第13話 砂丘語りと水場

 更に西の海域へと進みながらとても現実味を帯びない光景を見、体験をして来ていると、私は不思議な感じの中にいた。

 崩壊した奇岩海域から百キロメートル程西に大型クルーザーを走らせた時、いきなり前面になだらかな島と呼べる存在が確認出来た。

 そこは全面砂丘であった。時間も明け方という事もあり、西の空も遅れて明るくなって来ていた。

 大型クルーザーを停めて、関と白帽子の者達をクルーザーに残して、赤いドレスの者、黒づくめの男二人と私とでこの比較的日差しの少ない砂丘に上陸した。

 砂丘は小高い丘になっており、見上げればヤシやソテツがぽつりぽつりと生えていた。地面に目をやると確認出来た植物は、ハマヒルガオとハマニガナの二種類だけが自生していた。

(ハマヒルガオとは、高さは三十から五十センチメートル程度で、ピンク色の小さな花を咲かせる。この植物は塩分に強く、沿岸部の砂地や岩礁地帯などに生息する事が多い。ハマニガナとは、海岸の砂浜に生育する多年草。 地下茎を長く伸ばして群生し、葉と花茎を地上に出す。 葉はやや肉厚で、三から五裂する。 花期は四から十月、頭花は径二から三センチメートルで、十五から二十個の黄色の舌状花からなる)


 また所々、場所によっては小さい水場があり、少しずつ植物がある事から、水があると確認出来た。

 なぜこの様な砂丘を歩く必要性があるのか?理解出来なかったので、赤いドレスの者に尋ねてた。何も答えない。必要最低限しか話さないので雑談すら出来ない、理解の出来ない相手なのであった。

 もう三時間程、砂丘を稜線に添いつつ歩いていたのだろうか?赤いドレスの者はここにクルーザーに乗って、何度も来ているのではないのだろうか?そうでないとおかしい。

 しかしわざわざこの砂丘をこんな大変な目をして進んで行く理由があるのか。彼女か彼はこの砂丘の情報を持ってないのか。その様な事はあり得ないだろう。

 私はひたすら憤慨していた。そして喉が渇いていた。赤いドレスの者に一言言って近くの水場に向かった。下り道のコースの先にあるその水場があった為、蛇行せず早めに直進した。

 水場は植物ありと言っても二種類だが、葉は食べられそうだった。肝心の水であるが鮮やかなマリンブルーをして透明であり、その喉越しを期待した。

 水をすくって飲んでみると、その味に驚いた。今まで口にしたものの中で最上級に甘いのであった。シロップや砂糖、甘菓子等より遥かに超える甘さだった。

 これは喉が渇いてごくごくと飲む様なものではなかった。しかし幾分かは喉を潤した私は、葉を食べて不快になり少し空腹を満たした。

 比較的近くになぜか赤いドレスが見えたので、文句の一つ言おうとした。遮られた。

「我々はあの水を痺(ひ)と呼んでいて、一定の警戒を持っている。飲むと身体が多少麻痺するのだ。部分麻酔の様な効果が現れる。暫くしたら身体に出て来る。出たら言ってくれ。程度を知りたい」

 ドレスの者はそう言うと再び砂丘を登り出した。

 彼女か彼がこんなに語り掛けたのは初めてではないか。私は呆気に取られながらも嬉しい感情を抱いていた。

 赤いドレスが言う様に身体に麻痺を感じて来た。左腕から先に感覚がない。動かす事は出来た。ドレスの者に告げた。

「負傷や内臓の痛み等で苦痛を感じた時、飲めば痛みを回避する事が出来る」と淡々と告げられた。そして沈黙と砂丘の風が流れた。


 砂丘の稜線が風で変わる風景には慣れて、見上げる空の広さは未だ未だ砂丘に覆われている事が多く、空は狭かった。

 しかしここに来て砂の稜線が前を見上げてもなくなりかけてきた。遂には空全体を眺める事が出来る位置、砂丘の頂きに私は立っていたのだった。

 幾重もある稜線の波の美しさ、辿って来た砂丘の傾斜に混じりながら、美しいマリンブルーの痺を提供してくれる水場と植物が高みからは幾つも点在する所が見えた。

 美しいその物だった。東側は。

 しかし西側前方に広がる光景は全く異なるものだった。そもそも砂丘と呼べる場所はなく、聳える自然石の岩肌が険しい岩と岩が密集する様に千幾つと並んでおり、その岩と岩との間は砂丘の砂が歩く者達を滑らす様子を目視し想像が出来た。

 さっきまでの歓喜は消えて厳しい現実が横たわる、今までとは全く異なる砂丘だった世界を、まるっきり忘れて進まなければならない世界だ。

 私は絶望的な気分に浸っていた。しかしだった。

「良く頑張った。ここからは比較的進み易いルートがあるから、そこを下ろう」赤いドレスの者はそう言うと、稜線を外れて西側に降りて行った。

 私はついて行くしか選択肢がなかった。

「部下の男達はこの岩場を下るのは大丈夫なのか?」私は尋ねた。

「彼等は猛者だから」ドレスを着た彼か彼女は言った。


 比較的下り易いルートではなければ、私達二人は西側へと下って行く事が出来ないと、想像が出来る程、このルートでさえ左右から上下から、岩の尖端に恐れながら進む事に、精神的に追い込まれる場所から場所の移動だった。

 息を抜けなく、集中は切らせなかった。

 そしてまたドレス姿の彼女か彼は、このルートを歩む事に慣れている。しかし私は初めてのルートだった為、ドレス姿の人に距離を開けられ、遅れを取ってる事に、苛立ち焦り、不安と緊張感に大きく襲われていた。

 しかし脱力を試みて滑る様に岩場を前進しようと考えてみた。

 それと同時にあやめの父母、森田家の墓、骨壺の場所を思い馳せてみた。

 東の果ても果て、そんな所に置き去りにして、妻の希望を叶えてやれるとは、到底思う事が出来ないでいた。

 私は只、前を向いて進むドレス姿の彼女か彼に縋り付き、西へ西へと進む事が今出来る事だった。途中で保護帽はたたみ、救命胴衣は薄く空気を抜いていた。

 岩場を下る途中、衣服を着ても着てない所も擦り傷で身体中、痛かった為、ドレスの者にマリンブルーの痺を適量分けて貰い飲み込んだ。

 あれ程痛かった擦り傷が何とも感じなくなった。

「ありがとう。あなたの名前はなんて言うんだ?」

 ひたすらに沈黙だった。距離が掴めない。寧ろ言った事で離れたかもしれない。不思議な人だ。

 岩と岩との間をぬって下って来た事、五、六時間。太陽は昇り西側も充分照らしてくれていた。下り出してここに立っているという事は、海抜〇メートルの地平に漸く辿り着いたという事だった。

 ぐるっと南の方角を見てみると、そこは砂丘の島の湾になっており、もはや懐かしく感じる関が運航する大型クルーザーが停泊しており、僅かに船体に波が当たる事でクルーザーは、漆黒のボディを見せ付けながら揺れていた。

 早く乗船したいと私は思っていた。

 再び西の方向を見てみると、広い川の様な海の道が左右に横たわり、赤いドレスの者に言わせると検問所にまで着いたと言った。

 遠く聳え立つオベリスク型の存在は、通称オベリスク型火葬炉と言った。

 その巨大なオベリスクの塔は忽然と現れたのであった。その全長は驚く程の二百五メートルに及んだ。

 教団の者達によると、これはオベリスク型機械式無重力火葬炉と呼び、海上で火葬を行う為の専用施設の事であった。オベリスク中央の縦軸に沿って炉内が配置されていた。

 電力にはディーゼルエンジンを使用し、火力発生装置や排気制御装置、冷却装置等が備えられていた。

 また無重力状態を作り出す為のタンクや水循環システム、火災時に自動消火が行われるセンサー等、安全性にも配慮されていた。

 海上での火葬需要の高まりに備えて、教団はこのオベリスク型火葬炉を毎年各海域に建設していると言っていた。 

 大型クルーザーから一つ、小舟に乗せた棺だけがオベリスク型火葬炉のある島に乗り上げて進んで行き、停まった。

 この頃には黒づくめの男達二人と、関と私、四人が集っていた。そして一人赤いドレスの者も。

 海の川と呼ばれる検問所では、安全な火葬行為が行われる様に、海の川に浸かって各人チェックして行った。

 引っ掛かったのは黒づくめの男が、かつて私を脅す為に持っていた拳銃PX4、ナイフ数本だった。

 晴れて安全な身になった五人は、海の川を渡りながら縦断し、オベリスク型火葬炉の島に上陸して行った。

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