第8話 有色の液体と鉄骨造の家

 大量な液体に青と緑が溶け込んだ円形プールの中央の底に、私はいた。円筒形のコンクリートの鉄骨造建築物中心下部に泳ぎ抜け、そこにあった筒の中はアクアリウムを形成しているかの様だった。

 私は筒に下から身体を入れ、水草を避けながら垂直に、光が漏れるコンクリートの切れ間を目指して、ドルフィンキックで上昇して、加速して行った。


 私の行動は四人のお骨を集めると、何かが起きるという期待によって、突き動かされていた。この仮定が必ず正解だと思う信念でもない限り、こんな汚い水中にいられるものかという思いだった。

 義理の父母とあやめと私を、宗教的に繋ぐ命題を抱えながら、異なる彼女達四人の問題を優先して解決しようとしているのだから。


 視界のはっきりとしない青緑色の液体世界は、キックの力でいつの間にか瞳は空気に触れ変わっていた。コンクリートの床に無事着地すると、私は建造物の構造を見て回った。

 一辺が七メートルの立方体で出来ており、素材は赤茶けて錆び付いた鉄板であった。天井は空まで抜ける一辺五メートルの正方形の開口が中央に空いていた。

 名称らしきものは見当たらず、河田の家の根拠が見当たらなかった。


 主人を何度も呼んでみた。

 私の呼ぶ声が錆びた鉄板に響き渡るだけで、何か声も音も聞こえる事はなかったのだが。

「来たか、一人か」と鉄板の壁の裏側から、男の声が聞こえた気がした。

「誰だ?私は河田だ、河田莉乃の夫だ。名を名乗れ」居場所が確認出来ない男が言った。

「では奥さんの骨壺は何処に行った?」と私が問うと、

「お前の妻と同じだ。骨となって素焼きの骨壺の中だ。そしてここにはいない彼女の遺骨は、輸送用コンテナトラックで運んで貰ったから。そういう死者の葬り方もある」河田の夫は言った。

 河田莉乃のガーゼで包んだ骨壺は、緩衝材で埋め尽くされた長さ二十フィート・コンテナに積み、輸送用トラックで、ここに私が着く前に積み込んで、先に運んでいたのだったそうだ。

「お前の幾人もの骨を背負い、何処ぞに運ぶのか、それが葬り方として正しいと思っているのか?考え直せ!」見えない男が言った。

 ふと正方形の空は黒い雲に覆われ、大きめの雨が建物の中に降り込んで来た。やや乾いた衣服やリュックサックの重さが増し、両足に負担を与えた。

 私は雨に打たれながら、暫く考えた。

「分かった。私も骨壺を手にして、妻と一ノ瀬沙羅と共に輸送用コンテナトラックに乗り込む事も考えよう。トラックの助手席は空いているんだろうな?」そう尋ねた。

「そして、もう一つある。地下埋葬室から消えた川崎水蓮の骨壺を探し出す必要がある。知っているか?」私は河田の夫に質問した。

「ああ、トラックの助手席も空いているし、川崎氏の奥方を取りに伺うワゴン車もこの辺りの町を巡回しているから」男は答えた。

「私は骨壺の運び方をどう選べば良い?」と私は男に尋ねた。

「お前次第だ」と。

 すると一部の錆びた鉄板が開き、それが鉄扉である事が分かった。私はコンクリートの床がある限り扉を抜けて走った。

 目前のコンクリートの六角形の淵が円弧に広がる手前には、青緑色の液体の池が、直線で後、数メートル広がっていた。

 私は背負っている骨壺を気にかけながら、池へと飛び込んだ。手を伸ばしドルフィンキックで強く前進し、対岸のコンクリートに手を着いた。

 見上げると黒いスーツを着た男達二人が立ち、共に手を伸ばして来た。

「川崎水蓮の骨壺の元に向かって欲しい。そしてこの背負っている骨壺をそこのワゴンに保管して欲しい。頼む」そう私が告げると、男達の背後には大きな漆黒の流線形の高級そうなステーションワゴンが停車していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る