第15話 オベリスク型納骨場

 晴天と操舵室から漏れる鼻唄で、緩やかな曲面の海原を越えて進んで行くと、滝の全貌が見えて来た。

 高低差は大型クルーザーの三分の二程度の高さで、曲面を描く海原に向かって滝は見上げる形で轟音と共に注がれていた。

 また穏やかな海域であれば、クルーザーにとって滝は恐るに足りない存在だった。

 海原の滝を左方向に見ながら船を北に旋回させ、必ずあるはずのオベリスク型納骨場に、速力最大にして舵を切り、向かい出した。

 大型クルーザーが進む途中、海原の曲面は大きくなる事はなく、乗組員達が危険な目に遭う事なく、緩やかな曲面の海原が続いていた。

 左方向に見える連続する滝の落差が、急に何十メートルと大きくなる事はなく、クルーザーは安全に航行が出来た。

 そして前方にオベリスク型納骨場の立つ島が見えて来たのである。


 船を停泊させて、石垣で出来た海面から伸びる登り階段を皆で上がり、島に上陸を果たした。島は上から見ると楕円形になっており、そのほぼ中心にあのオベリスクが聳え立っていた。

 納骨室内部は狭いと言われているが、その高さ二百メートルにも及ぶ構造体の地面とぶつかる基礎周りの迫力ある出で立ちには驚かされた。

 意匠は古代エジプト期のものを彷彿とさせる、正統派なオベリスクだった。

 組積造を鉄筋で補強した様な作りをしている、方尖塔だと私は推測した。

 建造されて二十五年から三十年といった時の経過が想像出来た。

 昼間と言うが、黒い雲が張り出して来て、今にも雨が降りそうな空模様だった。

 停泊する大型クルーザーには、関操舵長と言ってもいい彼が船舶を守っていた。

 そして皆、保護帽と救命胴衣を装備したまま、高くて濃い色の木製観音開きの入り口扉が開かれていて、納骨場の入り口と思しき所へ、上り坂を登って行った。足元は砂利と雑草とが混じり合った進みにくい地面だった。

 この島の気候は常に海に囲まれている為、湿度が高かった。

 つまりあまり心地の良い場所とは言えない所だった。

 その入り口の直ぐ前に濃茶のコートを来た、出ている顔を見る限り、八十歳代の肌の白い男性老人が見えた。

 彼を知る者と知らない者一様に深々と頭を下げた。

 ここオベリスク型納骨場の管理者だろうと想像出来た。

 扉の両脇には照明が二つ、辺りを照らしていた。管理者に向かって赤いドレスの者は口を開いた。

「彼はオベリスク型納骨場の永遠の住人、死者名簿管理人様である。ここの施設の事なら何でも知識を持つ者と言っていい方だ。齢八十歳代でも我々より知識と経験がまるで比べ物にならない方だから」と敬意を持ちつつ赤いドレスは述べた。

 紹介された死者名簿管理人は、深々と頭を下げて挨拶をした。

「これは久方ぶりです。数少ない私の友人、赤いドレス様とそのお仲間様。いらしてくれて嬉しゅうございます。やはり生身の人間は生き生きとしていて、空気を震わせて話すというのは、これ貴重な現象。私めの普段の友人達、お骨は何も震わせず話し掛けてきますからね。おっとこんな事を言うと教団に叱られますな」と、一人長々と話し一呼吸をし、咳払いを三度した。

「長々と話してしまいました。友人を見て嬉しくなったもので。口は災いの元になりますからな。お互いに」と付け加え言葉を切った。

 そして再び教団独特の沈黙が支配し出した。

 空は黒い雲に覆われ、海面は聖緑で輝きを放ち、海原は更に緩やかな曲面へと全体的に変化していった。

 一度、死者名簿管理人は赤いドレスの者達に頭を下げると、静かに振り返り、オベリスク型納骨場の入り口の観音扉をゆっくりと静かに入って行った。

 そして友人達を巨大な建物の中へと案内した。


 小さな白熱電球を未だ使っている死者名簿管理人だが、外から中に入って来たばかりの若い友人達にとっては、視界がその空間の暗闇に中々慣れず、ほぼ平らなタイル張りの床であるのに、躓いたりする友人もいた。

 人と離れて生活していると、LED照明器具に特別な興味を持ったりするまでは、至らないのだろうか。

 それとも時々訪れる事のある友人達が、その事を指摘して上げないのだろうか、それとも彼の心情に配慮した結果なのかと、私の想像は浮かんでは消えていた。

 次第に目は暗闇に慣れて来るもので、オベリスク納骨場内部の様子が見えて来た。


 オベリスクの内部水平断面は正方形の形となっており、内部一辺の長さは長い所で十五メートル程で、内部空間が上方に向かう程に先細っていき、上部尖端部では恐らく空間が使えず、骨壷を並べる事は出来ないと想像した。

 そして高さ百八十メートル位までが、骨壷を並べる限界だと考えた。この様な事をこの場所、オベリスク納骨場内部で考えるのは、不謹慎だと思ったが私の持ってる感覚がそうさせてしまった。

 誠にこのオベリスク納骨場内部は、奇妙で好んで近寄り難い空間と空気をまとっているのである。

 高さ六十センチメートル毎に欅の棚板が上へ上へと張り巡らされて、その上に骨壷が置かれて並んでいた。

 また高さ三メートル、幅二メートル毎に白熱電球の懐かしい明かりが、空間を灯していた。

 外からこのオベリスク納骨場を見た時に感じる威厳や畏怖の念、その巨大さから来る圧倒的な存在感に、見る者は閉口させられてしまうのだ。

 しかしこの納骨場の内部空間は奇妙で、多くの骨壺の反復した存在感に、また白熱電球の暗く静かな足りない明るさが、どうにも不気味で、奇怪さだけをどうしても醸し出しているのであった。

 この違和感を感じながら視界を落として、一同が集まる一階部分の南側一角を見ると、棚には何段にも渡って、同じ高さの書物の様な物がずらりと並んでいた。

 これを見て驚いている若い友人に、喜ばしそうに死者名簿管理人が口を開いた。

「これが長年管理しているこの内部空間に集められている様々な形態の骨壺の中に眠る死者達の名簿なのだ」と、一旦話すのを区切った。そして二回咳払いをして続けた。

「私はこの死者達の名前、お骨の特徴、骨壺の形状と位置を全て記憶しておる。特に新しい記憶が得意なのだ。自慢出来ることだが」と付け加えた。

 死者名簿管理人はまた口を開いた。

「新しく追加予定の骨壺の七つは、名簿に名前も骨壺の特徴も書き写してある。お骨の特徴も書き込みたいので、早く壺の中を見せて欲しい」と、赤いドレスの者の方向に呟いた。

 その時、察した様に友人達はこうした事を一人で続けて来た死者名簿管理人の素晴らしい活動に、素早く感嘆の拍手喝采を浴びせて、その功績を労った。

 改めて誰にも真似が出来ない能力なのであった。

 赤いドレスの者が前に出て来て言った。

「いつも感謝している。本当に真似が出来ないことだ。そしてここを訪れる特別な親族に、大きな安心を提供している事だと思う。改めて礼を言おう」と言い、不意に高い天上を見上げた時だった。

 このオベリスク納骨場内部の天上が、白く光っている様に赤いドレスの者には見えた。

「白い光が輝いている。あれはなんだ死者名簿管理人?」と、彼女か彼は天上を指差した。それを見て少ない友人達は天上を思いっ切り見上げた。

 

 それを見聞きしたオベリスク型納骨場の永遠の住人、死者名簿管理人が呟いた。

「オベリスク型納骨場の垂直な先の天上の、白光輝く更に向こうには、死後の転生を司る精霊達が集う、大理石で全て建造された神秘的な高さが百メートルにも満たない大聖堂が、見た事はないがかつてから現存していた。ここを訪れた人は皆、本能的にこの白光煌びやかな大聖堂を想像したがるのだ」

 死者名簿管理人は咳払いをして続けた。

「一方で聖緑に輝き光を放つ、曲面の海面の底に浸かり、永遠に死霊として彷徨う事を司る、死した珊瑚に全てを覆われた海底からの高さ百十メートルの大聖堂がまたかつてから存在していた」

 死者名簿管理人は一度休憩して、再び話した。

「何れの大聖堂も想像して人間の中で幻視、幻聴が出来る者は、あの大聖堂二つを目に焼き付ける事が出来る。勿論人によって見え方が異なる存在である。見える形が違うのだ。悲しいかな私は見た事はないんだが。未だに。」

 と、死者名簿管理人は少し悲しみを堪えながら少ない客人に語りかけた。

「どうだろうか?皆に挑戦して貰いたい。天上の白光の向こうに、大聖堂があるか幻視、幻聴して貰いたいのだが」ややあって死者名簿管理人が挑戦的に口を開いた。

 そういう事ならと、少ない友人達は挑戦を試みた。白光のオベリスク空洞の空間を見上げ、或いは黒ずくめの男二人は、観音扉を開いてオベリスク納骨場の外に出て、聖緑の輝き放つ曲面の海原のを見た後、天上を見上げて幻視と幻聴を試みた。

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