第12話 沖合いへと出港
教団の者達の作業を手伝いながら、自分の目的や課題、悩みでもある、妻あやめの望みで宗教を超えて、あやめの死去した森田父母、そして私達白松夫婦全てが、天で一緒に幸せになるという大命題がある。
しかし教団の強い権力と剛腕な手法に振り回されて、こんな夜中に西の梨依杯湾まで連れて来られて、死者を大型クルーザーに運び込む作業を手伝わされているのだ。
更にはクルーザーに乗って、海の沖合いへと出港しようとしているのだから、ここは正直に妻の私の夢や目的は遥か遠くの事に感じてしまうのであった。
川崎の夫の棺は丁寧に男四人で角を支え、クルーザーの一番奥の安定した場所に運び込んだ。白帽子の黒スーツの者達も乗り込み、ヘルメットと救命胴衣を着用した。
一つ怪しく分からない骨壺と、私の妻、白松あやめと一ノ瀬沙羅をまとめた骨壺か河田莉乃の骨を一つに納めた骨壺は、倒れない様にクルーザーの椅子に縛り付けた。
何とも罰当たりな事だった。
船の太いロープを固定している港側のボラードからロープが外されると、いよいよ出港だった。
クルーザーのエンジンがかかり、その音は重低音で力強く、低回転から高回転まで音が周囲に響き渡る威厳すら感じる音だった。
西の沖へと三時間以上進んでみた所、聳え立つ奇岩の海域が現れ出した。独特な奇岩とも言える、高さ百五十から三百メートルの異貌を放つ、六角形断面の岩石がこの一帯には、数千数百も聳え立ち、異様さを持ち広がり覆っていた。
その奇岩同士の間隔は二百メートルから四百メートル程で、一つ一つ奇岩の周りには岩礁帯があり、船舶が近付くと座礁の危険があった。
この大型クルーザーは二百五十フィート級もあるのだ。
この特殊な海域をぬって更に西の沖へと抜けるには、大きなクルーザーを運転に慣れた、高級ステーションワゴンを同じく操縦していた黒づくめの男の腕が必要だった。
初めて乗船しているクルーザーの沈黙の空気を破る様に、赤いドレスの者が呼び付けた。
「関(かん)」と。
ここに来て初めて知る教団の者達の名前であるが、通称で呼び合っている名かもしれないと私は疑った。
赤いドレスの者は大型クルーザーの先頭で一番見晴らしがいいデッキに立っていた。
関は操縦席に乗ると、先程までの三時間の大型クルーザーのスピードを落として行き、船の静止した様な揺れが気にならない程まで速度をゆっくりとさせた。
数千数百と聳え立つ奇岩に対して、関はどの様に対処して、座礁を避けるのだろうか?
右も左も前方も奇岩に囲まれてしまっている状況下で、もはや操舵のミスは許されない所まで追い込まられていた。
大型クルーザーのエンジン音は止まるかどうかの最低限まで落とされ、慣性だけでまるで進んでいるかの様だった。
操縦席の関は周囲との距離を確認しながら、海面を覗き込みながら、最低限の速度で走行する術を基本とし、大型クルーザーメガヨット二百五十フィート級を操舵していた。
ゆっくりと後方に奇岩群は流れ移動して行った。さすが関の操舵術といった所だった。
しかし途中、左からの連続した突風を受けて、大型クルーザーが右方向へと流されてしまった。
近くの奇岩にクルーザーは迫り、岩礁帯に最接近し座礁するかと思われた緊迫した状況があった。しかし、関の巧みな操舵術で危機は回避された。
大型クルーザーに接近した一つの聳え立つ奇岩は辛うじて右後方に去って行き、クルーザーは舵を左に切り、通常運行に冷静に戻された。
暗闇の中、奇岩に囲まれながら、クルーザーから漏れる光だけを頼りに赤いドレスの者は、前方デッキに風を受けながら立っていた。
数千数百に渡る奇岩との格闘は終わりを告げようとしていたのだが、その奇岩一本一本が自ら崩壊するかの様に、岩が折れて倒れ、刀で切られるが如く、斜めに落下し海面に落ち込んで上部が消えていった。
また奇岩の内、縦に真っ二つに割れた物は、両方に開いて倒れ海面の海水を激しく飛び散らせた。海面に向かって垂直に落ち込んだ奇岩は、あまり音も立てず海面の下に消えた。
奇岩はそれぞれの崩壊の仕方をしながら、数千と聳え立っていた光景から、その脆さと儚さに一帯を覆ってしまった。一瞬でその光景はさながら海上の廃墟の如く変化していた。
赤いドレスの者と関は、この光景に動揺する私とは違い、一瞥もくれず舵を真っ直ぐのまま、この海域から離れて次に向かおうとしていた。
大した精神力と互いの信頼関係であった。
こうして五時間は経過しようとした時、左右、後方と六角形の奇岩群は確認出来なくなっていた。奇岩海域を抜け切ったのであった。
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