第11話 漆黒の大型クルーザー

 この到着した梨依杯湾は、弧の字状の長さ五キロメートルの湾になっており、そこには大小のヨットやクルーザーが停泊していた。

 主に富裕層が利用する事が多く、私にはあまりにも縁遠い場所であったが、木調樹脂製デッキの上に等間隔で並んでいる外灯と、ヨットやクルーザーから漏れる光がとても美しく、ちょっとした観光名所になっているのだ。

 さっきの事もあり、この教団連中は恐ろしく、何を企んでいるのか全く分からないのだ。

 誰と誰の骨壺を交換していたのか?

 あの外にいた白帽子の黒づくめの男は何者なのか?

 赤いドレスの者は何を目的としているのか?

 クルーザー?クルーザーでどうする?

 疑問は幾らでも湧いた。


 私のいる場所から遠くない所におそらく河田莉乃の骨壺を載せた輸送用コンテナトラックが停車していた。

 流線形のステーションワゴンから十メートル程離れた海側の所に、私は一人立たされた。ワゴン周りに赤いドレスの者と、三人の黒づくめの男が何か話していた。そして幾人かの白帽子の黒スーツの者を確認した。

 骨壺や棺はステーションワゴンの中だ。妻のあやめの骨壺はこの乗用車にあるはず。

 しかし、さっぱり分からない。車中で赤いドレスの者と白い帽子の者が、骨壺を走行中交換していたからだ。不安にしかさせない連中だ。

 一人立たされているのだから、ここから逃亡する事だって出来そうだ。そう企んだりしていると、二人の黒づくめの男達が何か持って近づいて来た。

 二、三メートルの距離から二人が放ち、手渡された物は、折り畳み式飛来落下物用保護帽と船舶用救命胴衣国交省認定品の二つだった。

 これを渡された私は未だここでは失われてはならない命というメッセージであり、これから海上に彼等と共に移動するという事が、この時分かった。


 漆黒の流線形高級ステーションワゴンを乗り回す彼等がどんな船舶を所持しているか、かなり興味をそそられた。

 その間に抵抗せず黒の船舶救命胴衣を着て、黒の折り畳み式保護帽を袋から出して、開いて組み立て、保護帽を私は頭部に装着した。

 男達二人は私が装着した事を確認すると、手招きし海を西側にして歩き出した。赤いドレスの者と男一人と白帽子の者等は様子見している様だった。

 歩けば歩く程、壮観なクルーザー、ヨットばかりが並んでいる。まあ私の人生では縁のない物ばかりなのだ。溜め息しか出ないのだ。

 男達が立ち止まってこちらを見た。着いたのか、乗船する船舶の近くに?

 しかし何もよく見えない。暗い海がひたすらにあるのだが。しかし、そこから男達は動かない。

 ステーションワゴンと同じく黒塗りの船舶がそこにあるのか?

 

 それは男達の側にあった。忽然とその巨大な船影を遥かに見上げさせた。大型のクルーザーでメガヨット二百五十フィート級もある世界にあっても、ここの梨依杯湾には見当たらない一つだけのクルーザーだった。

 一体この教団はどれ程の財力を持つ集団なのか?只々驚くしかない私であった。

 流線形の船体は勿論漆黒で塗られて、この夜間では見落としてしまう程、暗く本当に見えない巨大なクルーザーであった。

 船影の側面は高低差が分からない程、壁の様に切り立っており、後部は人や物の移動がし易くなって、壁は低く設計されていた。

 船の先端は海面を見事に切り裂く事が出来る様に、船体は鋭角に設計されていた。

 一般に豪華な内装と設備を備えた大型クルーザーで、通常は十人以上の乗客を収容する。

 プライベートな利用やチャーター、レースに使用され、最新技術で快適性やセキュリティを保っている。

 また高級な寝室、バスルーム、エンターテイメントシステム、スイミングプール、ジャグジーなどが完備されており、料理人などのスタッフも同乗することがあるのが、この大型クルーザーである。


 そして私はある事を目論んでいた。教団連中からこの梨依杯湾のデッキから走って逃げる事を、考えていたのである。一旦妻を置いて。

 今までは高級ステーションワゴンの密室に囚われていたから、逃げようにも無理だった。電気自動車は絶えず走行していたのだから。

 しかし梨依杯湾のデッキ周りはかなり隙が多く、逃げ出し易いと想像した。私は上手く逃げられるのか?

 ステーションワゴンの周りに黒づくめの男が三人と赤いドレスの者、白帽子の者達が集まり出した時、絶好の機会だと思った。向こうにこっちが視界に入ってないと見えた。

 私と彼等との距離は十二メートル程。走れば逃げ切れそうだ。

 私は行動に移した。

「パーンッ、パーンッ!」一瞬で銃声が響いた。

 黒づくめの男の一人が、PX4から弾丸を放った。

 私の足元のデッキは破れてめくり上がった。 

「常に警戒監視している。一瞬でも逃げようとは思わないでくれ」男は言った。

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