地殻変動が引き起こされた為に、教団の漆黒の大型クルーザーは海底に一気に引っ張られてその船舶の胴体は粉々になった。

 オベリスク納骨場にいた教団関係者達も海中に投げ出され、溺れ死ぬ事となった。

 砂丘地帯を除き、奇岩海域もオベリスク型火葬炉の島も、そしてオベリスク型納骨場の島も、綺麗に海底へと引きづり込まれ、海面からは消えてしまった。

 そしてこの海域には高低差三百メートル程の巨大な断崖の海の滝が生まれ、大きな音を轟かせていた。

 この海底地形の大きな変化が起きた事により、楠(なん)国の北部の地域が海底に沈んでしまい、我々の育った地域一帯、家々や町や高速道路までもが海底に消えてなくなってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る