第14話 オベリスクと海原
赤いドレスの者はドレスに溜まった汚れを、火葬の儀式の前に出来る限り払い落とそうと悪戦苦闘していた。
男達四人は棺の四隅をしっかりと握り支えて、オベリスク型火葬炉の入り口に向かって進んで行った。
そしてもう一つ、教団を秘密裏に動かしている者達の一人、白帽子の黒スーツ者が川崎氏の為の立派な骨壺を何処からか運んで来た。素焼きの物とは雲泥の差となっている程、比較にならない立派な物だった。
大型クルーザーから秘密裏に運ばたものだろうと考えた。
川崎氏は教団にとって特別な人である為、素焼きどころではなく聖緑に輝く軽量金属製の十字架とキリストが刻まれた骨壺に川崎の夫のお骨を入れる事にしていた。
彼はその生涯に渡って多くの寄進を教団に行なった人であった。そんな類稀な人は我々の町、田敷町には一人だけだった。
しかし、教団への寄進は個人個人で評価していた為、妻の川崎水蓮はほぼ皆と同じ素焼き製の質素な骨壺に入れられ、白帽子の者によって、夫と共にクルーザーから火葬炉入り口脇に運ばれて来ていた。
寄進の額はあまりにも違えど、共に夫婦としてオベリスク型納骨場に葬る事と段取りされていた。
また一方で健康的であった川崎氏はいつぞか自害されたと言う。噂では今の生き辛さが理由だったと言う。なんとも惜しい事だった。神に只祈った。
オベリスク型納骨場とは、オベリスク型火葬炉の更に西に聳え立っており、高さは二百メートルにも及ぶ。
この納骨場には教団にとって特別な者を葬り、近年少しずつその数を増やして来ているという。
内部は少し狭い印象で、骨壺を置く棚板は欅で出来ており、下から順に上方へとその棚を見る事が理解出来、荘厳な雰囲気を醸し出しているという。
オベリスク火葬炉の中に川崎の夫の棺を入れ、火葬が始まって一時間程経過した。
遺族がもういない為、一時間程かけて収骨し聖緑に輝く軽量金属の特別な骨壺の中に彼のお骨を納め、蓋を閉じてシルクで全体を覆って縛った。
この作業をしている時に白帽子の黒スーツの男が一言詫びたいと、私に言って来た。川崎の住まいは高級で自害したという事もあり、通例の弔い方が出来ず、近所、救急、警察に隠し通す必要があった。
その為、場所を移して、白松家に破壊工作をして、川崎水蓮の骨壺と夫の棺をカモフラージュして隠したと事情を伝えて来た。申し訳なかったと。
私にとっては遠く昔のことの様に感じて、大した感情も湧く事もなく、男の申し出を愛想なく答えた。「ああ、大丈夫だ、気にしてない」と。
川崎氏の火葬が終わり、皆教団の関係者なのであるが、オベリスク型火葬炉を離れて、砂丘の島の湾に関が急ぎ停泊させた漆黒の大型クルーザーに乗り込んで行ったのであった。
赤いドレスの者が少し大声で注意を促した。私も含めて。
「ここから向かう海は今までより、注意が必要だ。海に投げ出されるな。海を恐れてクルーザーの中にばかり居たら、転倒して怪我をするぞ!」と。
彼女か彼は充分緊張を与えるのに成功した。中には恐怖した者も一、二名いた。
関は操舵しながら砂丘の島の湾を西へと離れて、舵を北西方向へと切った。
あまり速度は出さずに警戒する様に、少しずつという感じで進んだ。
乗務員の中には彼の操舵の技術にまで不満を持つ、行き過ぎた者もいた。
赤いドレスの者と関との信頼関係は揺るぎなかった。
川崎氏の骨壺は白帽子の面々で交代で持つようにしているのだが、既に指が痺れてひくついている者もあった。
しかし、関と川崎氏、私以外ここにいる者の名前すら未だ知らないという不思議さに、皆感覚をおかしくしないのだろうか?
私が思うこの関係性への無関心とは違う、関係性によって成り立っている気がした。個が埋没し下位の者が上位の者を察する言語文化というか、そういう物に支配されていた。
関は変わらず同じ速度で北西の方角に向かって大型クルーザーを走らせていた。
ゆっくりとしたスピードで船舶は湾を出て、二時間以上移動していた。
そして。
「ここから厳戒態勢だ!救命胴衣類を今一度確認しろ!投げ出されたら死んだとみなす。誰も捜索はしないからな!」
赤いドレスの彼女か彼は、既に保護帽、救命胴衣を着用していた。私も今一度、飛来落下物用保護帽、国交省型式承認船舶用救命胴衣をきつく締め直した。
船内の緊張感が高まり、空気感も張り詰めたものになって来た。
「皆に私が見ているのを見せてやる。前方デッキに直ぐに来い!」とドレスの者が声を上げた。
数十秒後、皆デッキに立っていた。一瞬は皆状況が理解出来ず、何処が厳戒態勢なのかを探っていた。
しかし赤いドレスが両手で方向を示した時、皆声を失ったのだった。
海中から見た事のない聖緑に輝き放つ光が海原に広がり、海面はというと右から左へ、その反対も然り、波はあっても穏やかな時であれば、平面な海原なのに対して、きつい円弧を描く曲面の海面が左から右へ右から左へと見た事のない大きく盛り上がった海原が、皆の前方を覆い尽くしていたのであった。
この大型クルーザーに自然が試しているかの様な、難解そうな場面、海原に出くわしてしまったのだった。
私を含め皆どうしたらいいのだと困惑して、気持ちはどうする事も出来ないと諦め、皆、教団関係者だが怯え切ってしまっていた。
赤いドレスの者は驚かせ過ぎた事を、皆に詫びた。
先ず外部デッキから、クルーザーの中に皆を案内した。
そして、ここはオベリスク型納骨場に向かう時に必ず遭遇する曲面の海原である事を伝えた。
毎回そこを上手く避けながら、オベリスクの島に向かっていると説明した。
「毎回だから、私と関のコンビネーション・プレーで越えていくのだから。正面の高い所から越える事は絶対しない。端の海原の曲面が緩やかな所を狙って、毎回、関は越えてオベリスク型納骨場に到着しているから」と伝えて赤いドレスの者は、皆を安心させようとした。
この間、関は操舵室で舵を取りながら、緩やかな曲面の海原を探していた。それは直ぐに見つかるものでもなかった。関の腕をしても。
今回はルートが見つかりにくい、つまりは時間がかかりそうである旨を、赤いドレスの者に関は伝えた。どうしようもない事は仕方がない事だから。
「どれくらいで見付けられそうかしら?」と言う赤ドレスの返答も予想していた。
「いつになるか分かりません」と回答するしかなかった。と、いつになく今日の自分は弱いなと考えた時、暫く操舵席に座り休む選択をした。また考えてしまった。
コース取りが今回難しいとは言え、いつも通り海面の緩やかな曲面を探す事には変わりない。
その時、少し曲面が緩やかになった海原の瞬間!
その奥に滝が現れ、海面に落差十メートル程で、落ちているのが見上げる形で見えた、これは初めての事だった。
これはまたより複雑なコース取りになりそうだったから、赤ドレスの者に直ぐに伝えた。彼女か彼は少し沈黙をおいて解答した。
「漆黒の大型クルーザーでしかも流線形は、高さが優に十メートル以上あるではないか。少し手間取っても滝は越えられる。大丈夫だ。しかし滝が奥にあったとは、初の発見だね。ここの海域は一体何なのかしら」と、驚きながら言った。
関はメインのコースを根気強く探して、そこを進行して滝との対峙は漆黒の流線形大型クルーザーのサイズと頑丈さを頼りに、それをぬっていくコース取りにして、アラベスク型納骨場の島を目指すことにした。
赤ドレスの者は、冷静に務めて、船の非常用の水や食料を黒づくめの男達と作業を分けたが、私が特に恐怖していた。
皆、水食料を食べ終えるとさっきまでの表情とは異なり、穏やかな緊張や恐怖が緩やかに薄れた表情をしていた。
赤のドレスの者は、闇雲に現実を精神的に大きな曲面の海原の存在にしたり、皆に伝えたりするのは混乱を招く為、口外しない様に注意する事と心に留めた。
操舵室の関は、海というのは計り知れぬ、海原の背後に滝が存在するとは、想像だに出来なかったのだった。曲面の海原の海流が複雑になりそうで、頭を抱えるしかなかった。
だが関自身がこの事実を乗務員とすれ違い様に簡単に言う事は出来なかった。
混乱を更に助長してしまうからだ。あれだけ通ったオベリスク型納骨場の島は何処にあるのだ?
関は休憩中、操舵を一時的に教団員の一人に変わって貰った。疲れていた。
徐ろに専属美容師にヘアカラーとトリートメントをして貰った。組積造と鉄筋で出来たオベリスクの色に合わせて貰い、髪を染めて貰った。更に全身を海上自衛隊の服装にコーディネートして貰った。
オベリスク型納骨場の島には、砂丘の島を離れて、今の時間帯になっては太陽が天上から海面を強く照らしていた。
関は困難を要する旅には、皆に自在に簡単に動かしている様に見える操舵の困難さを味わって欲しかった。
そして関は休憩している事を赤いドレスの者に遅れて伝えていた。漆黒の流線形大型クルーザーは大なり小なり海水を浴びたとしても、室内のクルーザー空間を密閉した扉で海水、雨、露を防ぐ事が出来る設計になっていた。
曲面の海原が緩やかになり、滝が良く目視出来た時、赤いドレスの者は「コースが見えた!」と叫び、関に再びエンジンをかけて、コース通りに進む様に呼び掛けた。
大型クルーザーの船内に向けて、赤いドレスの彼か彼女はマイクで伝えた。
「大変お待たせしてしまいましたが、快適なクルージングをお楽しみ下さい」と船舶内に涼しくアナウンスをした。
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