第6話 一ノ瀬沙羅の居場所

 道中何度も迷いはしたが、何とか一ノ瀬邸近くに着いた。しかしそこに広がる光景は見た事もないものだった。

 彼女の邸宅の敷地が垂直に切り立って、目の前に広がれば広がる程、高く聳え立ち、垂直面は険しい岩肌となって現れた。その高さは道路面から敷地面まで、見上げて十メートルは高低差がありそうだった。

 周りを見回した限りでも、こんなに道路から敷地面が盛り上がっている所など何処にもなく、一ノ瀬邸だけであった。

 ここで呆気に取られて、うなだれていても私はしょうがないと思い、何とか頂きの高み、敷地面を目指そうと試みた。

 右手と左手を崖に伸ばし常に触れながら、時計回りに足を伸ばし、登る手掛かりを探って行った。敷地は広く、道路に三方向に面しており、残りの一面は隣との敷地の境界線に接していた。

 道路面から聳り立つ崖面を見上げてみると、道路の幅員分より離れて距離を取り、俯瞰して崖を見る事が出来た。

 何とかして崖を上に登って行く切っ掛けとなる様な岩肌がないか探してみた。暫く岩肌の周りを八周程回った時、上方に向かう階段が薄っすら見えた。

 崖を横切って階段の方に近づいて行った。

 階段と呼べるものなのか、段に片足を乗せるともう片足を乗せる余裕すらない幅の小さな階段が、崖に薄く削られ飛び出ていた。

 背中に背負っている骨壺と半透明のあやめがあった為、両手両足を階段の岩肌に固定し、指先を使って斜め上に登って行くしかなかった。


 転落の恐怖と戦いながら、まるで変化の少ないボルダリングの様に、一段一段斜め上に向かって全身を覆う緊張感と共に登って行った。

 かなりの疲労が蓄積して、指先も震えてどうしようもない状態で、一ノ瀬邸の地上約十メートルの地盤面に辿り着いた。

 地盤面は平らになっていて、雑草が茂っており、その中から玄関先を見付け出した。

 人はもう住んでないかもしれないと思いながら、雑草を掻き分け玄関ポーチに向かった。

 玄関扉は無垢板で作られていたが、痛みが激しく、半分に割れ掛けていた。私は手を洗って玄関扉を開けると、薄暗い中へと入って行った。


 開けると玄関扉は途中で壊れてしまい、触れたら玄関土間へと押し倒されてしまった。

 砂埃が舞い上がり、一瞬にして視界が悪くなってしまった。ハンカチで口を覆いながら、玄関ドアに乗り上がり、廊下へ進むと足を床にぶつけてしまった。

 その勢いで背中のリュックサックが後頭部にぶつかり、半透明のあやめが私の頭部にのしかかって来た。

 しかしながら、彼女には体重がない(お骨と骨壺の重さはあるが)為、リュックサックのずれを正しながら、上体を軽く起こした。

 一般的な仏間は一階和室にある為、埃が舞った視界が効かなくなった玄関で暫し佇んだ。三十分程で埃は床に落ちて行き、視界が効く様になった。

 玄関廊下の右側に扉があり、そして開けてみた。埃っぽさは変わらず、しかし壊れた雨戸越しに光が満ち溢れていた。想像通りの和室であり、畳の表面は荒れ放題だった。

「我らの宗教になる為に、和室を板張りにし、仏間は質素な十字架の置き場に作り変えねば」と私は呟いた。

 玄関側に伸びている壁沿いに、仏壇から、二メートル離れている所に骨壺があった。恐らく一ノ瀬沙羅の骨が入っているはずだ。

 ガーゼ生地を解いて畳上に敷き、素焼きの骨壺である事を確認した。

 壺の蓋を開けると、今度は一ノ瀬のお骨を壺半分ガーゼ生地に並べた。そしてあやめの骨壺開け、半分のお骨をガーゼ生地の上に置いた。

 一ノ瀬沙羅の箱半分を開け、骨壺に仕切りを半分設けて、そこにあやめのお骨を入れ込んでいった。逆にあやめの骨壺に一ノ瀬の半分残った仕切りに彼女のお骨を入れてあげた。そしてこの一ノ瀬の骨壺をこの家に残して行く事にした。

 半透明の一ノ瀬沙羅はこの家におらず、あやめの骨壺の上には半透明の彼女がいた事実は変わらなかった。

 その後、何度も「一ノ瀬!」と夫を呼んではみたが、反応が返って来る事はなかった。リュックサックに彼女達の一つの骨壺を丁寧に戻し入れた。

 壊れた玄関扉から地上へと続くスロープに私は進む事にした。

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