第9話 川崎家の骨と棺

 車高は低めであったが高級ステーションワゴンの中に入ってみると、その広さに驚かされた。電動自動車か雨の中を走らせているというのに、静かな滑る様な走りにも同じ感想だった。

 快適な空間にいるまま自動車は、目的の川崎邸に向かっている様だった。

 ステーションワゴンの左側にかかる軽い遠心力から、この電気自動車がずっと時計回りに運転している事に長らくして気付いた。

 この件を助手席に座っている、真っ赤なドレスを着ている女性かと思しき人に尋ねた。

「それは気のせい」とやや低めの女性的な声で答えた。確かスーツを着た男達が二人、迎えてくれたはずと思いに耽った。

 更に五分程走ると高級なステーションワゴンはタイヤを止めた。ドレスを着た人はドアを開けて私を外へと誘うと、赤いドレスの裾を徐ろに軽くはたいた。

 そうすると、真っ赤なドレスの生糸に似た数千もの長いものが、だんだんと伸びて遂には、二十メートルを超えて行く程のレッドカーペットへとなり変わる準備に入った。

 またの生糸は縦糸を織り上げて行き、真紅の繊細なドレスのままの絨毯を作り上げた。豪華なレッドカーペット上を二人の乗員に促されるまま、私は絨毯を喜び勇んで駆けて行った。

 十五メートル程駆けた時、目前の物を目にした瞬間、身体は固く凍り付いてしまった。

 見慣れない川崎水蓮の邸宅ではなく、とても良く知る私と妻の木造の家であり、嘆かわしくも壁以外、床、天井、屋根が破壊尽くされていたのだった。

 赤いカーペットは主人を失った様に、風にはためいていた。女性の様な者が急に私の耳元で、言葉を放った。

「早く前に進んで!」言葉に迫られる様に私は我が家の玄関まで走った。

 黒い焼き杉で玄関扉は出来ていて、そこ全面に、

【川崎は床下中央】

 と、赤書きで思いっ切り書いてあり、赤い雫はそこら中に飛び散っていた。なぜ破壊された我が家の中心に川崎水蓮の骨壺が、移動して来ているのか、さっぱり理解しかねぬ所だった。大いに教団が加担しているに違いないと思った。

 川崎水蓮とその夫の家を見ておきたい興味はあったが、今更な感じがしていた。浮かぶ空想にえいっと頭を振るいながら、玄関扉を開けた。

 家に入って気になっていた天井は、もはや笑ってしまうしかない程、空が丸見えであり、床と天井と小屋組、屋根の瓦礫が地面一面に広がっていた。

 目を落とすと僅かに黒い物が目に入った。

 PX4、拳銃一丁(イタリアのベレッタ社製の自動拳銃である)が置いてあった。私の知る物ではない、私の持ち物ではない、教団が用意した物だ。

 それ程ここの家は物騒になってしまったのか。私は屈んでPX4を手に取った。

「人を殺傷する様な弾は込められていない。唯一、川崎水蓮とその夫、二人の死を探し出す助けとなる弾が込められてある」また女性らしき声が説明して来た。

 考えると先程の声には「二人の死」という様に、二人の亡骸を指す言葉をあげていた。これはどういう事か?なぜ夫まで死を迎えてしまっているのか?


 分からず先程から実装しているPX4を壊れた床下に向けて一発、発砲する事にした。構えた。

「パーンッ」

 発砲音の後に火薬の匂いが辺りに舞い、銃身の先の床下に目をやった。そこにはぬるっとしたゼリー状の半透明の紫色をした、物質が二十センチメートル四方に付着していた。

「ははは」

 私は笑った。緊張感を要す銃の操作から、出て来たのがゼリー状というのが、何とも力が抜けて笑ってしまったのだ。

「喜んでくれるのは嬉しいが、もっと床下に向かって銃を打ってくれないか?重要な仕事なので。床中央に向けて」

 教団の男はいつの間にか我が家に入り込んで、勝手に指示を出していた。赤ドレスの者は外にいる様だった。

 私は笑みを残しながらPX4を、我が家の中央床下に向けて、次々とぶちかましていった。紫色、アメジスト色のゼリー状の物質を何度も発砲して、自宅中央部の床下をほぼ全面に渡ってアメジスト色で覆ってみたのだが、何も変化は見えないのだった。

 今度は赤いドレスの者がこう言った。

「それくらいで良いだろうと思う」

 いつの間にか我が家に入って来ていた。

「何も起こりはしないではないか!」私は振り返りながら吠えた。実は結構、発砲の連続のせいで、両腕の力が奪われていた。

「空を見上げてみよ」

 ドレスを着た者が囁いた。それに促される様に私は破壊された天井を見上げ、そこに大きく明るい月を見て取った。

 その月の光は天井から床下まで明るく照らした。中心部の床下に変化が見られたのだ。何もただゼリー状の紫色だった物が、明るく黄緑色に光る現象が二ヵ所で確認出来た。

 一つはよく見た素焼きの骨壺が、全体を明るく光らしていた。そしてもう一つは瓦礫に埋もれていた棺が、黄緑色に光っていたのだった。

 我が家だが、あやめの骨壺と私の棺が目の前にあるとは到底有り得ない事だった。これは川崎水蓮とその夫の物だと考えるのが妥当だった。

「私達も手伝うから白松春人、お前も手伝いな」と言い放つと、黒づくめの男がいつの間にか三人、建物中央に既に向かっていた。私も一人に腕を引っ張られながら、棺の周りに待機させられた。

 赤いドレスを着る者は、既に骨壺をゆっくりと抱えて、玄関扉に向かい開け放ち、我が家の外へと出て行ってしまった。

 残された私を含む四人は、重い棺を持ち上げると、共に玄関扉を目指し棺に傷をつけない様、注意しながら外部へと運び出して行った。

 赤いドレスを着る者は直ぐ停まっている、ステーションワゴンのサイドドアを開けて、水蓮の骨壺を仕舞っていた。四人の男はワゴンのバックドアを開けると、彼女の夫の棺を押し込んで収納し、ドアを閉めた。

 運転手とドレスの者と私、招集された黒尽くめの男二人はステーションワゴンに乗り、電気自動車を静かに加速させた。

「ここから西に百五十キロメートル先の、梨依杯湾を目指す。疲れてる者は休憩なり、寝るなりしてもいい」と運転手の言葉があった。教団の者は信用出来るのか出来ないのか分からない私に取っては、安心して眠るなど出来そうになかった。

「白松、PX4返して貰う、いいな」私は無言で隣の男に渡した。沈黙に包まれた。

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